12/31後編
「和音君?!」
名前を呼ばれた気がして上を向くと、風子があわてた様子でコートをつかむ姿が見えた。
うーむ、このままいるべきか、立ち去るべきか……考察しているうちに声の主がそうっとドアを開ける。
光が漏れて、そして少しずつ闇の世界に吸収されていく。
彼女が歩くたび、さくさくっと音を立てるのがなにやら不思議な感じだ。
「風子……」
「びっくりしたぁ。ああ、雪が積もってる。風邪引いちゃうよ。
寒かったでしょう?。家に入る??」
頬に触れる風子の手が温かくて、しばしその心地よさに身を任せる。
「急に伝えたいと思い立ったのだが……うまく文章にできなくてな。
それほど重要なことではないのだが。電話より、直接言いたいと思った」
これを言ったら風子はどんな顔をするだろう。それが見たくて……知りたくて、こうして会いに来てしまったのだが、さりとて突然ベルを押すわけにもいかず、良い理由も思い浮かばず、かといって先日電話についてあれだけ非難してしまった後では使いにくく、……むしろ迷惑にならないかと考えると意外に動けん。
風子には「ちゃんと伝えること」などと言っておきながら、なかなか実践できん俺で非常に恐縮だが
ゴーン……
除夜の鐘がまた鳴った。
俺は不思議そうな顔の風子を見て、一度深呼吸する。
「伝えたいことが2つある」
にょきっとピースをすると、彼女は雪明りに照らされながら頷いた。
「なあに?」
風子の髪についた雪を軽く払いながら、見上げる瞳に吸い込まれそうになる。
……コホン
「インフルエンザが流行りだしたらしい」
これは姉が働いている医療機関からの(半ば愚痴の混ざった)情報だからかなり正しいぞ。なにせここ3日間で患者が倍増したそうだ。つまりだな……
「そのうちの一人にならないよう、うがい、手洗い励行だぞ」
しばらくして、風子は笑いを抑えきれないように頬を少し歪める。
「う、うん」
そして、不器用な俺の気遣いに「心配してくれてありがとう」と、付け加えた。
俺は無表情だから、こんなこと他の奴に言ったら
「予言されているようで怖えぇ……」
などといわれるのが落ちなのだが、何故か風子だけは分かってくれる。
「吹谷君は優しいよ」
そう言ってくれるのは彼女だけで……どうして……事実を並べるしかできない俺の言いたいことを汲み取ってくれるのか不思議で。
「なぜそう言い切れる?」
「なんとなく、そんな気がするの」
――本当に不思議な人間だ。
あたたかくて、やわらかくて、やさしくて、ふんわりしている。
彼女のいるところだけ少しだけ明るくなっているようで、すぐに見つけることができる。
本当に俺と同じ人間とは思えないのだがな。確かに不可解だが
悪くない。
ゴーン……
また鐘の音。時計を見るともうすぐ新年になりそうな勢いだ。
「あとひとつ伝えたいことがある」
「なあに?」
少しずつ雪は小降りになっていく。
こんなことをわざわざ言うのは本当におかしいことだと思う。
別にだからといって何が変わるわけでもなく、明日への道は続いていく。
けれど……
彼女がどういう反応をするのか知りたくて、むしろ、見て、聞いて、体感したかったので思い切って言ってみた。
――「今日は俺の誕生日だ」
驚くだろうか?
黙っていたことに対して怒るだろうか?
いや、彼女はそのどちらでもない。それは分かる。けれど自分はそれ以上想像できない。
そして彼女の反応はそんな俺の考えを簡単に裏切って、……ぎゅうっと抱きついてきた。
和音君! お誕生日おめでとう!
こぼれるような満面の笑みで。
こんなに嬉しそうに言われたのは初めてで、俺もなんと言ってよいのか分からなくなってしまった。
ふんわり甘い香りがする。
うーん、なんと返すべきか分からず戸惑う。
「何故だ?」
「だって、私和音君のことが好きなの。
和音君がいてくれて幸せだから、誕生日が嬉しいの」
風子の理論はさっぱりで、でも風子がそういうならば、俺の誕生日も少しは価値のあるものに思えてきて、やっぱり来て良かったと思った。
家族や親戚といても埋まらない空白が満たされていった。
どうしてこんなに愛しく思うのか分からない。
抱きしめる腕に力がこもる。
俺も風子の誕生日には礼を言わねばならんな。
とても価値のある日だと、そう思うのだ。
ゴーン……
最後の鐘がなった。
雪はもうやんだ。
ああ、そういえば……もう一つ伝えたいことができた。
「なあに?」
きれいに白く降り積もった雪の中、彼女は声を潜めてささやく。
俺は自信満々に言い切った。
「賀正!!!」
これが1歳成長した俺が発した、今年初めての言葉になる。