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猫の手も借りたい今日この頃

 僕の電話番号とメアドが彼女、卯月立夏の携帯に登録されてから僕の不幸値はパラメータを突っ切って上昇を続けている。

 今僕の頭を一番悩ませているのは、『最凶無敵のロンリーガールに相棒ができた』なんて根も葉もない、あまりにもバカげた話だ。

 だが、噂とは恐ろしい物で収まるどころから拡大の一途をたどっている。

 さらに追い打ちを掛けるが如く、卯月立夏は僕に鞭打つ、今朝「貴方が私の相棒になるなんて、飛んだ笑い話よね。死ねばいいのに」と、眼が据わった彼女は言葉にできない恐怖を辺りに散布しながら、僕にそう言葉を残して学校に消えて行った。

 陽が昇って、明るかったのに僕の視界は真っ暗だったのは軽くホラーだ。

 「ってな事が今朝あったんだ」

 『そりゃー 不幸な事だな。同情する』

 「同情はするんなら、打開策の一つでも教えてくれ」

 『そんなもん、ある分け無いだろう。あの譲ちゃんだぞ』

 それもそうだ。

 もし、そんな喉から手が出るほど欲しいものがあるのならば、今頃僕と同じ、彼女の被害者らが神様に感謝しながら有効活用しているに違いない。

 でも、それでも僕は、そんな夢の様なものが欲しい。

 「そうかもしれないけど。ほら、ここは年上のなんたらを見せるトコだと思うぞ」

 『いくら二十歳でも、無理な物は多々ある』

 そう、野良猫のヤスは数えて二十歳になる。とても高齢な猫なのだ。

 その割には無駄に活き活きしているが。

 別に悪い事ではないのだけれど、ヤスと出会ってから猫の常識というものが著しく僕の中で変わった。

 「はぁー もう溜息しかでない」

 昼休み。

 僕のため息は校舎裏のちょっとした雑木林の中に消えて行く。

 昼食の残飯をヤスに上げるついでに愚痴るその光景を誰かが見たなら、気持ち悪がってその場を離れるか、からかいに近寄るかの極端なパターンに分かれるだろう。そう、通常なら、普通なら。

 「あら、奇遇ね。貴方も此処がお気に入りなの?」

 「卯月、立夏」

 「なに?」

 どうにも彼女、卯月立夏もまた『異常』のようだ。

 「人の名前を口にしておいて、それだけっていうのは余りにも失礼だと私は思うのだけれど、それって間違いかしら?」

 「あ、あぁ。ごめん。少し考え事をしていたんだ」

 「私の名前と何か関係あるの?」

 「あると言えばある。無いと言えばない」

 「曖昧な物いいね」

 「そうだな」

 隣、いいわよね。と言って彼女は僕の隣に腰かけた。

 僕は地面にそのまま座っても何ら問題ない性格をしているが、どうやら女の子にもそういう性格の子は居るみたいだ。

 「それにしても、貴方は猫と話すの?」

 「は、はは―――」

 全く、何でそんな急所を突くような質問をするんだろうか。まあ僕でも同じ光景を見たらそう聞くけど、聞かれると答えにくいったらないんだよな。

 「ほら、ぬいぐるみに話しかける人とかいるだろ? それに似たようなものだよ。それに相手は動物だぜ? 犬に、お前は可愛いな。って言うみたいなものだと思うけど」

 そう僕は嘘を平然と並べる。

 彼女は少し考えるように、眉間に皺を寄せた。

 「そうね。私もそう言った光景を見た事あるわ」

 どうやら納得してくれたようだ。

 僕はホッと、胸を撫で下ろす。

 「でも、猫の年齢なんて貴方分かるの?」

 その言葉は僕の思考をフリーズさせるには十分すぎる言葉だった。

 

 最初から見られていた。

 

 何の変哲もない、そんな言葉が僕の脳内を行き来する。

 咄嗟に嘘を並べようと口を開いた僕だったが、彼女の、彼女の透き通った眼を見てしまうと、僕の嘘なんか全て見透かされているんじゃないか。なんて衝動に駆られる。

 そんな分け無い。と自分に言い聞かせても、全てを見透かしている様な彼女の眼が僕の自信を根底から破壊してしまう。

 そう。揺るがすわけでも、疑わされるわけでもなく、破壊してしまうんだ。

 もうこれは真実を言うしかない。そんな認めたくない結論へと強引に辿り着かされる。

 もしかしたら、彼女は人ではない。神秘の塊なのではないか? と、やや現実逃避ぎみな思考を僕は始めてしまった。

 それも仕方ないと思う。生まれてこの方、こんな経験は初めてなのだから逃げても罪にとらわれる事はないだろう。

 神秘を感じさせる彼女の眼は未だに、瞬きする事無く、僕をただジッと見ていた。

 そんな眼を僕は今一度注視して、溜息を吐く。

 降参だ。僕はそう心で白旗を上げた。

 「分かるんだよ。動物たちの声が、おかしいだろ?」

 「……」

 彼女は僕の言葉を吟味しているのだろうか、沈黙している。

 そして眼を瞑り、息をゆっくり吸って、吐きながら眼を開いた。

 「そんな事無い。それは、それはとても素敵な事だと思う」

 そう彼女は天啓を告げる天使の如く、僕にそう言った。

 天使。という言葉は少々飾りすぎ、と思うかもしれないが、僕には少なくともそう見えた。それほど、彼女の言葉が僕の心を震わせた。

 「そう言ってくれたのは、君が初めてだ」

 「そう。それは貴方の近くに、貴方を十分理解するだけの頭を持った人が居なかったからね」

 そう彼女は結論を述べる。

 そして、「でも私は違う。私は貴方のその言葉を十分に理解できるし―――何より信頼する事ができるわ」と、一呼吸おいて、彼女は僕が生きてきた中で一番耳にしたかった言葉を、掛けて欲しかった言葉を僕の耳に届けてくれた。

 『良かったな、睦月』

 あぁ、本当に良かった。

 彼女に僕は謝らないとな、今まで失礼な事ばかり思っていたんだから。

 「ごめん」

 「なにに対して謝っているのかしら」

 「君の事を誤解していた事に」

 「私はこう見えても、案外度量の広い女なのよ」

 「そうか、凄いな君は」

 「立夏」

 彼女は何かを呼ぶようにそう声を発した。

 「君。じゃなく、立夏。よ、睦月君」

 「急だな」

 「そうかしら、気に入った人に名前で呼んで欲しいというのは、万国共通の意識だと思うけど」

 確かにそうかもしれないが、日本人にそれを求めるのはどうかと思う。

 しかもそれが男女間だなんて、僕には到底無理な事だ。

 それなりに時間を掛けて関係を構築した仲ならまだしも、出会って間もない関係でそれを求めるのは些か急だと思う。

 「でも、無理にとは言わないわ。せめて君。や、貴女。は止めてね」

 「じゃあ、卯月さんで」

 「まぁ、及第点ね」

 なんだろう、これって恋人のやり取りっぽくないか。

 『ヒュ~ 熱いね、御二人さん』

 黙れ。そして冷やかすな、顔が熱くなる。

 そして卯月さん。そんなに顔を近づけないで下さい。

 恥ずかしくて死にそうです。

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