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つれづれペンペン草  作者: おのみちたかし
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小さな冒険

8歳の頃


 子供は小さな冒険が大好きである。家の近くにちょっと怪しげな研究所があった。今となっては記憶もおぼろげだが、とにかく入口の看板に「研究所」という文字があったのは記憶に生々しい。敷地も結構広く、コンクリートに覆われた外壁が何とも不気味で、ショッカーのアジトのような雰囲気がムンムンなのである。

 

 僕らは壊れた外壁の下からこっそりと忍びこむ、誰かに見つかれば怒られるというスリル、探偵かヒーローを気取った僕らは夏休みになると毎日のようにこの冒険を繰り返した。男の人には見つかっても大丈夫、優しくしてくれる。でも女の人に見つかるとヤバイ!などといううわさがまことしやかに話され、信憑性を持ってわれわれ仲間の間で情報として交換されていた。


 もっとも、僕らの侵入の目的はというと、中にとらわれているヒロインを助けだすわけでも、ショッカーの首領と対決に行くわけでもない、この研究所の広い庭にはまるで森のようにクヌギの木が生い茂っており、僕らの目的はそこに生息する「お宝」カブトムシの奪取であった。

 明け方に入ることはまれで、多くは午前中の陽も高くなってからの事だったので大した成果はなかったが、それでも運が良ければこの「お宝」を手にできたのである。これもひとつの冒険。


 次なる冒険は今ではなかなか体験できない。当時電車が大好きだった僕はヒマがあると近くの駅に出かけて行っては何時間もぼんやりと電車を眺めていた。男の子にとってなんと気持ちをゆすぶられるものなのか、とはいっても小学生低学年の少年には実際に一人で電車に乗って出かけることもかなわない、改札付近に落ちている切符を拾ってはコレクションする以外は、ただやってくる電車を眺めては幸せなひと時を過ごしていた。


 ある日、少年にちょっとした冒険のチャンスが訪れた。まず、記憶が確かではないが、この日は平日にもかかわらずなぜか学校が休みであった。僕は朝の8時頃から堂々と駅まで出かけていく、平日の午前中に遊びに行く時と言うのはどうしてあんなに心がときめくのであろうか。「今日は朝から思う存分電車が見られるぞ」と思うと気分は最高である。

 

 駅に到着、するとそこには衝撃の光景が!生まれてこの方見たことのない光景が目に飛び込んできた。


 線路を多くの人が歩いているのだ!「いったい何があったんだ」少年は戸惑う、目の前の光景が現実のものと思えず、夢でも見ているかのようだった。

 

 この光景の答えは・・・「ストライキ」


 当時は今と違って年に二、三回は労使がもめて交通ストライキがあったのだ。おそらくこの時も四月の春闘の時期だったのかもしれない。この駅はターミナルの一つ手前だったせいもあり、ひとまずターミナルまで行けば国鉄以外の通勤手段が確保できるわけで、通勤のサラリーマンがこぞって線路を歩いてターミナルに向かっているわけだ。ある意味ちょっとのどかな光景でもあり、おそらく現在ではもう不可能なのではないだろうか、何よりストライキ自体がもう何十年と行われた記憶がない。

 

 なにはともあれ、少年の心はときめく。


「線路を歩けるんだ!」


 僕は大人たちに混じって線路を心軽やかに歩いて次の駅まで「旅」した。これまた記憶がおぼろげなのだが、通勤の時間帯が過ぎて大人たちがいなくなってからもずっと歩いていた。

 

 さて、三往復ぐらいしただろうか、気がつくと線路を歩いている大人たちがほとんどいなくなった時である、僕は背後から聞こえる大きな警告音に思わず、振り向いた。そこにはゆっくりとした速度で近づいてくる「国電」の車両が!どうやら時限ストだったらしく、ストを解除した初電が走りだしたようだ。

 

 あわてて、線路の外に逃げ出すと、電車はゆっくりと駅へと向かって行った、こうして僕の冒険は二時間足らずで終わったのだが大満足の一日であったことはいうまでもない。


 最後はもっと身近な冒険、僕の家には当時風呂がなく、近くの銭湯に通っていた。銭湯はちょっとした社交場で、家から近かったこともあり子供同士で行くことも許されていた。夕方の五時頃に行くとたいてい近所の誰かが来ていて、湯船の淵に腰かけてしゃべったり、何やらおもちゃを持ってきては湯船に浮かべてみたりとちょっとしたワンダーランド状態、ちょっぴり怖そうなおじいちゃんの目線を気にしつつも、楽しいひと時を過ごし、風呂上がりには定番のコーヒー牛乳かフルーツ牛乳を飲んで家に帰るというのが日課だった。

 

 銭湯の湯船は浅いものと深いものの二つがあった。子供は浅い方へ入り、大人は深いほうに入るといった感じである。そして、この二つの湯船は完全に仕切られておらず、そこの方に五〇センチ四方ぐらいの四角い穴があり、そこでつながっていた。


 ある日、いつものように何人かで湯船の淵に腰かけて話していると、友人のA君が


「オレ、あの穴くぐれるんだぜ」 とのたまった。


 そして、「いいか見てろよ」という自信ありげな笑顔とともに潜水開始。見事にこの穴をくぐりぬけて深い湯船から浮き上がってきたのである。


「スッゲーな」


「なっ」 得意満面のA君。


「みんなもやってみろよ」 とA君の声


 しかし、プールとは違い底は見えないしお湯も熱い、僕にはなかなか勇気のいる冒険であった。


 その日以来、この穴をくぐりぬけることがある意味「勇気」のステータスとしてクラスで流行り始めた。


「昨日はあいつがくぐったぞ」とか「今日こそ、オレはやる」など学校ではその話で持ちきりとなった。


 そんなある日、学校へ行きその話をみんなに振ってみると、なぜか無反応・・・


「どうしたの」


「昨日Bがつまった・・・」


 そうです、ぽっちゃり体型のB君が我が身を省みず無謀な挑戦を試みた挙句にあの狭い穴に詰まってしまったというのだ!


 幸い近くの大人にすぐに救助され大事には至らなかったが、親にも相当怒られたらしく、この日を境に僕らのこの「冒険」は終焉を迎えた。


 「冒険」に危険はつきもの。こうした小さなくだらない「冒険」は、ささやかなスリルとともに少年たちを魅了していく。


 そして、僕らは少しずつ大人になっていくのだ。







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