僕のストーカーは最凶無敵です。
卯月立夏との邂逅以来、丸でそれが切っ掛けとでも言わんとばかりに彼女とのエンカウント率が急上昇した。
それこそ毎回メタルスライムに遭遇するような物だ。
しかも相手が逃げないという、もうバグとしか受け取れない事態の連発、普通なら歓喜したい所だけど、こちらはレベル5で無装備と来たものだから、手も足も出せない。それだけならまだいいのだが、相手は精神的に攻撃してくるので僕のライフはもうゼロ間近だと思う、よく精神が持っているな。と恥ずかしげもなく自画自賛したほどだ。
さらに厄介な事に時折物理的な攻撃を仕掛けて来ると来たから、もう涙ものだ。
そんな分けで僕は毎回近くに居る動物に助けを求めて、その報酬としてエサを提供しているので懐が寂しい。
高校一年の夏にとっては痛い出費だ。
「はぁー」
『また溜息か、溜息を一回吐く毎に幸せが逃げると言うことわざを知っているか?』
「もちろん知っているよ。でも今の僕には無関係な事だと思うな、なんたって毎回魔王と遭遇してるんだぜ? 今日だけで三回も、今まで会ったことすらなかったのに」
『それについては同情するよ。俺もあの譲ちゃんは苦手だしな』
「それは言わなくても分かるさ、毎回逃げやがって」
そう、決まって卯月立夏と遭遇する時にはヤスと居る時が九割を占めている。
今こうして駄弁りながら歩いているのだが、実は冷や汗ものだ。
だが、野良猫に付いてくるな。何て言っても、自分の好きなように行動するのが野良の性らしく、一向に言う事を聞いてくれやしない。
まぁ、僕も何かを強要する事はあまり好きではないのだけれど。自分の身可愛さに強要している事は何ら恥ずかしい事じゃないと思う、誰だって僕と同じ状況に陥れば僕同様ヤスに、近付かないでくれ。と強要するはずだ。
しないというのなら、それは真正のマゾに違いない。そう僕は言いきれる。
「あら、また会ったわね」
涼しい顔した魔王様のご登場だ。
本日四度目の顔合わせか。
「奇遇ですね~」
「気易く話しかけないでくれるかしら、貴方と関わりあるみたいに見られるじゃない」
いや、最初に話しかけてきたのは貴女ですよ、忘れましたか。
「でもまぁ、その猫に免じて許してあげましょう」
『良かったな、俺の御蔭で今回ばかりは助かったろ?』
あぁ、全く。たまには役に立つじゃないか、非常に腹立たしい事だけどな。
だから、その優越感に浸った顔をやめろ。
無性にイライラするじゃないか、お前は僕を高血圧で死なせたいのか?
「ところで、今回は何の用で?」
「何の用って、偶々よ。偶々貴方と会っただけに過ぎないわ、それに貴方の言い方だとまるで私がストーカーみたいじゃない」
いや、それも強ち間違ってないと僕は思うんですけど。
ここまでエンカウント率が高かったらもう何か人為的な物が働いているとしか思えないし、そうでなければ、もはや人の領域では測れない神秘的な何かが作用しているとしか思えないじゃないか。そうであるとしたなら僕はできれば前者であってほしい、オカルト系はダメなんだ。
夜道を歩くとか、ましてや夏の、それも墓地で怪談をするとかもう洒落にならない。
小学生向けのお化け屋敷にすら入れない高校生とか、日本中、いや、世界中探したって僕しかいないだろう、それでも恐い物は仕方ないと豪語できる。
「じゃあ訂正します。どうして此処に?」
「家に帰る途中だったのだけれど、私のセンサーに猫が近くに居ると出た物だから、少し寄り道をしようと思って道を外れたら貴方と会ったのよ。それにしても私達よく会うわね、貴方。もしかしてストーカーだったりしない?」
「カバンに手を入れなにをしようとしているんですか!」
「何って、暴漢に襲われそうになったから、撃退グッズに手を伸ばしただけよ」
「襲われるって、僕はそんな動作未だに一つもしてないんですけど」
「未だに。って、これからするつもりなの!?」
「いや、過去にも先にもしないよ!」
「そう。ならこの、『ゴリラでも即死! 放電ビリビリ君』は要らないみたいね」
なんだ。
その矛盾しているネーミングの商品は、即死なのにビリビリって。
ゴリラでも即死とか、それはもう撃退グッズというよりかは殺傷兵器じゃないのか?
警察、警察は何をしているんだ!
こんな危険極まりない物を、こんな危険極まりない人物の手に渡らせるなんて、税金ドロボーもいいとこじゃないか。
職務怠慢で訴えるぞ!
「どうしたの、顔色が悪いわよ?」
「いや、少し現実の残酷さを考えてたんだ」
「そうね。現実って残酷だから、時たま考えてしまうものよね。私にも似たような経験があるわ」
あるのかよ。
貴女に限っては絶対あり得ない思考だと僕は思うんだが。
「そう、じゃあこれで」
はぁー 疲れた。
こういう時は早く家に帰って、冷房が利いた部屋でアイスを食べるに限る。
「ちょっと待ちなさい」
「まだ何か?」
これ以上僕を苛めないで欲しい、貴女は一体何がしたいんだ?
