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つれづれペンペン草  作者: おのみちたかし
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「和式」と「洋式」

37歳の頃


 東洋と西洋の文化にはそれぞれ特徴がある。もちろんどちらがいいとは言えないが、例えばトイレならば断然洋式が優れていることは現代の日本のトイレ事情が証明している。小さいころ、日本に洋式トイレが入ってきた時、僕はこうつぶやいた。


「何となく違和感あるよな、やっぱり慣れた和式だよな」


 しかし、かつてビデオ業界で先行したβマックスが更新のVHSに駆逐されたように、使いやすいもの、良いものは確実に生き残っていく。ダーウィンの進化論は見事に真理を言い当てている。齢を重ね、体重も重くなってきた昨今、僕はかつてのつぶやきなどどこ吹く風で


 「洋式トイレはいいねぇ、もう和式は使う気になれないよ」


 などと平気でうそぶいている。


 37歳で初めての転職を体験した。「高齢出産」ならぬ「高齢転職」である。どちらも非常に危険が付きまとうが、決めたからには危険を覚悟で臨むほかはない。


 すでに時代はネット転職に足を踏み入れつつあった。僕はいくつかの転職サイトに登録をして応募を繰り返していた。しかし、「厳しいなぁー」と痛感したのはやはり年齢制限である。多くの企業は


 「若くて、キャリアがあるやつを安い給料でやとうっぺ」


 と考えている。これは企業側からすればごく当然の考えである。新卒を採って育てる手間がかからない分、即戦力を望むわけである。


 ここで、年齢制限が大きなハードルとなって立ちはだかるわけである。多くは30歳まで、よくて35歳まで、40歳OKともなると、それなりのキャリアや資格が要求されてくる。「若くなくて、資格もなくて、たいしたキャリアも積んでこなかった」僕にとっては非常に高いハードルである、気分としては飛び越えるどころか、手を挙げてその下をくぐり抜けられるほどの高さという感覚である。


 それでも一昔前ならば、一生懸命、心を込めて履歴書を作成し、神社で願をかけ、お百度参りをしたのちに投函すれば、企業の人事担当も


 「ま、歳くってっけど、一回くらい会ってやるっぺ」


 などという人間臭いやりとりが存在したのかも知れない。

しかし、コンピューターはそのあたり非常にシビアである。


 「1歳年齢こえてっけど、まあ、通してやるっべ」とは決してならない。


 あたかも、残高が10円足りなかったがために、駅の自動改札が冷たい電子音と共に無情に扉を閉ざすがごとく、送り続けるエントリーシートはことごとく敵のシールドに跳ね返されるのである。


 最初はそれがわからずに、条件に合わなくてもひたすら応募を繰り返していた。しかし、返事がある確率は10パーセントといったところ、もちろん、条件を見ると「35歳くらいまで」などと厳密にラインを設けていない会社に限ってだ。


 「ふむふむ、これは、相当厳しい戦いになるな」


 などと高齢転職者はあらためて先行きを案ずるのであった。


 敵を知るようになってからは、条件に合う会社にだけエントリーをすることになる。こうすると一応コンピューターのシールドは避けられるようで、エントリーだけは受け付けてもらえる。しかし、返事が返ってくるかどうかは全くの別物である。エントリーシートという無機質なデータに目を通した人事担当者は、その中でも活きのいい若手に目が行くようで、返事が返ってくる確率はやはり10パーセントといったところだ。

 確かに履歴書と違い、エントリーシートには写真も載っていないわけで、僕も「若い女の子と若くない女の子、どっち選ぶ」と訊かれれば「若い子!!」とビックリマークを2つぐらいつけて答えるに違いない。仕方がないことである。


 さらにその先面接までこぎつけるには万里の長城のような壁が立ち向かう、気分的にはそんな感じである。結果的に100社あまりの会社に応募し、10パーセントの確率通り10社ほどから返事があり、さらにその中で面接までしてくれるというのは半分の5社といったところである。

 さて、意気込んで面接に臨むが当然のごとくそう簡単に入れてくれないのが「和式」の会社だ、たとえ筆記試験、一次面接を通ったとしても、二次面接、三次面接と進み、果ては役員面接、社長面接と、その関門は計り知れない。ロシア土産のマトリョーシカのごとく、開けても開けても面接が待ち受けているわけである。


