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幸せ解析学  作者: アルタ
ふわふわくらっしゅ
1/12

第1話 *吹谷君の場合

 今、俺は幸せについて考察している。

 とある奴は美味しいお菓子を食べていれば「幸せ~!」などという。

 また、とある別の奴は寝ているときが最大の幸せだ!布団と結婚したい! などという。


 しかし、俺は菓子を食べていても幸せというものを感じはしないし、布団と結婚したいなどとも思わない。どうやら人の感覚において、幸せだと思うのことは個人差があるらしい。ある人物は爬虫類がひどく苦手だが、ある人物はとても気に入っているという話もある。


 そこで多方面から考察をすることにした。

 まずはわが学校でも癒し系とやらで有名な和歌山 風子を観察してみる。




 それは体育の休憩時間だった。どうやら彼女は、友達と話しているようだ。その友達といえば、どうも自信なげにため息をつくばかり。


「だって、私の彼氏すっごく気を使ってくれるのよ。デートだって全部彼のおごりだし、デートコースだって決めてくれるし。ドアを開けてくれるとか、私が降りるまでエレベーターの開ボタンを押しててくれたりとか、他にもいっぱいいっぱい気を使ってもらって、でも私はそこまで気がつかないの」

 ふさわしくないんじゃないか、彼にはもっとよく気がつく人の方が、いいんじゃないかって思うとどんどん自信がなくなっていくんだよう。


 ため息が可視化されていたら、多分どす黒い紫のような色だろう。

 ぐるぐる渦巻いている。

 それに和歌山は、困ったように笑って、それからポンポンと友達の肩を叩いた。


「人ってやっぱり誰か彼氏や彼女が出来たら変わる変わる。相手のこと考えてるから気遣いできるし、優しくなるもんだと思う。でもそう変わるスピードは人それぞれ違うんじゃないのかな……。ゆっくりでいいんだよ。大切にしたい気持ちは不器用でも、きっと伝わるから」


 だから、心配しなくても大丈夫。

 むしろ今そんな素敵な人が横にいるのだから、いっぱい真似すればいいよ。

 大丈夫。

 貴方も優しいから。


 ふわりと笑う。


 それだけでなんだか場が和んでいった。


「うん、風子の言う通りだって信じてみる」

 ゆっくり話すから、落ち着くのだろうか?


「そうそう」

 力まないのに自信をもって頷くから、相手が安心するのだろうか?


「あ、次私じゃん。じゃあじゃあ走ってくるね」

「うん」

 ……有難う。聞いてもらってちょっとスッキリした。そう言って、相手はかけていく。

 その顔にさっき見た不安は綺麗に拭い去られていた。




 どうやらこれまでの風評をまとめてみると、「話していると幸せな気分になる」らしい。

 では、どうやって彼女は幸せにしているのだろうと思うのだが、言っていることは至極理論的で、それに時々励ましを練りこんでいるくらいだ。

 首をかしげる。

 彼女のどこがそんなにいいのだ?


 クラスの連中に聞いてみた。

「可愛いよな。和歌山さん。なんか見てるだけでこっちもほわーって感じ」

「うん。俺、去年一緒のクラスだったんだけど、教科書忘れた時見せてくれたんだよな」

「話し言葉が丁寧だからかなー。なんか俺ってすごく尊重されてる気がするって思う」

 ふむ。なるほど。


 ようするに、ほわほわオーラを出して、教科書忘れた奴に本を見せ、丁寧語で話せばいいのか?

「「「それはものすごく違うと思う。吹谷君がやったら怖いよ」」」

 そうなのか?

 ううむ、難しいな。

「「「ていうか吹谷君。まさか次は和歌山さんを『クラッシュ』するつもりじゃないよね?」」」

 なんだか不安げにこっちを見てくる奴らに俺は自信満々に言い切った。


「大丈夫だ」


 そんなつもりはさらさらない。

 そう言うと彼らはひどく不安を隠し切れない顔をした。目が泳いでいる。


 確かに、母方の従兄弟に数学を合理的に教えてやったらトラウマになったといい、美術の教師は前衛的な俺の作品を見てしばらく準備室から出てこなくなってしまい、体育祭の騎馬戦で手段を選ばない作戦により完膚なきまでに先輩のクラスを叩きのめしたらいつの間にか先輩から敬語で話しかけられるようになった、などとあちらこちらの方面からクレームが寄せられた経験は数えればキリがない。


 そしてついたあだ名が『クラッシャー』。


 それでも中学までは、そのうち社交性が出るだろうと放置されていたのであるが、先日、姉の姪っ子に顔が怖いと散々泣かれた。怒った姉が俺に、「次回会うときまでにそのぶっちょ面を直さなければシメる!」と言い放ったのだ。

ゆえに幸せについてなどという抽象的なモノについて考察せざるをえなくなったのである。


 そこでどうして俺が和歌山をクラッシュするなどと……

 むしろ俺はいつも誰かをクラッシュした覚えはないのだが???

「そんなつもりはなくたってダメージを与えることもあるんだけどなぁ」

 のんびりと、クラスメイトが呟いた。

「吹谷君と和歌山さんって正反対に見える」


 和歌山なら良くて、俺ならダメなのか?

 それは人間不平等というものだろう。

 優しさだとか、気遣いだとか、そんなものが必要だとは思ったことがない。


 成績を過剰に気にする奴がいるが、調べたいものを調べ突き詰めていけば、とある分野のみ突出した知識を蓄えることなど造作もない。運動能力も同じく。速く走りたいから練習する。そうすればそこそこまで速くなるだろうし、身についてくるだろう。

 全ては理論的に動いているはずだ。

 俺と正反対の人物なんているはずがない。

「うーん、でも吹谷君。みんな吹谷君みたいに強くはないんだよ。

 すこしだけ……皆のこと考えてあげることって出来ないかな?」

 それはどうすればいいのだ?

 俺は理論的に動いている。それをキャッチできない奴らにも問題があるのでは?


 もし和歌山ならどうするのだろうか?

 昼間聞いた言葉がよみがえる。


 「人ってやっぱり誰か彼氏や彼女が出来たら変わる変わる。

  相手のこと考えてるから気遣いできるし、優しくなるもんだと思う。

  でもそう変わるスピードは人それぞれ違うんじゃないのかな……。

  ゆっくりでいいんだよ。大切にしたい気持ちは不器用でも、きっと伝わるから」


 誰か恋人でもできればそんなに変わるものなのだろうか?

 スピードは個人差などといっていたが、俺ならばきっと飲み込みは速いはずだ。

 情報を論理的に片付けていけば他愛もないだろう。


 よし、この場合一番論理的かつ手っ取り早いのは……



「和歌山、俺と付き合ってもらいたい」


 これだろう。

 次の日、隣の教室で簡潔かつ直球ストレートに話題を出してみたら、教室中が凍りついた。

 まだ冬には早かろう。

 言われた当の和歌山は一瞬意味がわからなかったらしい。


「あの……」

「なんだ? もう、誰か付き合っている奴がいるのか?」

 ならば問題はない。俺はデータ収集が目的だからな。相手が気にしなければ構わないぞ。


「いないけど……」

「ならば問題なかろう」

 いないなら話は早い。


「そういう問題じゃなくて」

 そういう問題だろう。

 よし、交渉は成功した。あとはデータを集めるだけだな。


「じゃあな」


 次の授業が始まりそうだったので俺はそのまましっかりとした足取りで教室を出て行った。

 これで「優しさ&気遣い」がマスターできる日も近かろう。


 よし!!!

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