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つれづれペンペン草  作者: おのみちたかし
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和洋折衷

21歳の頃


 幸せの形はさまざまである。


 友人のY君に誘われて結婚式場でアルバイトを始めたのは大学3年の時だ。

 花嫁さんをスポットライトで追ったり、BGMを流して盛り上げたりという演出のお手伝いであった。

 2時間の式で6千円、時間が延びると延長手当も付いた。幸せいっぱいのカップルを見るのは気持ちいいし、時にはご祝儀までもらい、歴代のバイトの中でも1、2を争うほどのなかなか楽しいバイトである。1日に3組もこなすとけっこうな収入となる。


 さらにこのバイトにはもう一つの「役得」があった。


 それは・・・披露宴に出される料理の数々である。

 披露宴が終わり、招待客が会場からはけると、すぐに後片付けが始まり、次の式の準備へと入る。

 この時、多くの手を付けていない料理がテーブルの上に残されているわけだ。


 毎回ではないが、ある気の利いたチーフが会場を担当するとき、この幸せな時が訪れる。

「よーし、今から5分間、もぐってよーし」

 その声を合図に僕らバイト軍団に至福の時がやってくる。

 辞書を使って直訳すると

「今から5分間だけ残った料理食っていいぞー ただし、客に見つかるなよー」となる。


 披露宴の料理というのは案外手つかずで残っているものなのだ。特に洋食だと、バターやマヨネーズを使った料理は年配のオジサンおばさんたちの口に合わないらしく何匹ものロブスターがそのまま残っている。


 僕のお目当てはこのイセエビのテルミドールというやつ、5分間あれば10匹はいける。

 友人のY君はメロンが好物でいつでもメロンを抱えていた。一人暮らしのY君の食生活はこのバイトによって大いなる潤いがもたらされていた。


 ちなみに食べる場所はテーブルクロスに隠れたテーブルの下、この中に何人もの学生バイトがそれぞれの好物をあたかもリスがドングリを巣に持ち帰るかのごとく連れ去ってはむさぼるわけである。

 あさましいと言うことなかれ、僕らが食べなければすべて捨ててしまうのだ!こんなにもったいないことはない!

 このチーフの判断は断固として正しい・・・と思う。



 さて、そんなある日のこと、印象深い披露宴のエピソードをひとつ。

 僕らはその日もいつものように披露宴会場で準備をしているとなんとなく普段と違う異様な雰囲気に気が付いた。

 僕とY君はほぼ同時にお互いの顔を見てつぶやいた。


「今日は何だかいつもと雰囲気が違うよな」 

「おお、何だか違う」


 会場に入ってくる招待客を見ていると


 一人目   坊主頭  無言

 二人目   坊主頭  同じく無言 手に数珠

 三人目   坊主頭  やはり無言 手に数珠 そして 決定打の袈裟姿!

 

 そうなんです、全員坊さんなのです。


 どうやらその日の新郎はどこぞやの有名なお寺の若僧侶だったらしく、新郎側の招待客の8割が坊さん関係なのだ。

 一方の新婦はというと、これがごくごく普通の可愛らしいお嫁さん、当然のごとく新婦側の招待客は華やかなドレスを身にまとい友達どうし談笑しながら席についていく。


 5分後、僕ら目の前には何とも奇妙な光景が広がっていた。


 中央通路をはさんで右半分は色とりどりのパーティドレスの女性たちが・・・

 左半分は袈裟姿で無言、ニコリともしない坊さん軍団・・・・


 わかりやすく例えるならば、一塁側に天使、三塁側に悪魔 といった状況である。


 坊さん軍団の沈黙は主賓のあいさつが終わり、会食が始まっても変わらない。

 淡々と祝辞が述べられていく。

 僕らは冷静さを保ちながらも 


 「おい、どうやって盛り上げよっか・・・?」 と内心心配になってきた。


 しばらく時間がたったあと、新郎新婦いよいよお色直しでの入場である。

 扉が開き、僕は前もって手渡されていたカセットの音楽を大音量で流し始める。


 な、何とキャンドルサービスでである!!

 坊主頭の新郎は白のタキシード!花嫁も純白のウェディングドレス!


 「へぇー 坊さんもキャンドルサービスするんだ・・・」 


 何とも不思議なキャンドルサービスが始まった。

 二人は本当に幸せそうにキャンドルに愛の炎を灯して回る、初めに新婦側を回り、そしていよいよ三塁側の坊さん軍団に突入となった。


 その時、あの沈黙の坊さん軍団はというと・・・

 それはすでに全員、ただの酔っ払いの集団と化していたのであった。

 二人がやってくると


 「いい娘、もらったなあー お見事―!」

 「しっかり修行せいよー!!」


 さっきまでの沈黙はどこへやら、みんなでげらげら笑いながら新郎に赤ら顔で酒を勧めている。


「幸せになれよー!!」 


 新郎の坊主頭をなでなでしながら長老のような坊さんがはしゃいでいる。


 それはとってもあたたかい光景だった。

 そして、思わず笑っちゃう光景だった。


 坊さんだって酒を飲んだらただの普通のおっちゃんなのだ。


 「和洋折衷って感じかな」 僕が言うと

 「こんなのも・・・いいよな」 Y君が答えた。


 僕らはなんとなくうれしくなって幸せそうな二人をスポットライトで追いかけた。





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