ハッピーバースデー!チェア!
※不備を見つけた際は誤字報告受付まで。
適当で良いよ、多分ね。
澄んだ空を遠目に眺めてから、ゆっくりと手元のカップに目を向ける。
視界の中央、その白くて狭い領域の中に暗く影を落としたそれは、今日も変わらず静かに波立って決死の抵抗をしていた。
今日も今日とて、白々しく降参の旗を立てる用意はあるのか?そう聞かれれば、直ぐにでも ”NO" という勢いである。
しかし、その抵抗が、全くの無駄である。など、ここにいる誰も決して教えてはやらないのだ。
あぁ、ここは何とも悲しい世界なものか。彼に救いは無いのだろうか?
「. . . はぁー。」
虚しくも口からこぼされたそれは、太々しくも胸の中から飛び出して部屋中に溢れ出ようとしているモノのたった一部に過ぎない。
ゆえに、この世界を支配する静けさには遠く及ばないらしい。
そもそもの話、こんな日がそうそうない事は十分理解しているつもりなのだ。
なのに、いや。だからこそ、このやるせない気持ちを、私は一体何処に投げれば良いのか分からずにいる。
リビングに設置されたモニターがひとりでに点灯し、時刻を表示する。
丁度、07:00を15分回ったところだった。
私は腕時計を一度確認する。そして、しばし悩んだところで決意した。
「すまないが、君は終わりの時間だ」
静かでありながら、はっきりと宣告を与えたその響きに迷いはなく、
ゆっくりと、しかし徐々に速めながら、白くて狭い領域で抵抗していた悲しき存在を静かに救済する。
しばらくの後、再び静けさが訪れる。
残された世界でただひとり、時刻を刻んでいたモニターもこの世界に見切りをつけたらしい。
そそくさと彼の世界へと帰っていった
「まるで、別の世界だな」
私が思わずこぼしたそれを、見事に拾ったやつがいた
「あ?どうした? 何がだ?」
自ら拾ったというのに、まるで意図が分からないとでも言うかの様に聞き返してくる。
こいつはいつもそうだ。一番周りを見ていないように見えて、一番見ている。
そして今だって、次に何か起こらないかと辺りを見回している。
「ディップ. . . お前の耳は地獄まで聞こえるのか? . . . まぁいい。
ただ、朝の静けさが嘘みたいだなって思ったんだよ」
そういう私に、ディップは冗談だろ?みたいな顔をしてこっちを見る。
そして何かを思慮した後、ニヤッと笑って何かを企むように擦り寄って来た。
そのまま観察を続ける私に、あたかも最初からそうであったかのように、右腕を肩に回し、左手を軽く振りながら口を開く
「なにしけてんだよ。今日のメインディッシュはお前だろ?パーっとやろうぜ?な?」
確かにそうだ。少し、感傷的だったかもしれないと納得した私は、同意しようとして不意に留める。
いや、ちょっと待て。こいつ今、メインディッシュって言ったよな?
人をこれから食べるみたいに扱うな?というか、私はいつからメインディッシュにされてるんだよ
リンゴを丸かじりする事はあるが、そのまま焼かれる趣味は無い。
そう返そうとしたその時、不意に横から声をかけられる。
「ディップ、それを言うなら今日の ”主役” でしょ? それに、主役を食べてどうすんのよ。
まだ夢の中に居るんじゃないの?」
声と共に現れた新たな存在に最もな事を返されたディップは、共に現れた今日のメインディッシュに目を移して何事もなかったかのように返す
「良かったなぁ?ローウェン、お前の話をしてたらナターシャがメインディッシュを持ってきたぞ!」
優しく広がるオレンジ色の光に包まれた世界に、新たに加わったそれは確かな存在をアピールしている。
これは確かにメインディッシュだ。間違いなくメインディッシュなのだ。
リンゴをかじってないし、丸焼きでもない。
そして、本日のメインディッシュの私でもない。
ディップの言葉は、全ての用意が整った事を伝えていた。
そして、その場にいた全員が持ち場へと着き、静かにこの世界の中心に鎮座する強大な旗艦のテープカットに備えて待機している。
その眼差しは私に向けられていた。
私は一瞬、この世界の静寂に吞まれかけ、そして今、理解する。
この胸の中から溢れ出すモノの正体に。だが、それは重要ではない。今、最も大事なのは. . .
「ゴホン. . . えー、本日は――――」
「. . . ローウェン、もっと簡単で良いぞ?式を挙げる訳じゃないんだ」
私の、言いかけだった完璧な演説はディップによってキャンセルされた。
ついでにそれまでの静寂は散り、笑いがこぼれる。
もう何度目になるか?いつからか、数えるのを辞めていたそれをふと思い浮かべながら、仕切り直す。
「そうだな。ちょっとだけ、ユーモアが必要だった。
今日はみんなありがとう。こうしてまた集まれたこと、そしてこのパーティーを開けたことは、
間違いなく一番の功労者、ナターシャのおかげだ」
そう言って私が一区切り付けると、待っていたとばかりに拍手が送られる。
このパーティーを開くために取り仕切っていたのは、間違いなく彼女だ。その事をここにいる全員が知っている。
頃合いを見て、私はさらに続ける。
「そして、こより、私が数えるのを辞めた. . . あー、何歳でも良いや。
今年も誕生日を無事に迎えられた。今日という日を祝って. . . 乾杯しようと思う」
乾杯という言葉に釣られたディップがいち早くグラスを持ち上げたが、騙されたとその手を引っ込める。
私はちらっとディップを横目で見ながらグラスを持つ。それに合わせて、皆がその時を待つ。
グラスの中の透明な彼は光り輝いている。今年もきっと、上手くいく。
そう感じさせるだけの自信が見える。私はそれに合わせるだけだ。
「では、乾杯――――」
そこで私は、後ろから何かに押される。
同時に、透明な光り輝く彼がグラスを飛び出すのを見た。
. . . 冷たい。
私の背を押したそれは、満足した!と言わんばかりに、モーター音を響かせて静かに元の世界へと帰る。
何が起きたのかは理解している。ただ、余りにも理解したくなかった。
なぜ今なんだ?もっとタイミングがあるだろ。どうして、このタイミングを選んだんだお前はっ!
グラスの中身を被った私を見続ける彼らは何を思う?
私は何といえば良いんだ?私はどう切り返せばいい?私は. . . っ!
そうこうしていると、ディップが不意に笑い出す。他の皆もだ。抑えきれないという具合に。
そして、私の視線に気が付いたディップが謝る。
「悪い悪い!あまりにも完璧なタイミングで笑わずにはいられないだろ?
やられたな!ローウェン!まさか椅子から貰うとはな!」
そう言って笑い続けるディップを見て、私はそれまでどう返せばいいか悩んでいたが、そんなことどうでもよくなった。
何故かって?目の前で笑っている仲間が居るんだ。ならば、私も笑えばよかろう?
そう思うと、段々と笑えて来るのだから不思議だ。
「そうだなディップ、来年は椅子の電源を落としておく事にするよ。
与ストレス機能はオフにするさ! 乾杯!」
「「「「 乾杯!! 」」」」
高く突き上げられたグラス達を眺めながら、私は思う。
仲間と笑い合えるこの世界で良かったと。
だからこの世界が好きなんだと。
今年も上手くいくさ。だってそうだろう?世界は今、こんなに輝いているんだから!




