第2話 *和歌山さんの場合
「吹谷君。今度は何考えてるんだろう?」
取り残されてしまった私は、なんとか意識を手繰り寄せる。
「風子っ。首をかしげている場合じゃないって! どどどどどうすんの?」
「どうするも、こうするも」
私より焦る友達に、私より焦るクラスメート。みんなの見守る中、私はほややんと答えた。
「吹谷君に付き合ってみようかな?……って」
ちょっと照れてみる。
だって、まさかこんな展開になるなんて思わなかったんだけど、でも、どんな理由であれ少しでも私に好意をもってもらえたことが嬉しい。そう言うと、友達は「おめでたい子ね」と苦笑した。
「風子のこと好きな人結構いるのに、吹谷君みたいな変り種と付き合わなくても…」
そう忠告する人もいる。けれど、そう思ってくれている人がいるのは嬉しいけれど、口にしてくれたのは吹谷君だけだったから。
「別に吹谷君は私のこと好きだとかそういう目でみているわけじゃないと思うけど、この際だから、どんなデータが集まるのかも少し楽しみにしてる」
私が気がつかなかったような私を知ることができればいいなと思う。
そうしてちょっと微笑んで見せると、もう誰も「クラッシュされるよ」なんて、口にする人もいなくなった。
――こうしてとにもかくにも微妙な二人の関係は始まった。
2人ともこう見えて淡白だからか、一緒にいるのを見てラブラブ!などと勘違いする人は、まずいない。しかもどうやらこの2人“付き合う”ということがどういうことなのか、いまいちよく分かっていないらしく、まあ、一緒にいればいっか位の認識なわけで、
「弁当食うか」
「食べる」
顔をつきあわせて、黙々と弁当を食べている姿はまさに給食。
「お弁当のバランスいいね」
「うむ。栄養素、カロリー全て計算済みだ。
そういう和歌山の弁当もなかなか良い線行っているぞ」
「どうもありがとう。やっぱり緑黄色野菜は必要よね~」
こうなると最初心配していたクラスメイトもホッと胸をなでおろし、なんとなく普通の生徒に見えなくもない吹谷博士を前に、
「すっかり和歌山さんのペースだよなぁ」
などと遠目から呟くのであった。
「それにしても吹谷が和歌山さんと付き合うんやって聞いた時は、ほんまめっちゃ驚いたわ」
クラスメイトの一人がドラム缶の上に座りながらおにぎりを頬張る。髪を金髪に染め上げ、あるところからはイケメンであると人気の彼は、中の具が明太子だったことにいたくご機嫌のようで、ニカっと笑う。
その姿は乙女心をくすぐるには充分であったのだが、風子は余所見をしていたらしく
「そお?」
なんて一言。
「不可能なことはないぞ。第一経験値を積むと考えれば彼女にとっても悪い話ではあるまい」
そんな彼女の隣に座って、昆布の入ったおにぎりを食べている吹谷は、自信満々に頷く。
「ん? フフフ~」
その吹谷の顔を見ながら、「吹谷君って可愛いところがあるよね」と幸せそうに微笑む風子に、むしろ可愛いのは、和歌山さんやーー!と叫びたくなる第3者だったりする。
「和歌山、今日は途中まで送ろう」
「じゃあ、吹谷君。よろしく」
そうして握手。風子は少し照れくさいのか少し顔を赤らめる。
「任せておけ」
この異色カップル。最初は周りをハラハラさせたものの次第になじんでいった。
甘い甘い雰囲気はないものの、むしろ吹谷は相変らずそっけない口調だし、風子も相変らず柔らかい口調なんだけれど、それでも風子が本当に嬉しそうに微笑んだり、笑ったり、はにかんだりする度に、何故だか不思議と周りも幸せになれるような、そんな気がするのだ。
「そういえば」
クラスメイトの一人は省みる。
「最近吹谷って、誰かをクラッシュしたって噂聞かねーな」
確かに素行も発言内容も吹谷本人だけ見ていれば特に変わったところはないように思えるのだが。しかし、それでも以前のように誰かのプレッシャーになったという話は不思議と聞かない。
風子が言うには「最近吹谷君、ちょっと機嫌がいいみたい」とのこと。はっきり言って無表情だから、他の人には分からない。でも……
「なんだか最近考察するのが楽しいみたい」
彼女はそう言う。そして付け加える。
「……私も今までと違う生活が楽しいみたい」
柔らかい微笑みと一緒に。