 テレビで最近の大学生の就職ドキュメントなどを見ると本当に気の毒になる、何十社と落ち続ける学生の姿を見ると、一緒に飲みに連れて行って慰めてあげたいくらいだ。

 就職試験に落ち続けるというのは本当に人格を否定されているようであんなに辛いものはないのではないかと思う。僕の場合は面接までたどりつけない苦しさ、今の学生は面接を落とされ続ける辛さ、後者の方がより厳しいと言えよう。


 さて、紆余曲折の末、面接までこぎつけた結果、とりあえず僕も軽く4連敗を食らう、50連敗した学生には及びもつかないが、高齢転職者にはこれでも大きなダメージである。若さという武器がない分、この先戦い続けるにはけっこうな精神力が要求されるわけだ。


 そんな中、5社目に「戦った」相手はちょっと今までと違う感触だった。今までの「モンスター」(失礼・・・)はどれも「国産」・・「和式」のモンスターであった。ボスキャラはおろか、次のステージに進むことさえ困難を極める。ところが、今回のモンスターは、部屋に通されるといきなりボスキャラが待っていて、優しく微笑むのである。


「わたくしたちの会社は来る人は拒みません」

「年齢、職歴、人種、性別、一切問いません」


「えっ、そんな会社あるの?」

「今までの苦労はなんだったんだ・・・」


 高齢転職初心者はかなりとまどう・・・。


 こう書くといかがわしい会社かと想像する方もおられると思うが、決して変な会社ではない、今までのモンスターと何が違うのかといえば、「洋式」そう外資系の会社であったのだ。

 人事担当者から説明は続く、ちなみにこの担当者20代の若さである。仕事は英会話学校の生徒の獲得、営業職となる。


 話は非常に納得できる内容であった。一週間ごとに自分でノルマを申告し、ノルマさえクリアできればそれでよし。仮に1人をノルマとして月曜日に生徒を一人獲得すれば、残りの6日間は出社さえしなくてもいい、すべて休みとなる。


 学校自体は実績のある学校で、この時話を聞かせてもらった「広告に金をかけすぎる会社は危険だ」という話も興味深かった。山手線のポスター1か月で何百万、CMは億単位の金がかかる、口コミで経営が成り立っている学校は堅実だという話も信憑性があった。確かに某ウサギのキャラクターの英会話学校などもこの話に当てはまると思うと募集自体は誠実だと今でも感じている。


 さて、僕の目の前の担当者は

「入社しますか?」と尋ねてきた。

 僕は迷う、目の前には入社を約束する契約書があるのだ。

 この先、何社受けても合格できる保証はないのだ。


 結論は・・・


「ありがたいお話ですが辞退させていただきます」


 僕が踏み切れなかった理由はもうお分かりだと思う。外資系の会社の良さでもあり怖さでもあるが完全歩合制なのである。つまり、顧客獲得ができなければ1か月働いても給料は0円ということだ。独身ならチャレンジしたかも知れないが、結婚して子供がいて住宅ローンを抱えたこの無謀な高齢転職者には危険すぎる橋なのである。


「和式」の会社は中々入れてくれないが、一度入れてくれると大切にしてくれる、不祥事でも起こさない限りそう簡単には首を切られることもない。


「洋式」の会社はだれでも受け入れてくれる、しかし、入った後は完全にビジネスライク、昨月まで年収1千万円の社員が、翌月には解雇などという話もよく聞く。


 これは、大学にもあてはまる、日本の大学は入るのが難しく、出るのが簡単、外国の大学は入るのは簡単だが、出るのが難しい。


 この辺の考え方の明確な違いを、遅まきながら僕はこの時に勉強した。どちらがいいというわけではない。どちらも正しく、選択するのは自分自身なのだ。


 転職には「心のフィット感」が大切だ。ずっと落ち続けていると、受け入れてくれる会社が現れた時、誰しもその会社にすがりつきたくなる。

 しかし、心のどこかに「違和感」があるときには考えた方がいいと思う。あいまいな言い方だが、上手く転職できた人に話を聞くと何かしらの直感、気持ちの中に自分で納得できる「フィット感」があったという。それを無視して入社してしまうと、心ならずも転職を繰り返してしまうことが多いようだ。


 僕はこのあと、かろうじて拾っていただき、さらにもう一度だけ転職活動を経験するが、この時の経験を何とか活かすことができた。仕事だけに限れば3度目の人生ということになるが、今の仕事が「天職」だと思えるようになり10年近くが過ぎた、首にならない限りは最後までお世話になりたいと思います。


 現在転職活動中の方がいたら、参考にしていただければ幸いです。


 今回はまじめな感じで・・・・






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