ただいまを言わない帰還者
王都の鐘が鳴った。昼なのに、どこか寂しい音だった。
リゼは式典の裏で手袋を外した。呼ばれた理由は、勇者パーティの剣の点検。壇上の中央には、金の装飾を身につけたアラン・グレイ。
鎧も剣も新品なのに、立ち方だけは変わらない。肩に力が入りすぎている。
「似合わないな」
誰にも聞こえない声でつぶやいた。
式典が終わり、喧噪を抜けて裏道へ。
角を曲がると、待っていた人影。
「剣の修理を頼みたい」
アランが、あの日と同じ旅装束のまま立っていた。
聖剣の刃は欠け、柄は焦げている。
「式典の翌日に壊すなんて、早いですね」
「人前で笑われたくなかった」
「五年前もそうでしたね。人前で本音を言えないところ」
「……変わらないな」
「変わったつもりなんですけど」
短い会話のあと、沈黙が落ちた。
「手紙、読んだんだな」
「ええ。炉で焼こうとしたけど、燃え残りました」
「俺も、言葉が燃え残ってた。戻れなかった」
「知ってます。あなたはそういう人です」
リゼは剣を受け取り、刃を光にかざした。
「もう直らないかもしれません」
「そうか」
「でも、折れたところからやり直すのは得意なんです」
アランの肩の力が抜けた。
それは、五年前にはなかった柔らかい表情。
「リゼ」
「はい」
「ただいま」
「言わなくていいです」
彼女は少し笑って、火を入れた。
「代わりに、また仕事をください。焦がさないようにしますから」
「そうしてくれ」
火が再び揺れた。長い時間の後に吹いた春の風のように。
「五年遅れのすぐ戻るって、まあまあ悪くないですね」
「遅れても戻ってきていいなら助かる」
「鍛冶屋は忙しいんです。待ってる間に腕が上がりました」
「なら、また折っても大丈夫だな」
「できれば、折らないでください」
二人の笑いが火花の音に混じった。
剣が光を取り戻すころ、もう言葉はいらなかった。




