死の牢獄に、風鈴は鳴る
森の奥には塔がある。
貴族専用の牢獄であり、一度入れられた者は二度と出られない。通称──死の牢獄。
そこへ送られたのは、かつて王子の婚約者だった女。
今では「悪役令嬢」と呼ばれ、すべての罪を着せられ断罪された──私だ。
「これは?」
私の問いに、塔の門番はにこやかに答えた。
婚約者だった王子からの、最後の慰めだそうだ。
「お優しいことですな」
そうしみじみ語る男を見て、私はくすりと微笑んだ。
鉄格子のはめられた窓際には、一鈴の飾りが下がっている。
──風鈴。
この世界に、風鈴という物は存在しない。
風の音を楽しむ文化など、この国にはないのだから。
だから、この男にわかるはずがない。
"お前はここから出られない"という王子からのメッセージには。
……構わない。知っていた。
私はこの塔に来るため、物語に身を委ねたのだから。
風鈴は、静かだった。
風が吹かないから鳴らない。鳴るはずがない。
それでも私は、それを見つめ続ける。
かつて異界の知識を語ったことがある。
涼やかな音で夏をやり過ごす、小さな道具の話を。
隣で笑っていたのは、王子だった。
「意味のないものだな」
そう言ってから、「だが君らしい」と付け加えた。
意味は、ある。
音は、扉だ。
夜。
大地がわずかに揺れ、塔が軋む。
誰も気づかないほど小さな振動が、世界の綻びを叩いた。
ちり、と。
私は笑う。
──ああ、やはり。
王子は、何も知らない。
この風鈴は慰めになどならない。
ましてや罪の象徴になど。
これは、呼び鈴だ。
かつて、この国が切り捨てたもの。
精霊、儀式、失われた契約。
それらはすべて、音に交わっている。
私はこの塔から出られない。
だが、ここに「入ってくる」者はいる。
夜、風鈴が鳴る。
一鈴、また一鈴。
門番にはその音の意味はわからない。
王子には、音すら聞こえない。
──私には聞こえる。
精霊は、私を見ている。
下界から外れたこの塔は、この国唯一の精霊の通り道。
恋に狂った歪な世界で、私が自由に生きるための唯一の方法。
鉄格子がガタガタと風で軋む音がする。
もう間もなく契約は満ち足りる。
さあ、エピローグを始めましょう。