「その三毛猫、触りたいのだけれど」
「じゃあ触ればいいじゃん」
「どう触っていいのか分からないのよ」
なんだ。このギャップは、不覚にもトキメキそうだったぞ。
というか、何で首を少しかしげるんだ。
自分の容姿がどれほど優れているのか、自覚しているんだろうか。いや、そんな事気にする様な性格はしてないな。
「触り方にルールはないよ、ただ手を置けばいいだけさ」
「そういうものかしらね」
「そういうものなんだよ」
ここまで付け入るスキというか、なんというか。そういう物が皆無だったのに、まさか動物との触れ合いが苦手とか、歴史に名を残す偉人変人でも皆目見当もつかないだろうな、軽く世界の七不思議レベルだぞ。
「猫って、結構触り心地が良いのね」
「まぁ猫の種類にもよるんじゃないのか、触り心地ってさ」
「ふふ、そうね」
笑った。
多分、心の底から、嬉しくて笑ったんだ。
そんな顔をしている。
こんな表情もできるんだな、噂に聞く卯月立夏とは大違いだ。
僕が噂で聞いている『最凶無敵のロンリーガール』こと卯月立夏という人物は、その美貌からは想像もできない冷酷な笑みを浮かべながら、情け容赦ない一方的な暴力で相手を痛めつけて、まともに動けなくなった頃に精神的に甚振る。という拷問の様な手法を下は小学一年生から上はベッドで寝たきりのお年寄りまで、幅広い層に無作為に、その時の気分で不幸を押し売りする。何て物だった。
いや、実際。
そんな死ぬかもしれない様な手法をこの身で味わった僕だけども、噂は概ね本当だった。
少々拡大解釈はあったものの、間違いなく十代から二十代。いや、五十代くらいまでは情け容赦ない事を僕はこの数日で目の当たりにした。
まさか五十歳の露出狂が実在するなんて、この十六年思いもしなかったが。
というか、アレの股間に何の躊躇いもなく、眉一つ動かさずに蹴りを入れられる彼女はある意味で大物だ。
多分、シークレットサービスに警護されている大統領にだって同じ事ができるに違いない、それどころか罵声を浴びせたり、挙句の果てには唾を吐きつける事もしかねない。
そんな常識という枠に収まりきらない少女が、今僕の前で猫と戯れている光景はどれほど価値があるのだろうか、少なくとも名画と呼ばれる品々以上の価値があると僕は思う、これはお金でやり取りできる類の物ではない、人生という限られた時間に訪れた奇跡だと思う、それほどこの光景は僕の眼に、心に焼き付いた。
「楽しそうだな」
この僕の一言で卯月立夏から笑顔は消えた。
完全に不意を突かれた。と言いたげな反応だ。
もはや恐怖の代名詞となった『卯月立夏』を、そこまで演じる必要はないんじゃないだろうか、少なくとも僕はすでに純粋な少女としての卯月立夏の一面を見ているのだから、僕の前くらい仮面を外して、活き活きとしていても良いと思う。
いや、それ以前に何故彼女は演じるのだろうか?
何か。よっぽど何か、特別で重大な理由でもあるのだろうか?
まあ、他人である僕がズカズカと土足で踏み行っていい話ではないだろうが。
「油断したわ、こうやって私を陥れて襲うつもりだったのね」
「だから、違うって。確かに君は魅力的だし、できれば君のような女性と付き合いたいと僕は思うけれど、だからといって襲うなんて野蛮な事はしない」
「何、今度は告白? どこまで私を混乱させるつもりなのかしら」
えらく疑われる物だ。
そこまで猜疑心の籠った瞳で見ないで欲しい、正直辛い。
まるで僕が本当に、人としてやってはいけない事をやってしまった気分になってしまう。
「でもまぁ、そう言われて悪い気分じゃないわね」
誰でも褒められれば嬉しいものだろう、露骨な褒め方を除けば。
「だけど、無性に貴方のお腹にこの拳をねじ込みたいのだけれど、いいかしら?」
「いや、何言ってんの!? デコピンしてもいい? 的なノリで言う台詞じゃないよね!?」
「高々女のパンチよ? そこまで痛くはないでしょう」
その台詞は大の男を拳一つで宙に舞わせた挙句、コンクリート製の塀にダイブさせた女の言う事ではないと思う、というか間違っている。
そんな破壊力満天の拳を腹に受けるなんて、自殺願望者でもなければ首を縦に振らない。
「そんな事を言うもんじゃないよ、可愛い女の子が」
「それもそうね。色々と砕きたかったのだけれど、仕方ないわ」
何を砕くつもりだったんですか。
「じゃあ代わりに、貴方の携帯番号とメアドをくれないかしら? あぁ、もちろん私のは上げないわよ。個人情報だからね」
僕の番号とメアドも個人情報だと思うのだけれど、僕の認識は間違いなのだろうか。