知らないふりをする勇者と、気づいている鍛冶屋
三日後、男はまた現れた。
「剣の調子はどうだ」
「問題ありません。ちゃんとまっすぐです」
「そうか」
相変わらずの無愛想。五年前と同じ声。
リゼは火箸を動かしながら、少しだけ笑った。
「また壊したんですか?」
「仲間に貸したら、先を折られてな」
「優しいんですね」
「……思ってるつもりだ」
そのとき、外からジョルの声。
「リゼー! お客さん続きだな!」
「おしゃべりは外で」
「へいへい。前の婚約者がいなくなっても、モテるなあ」
旅人の肩が一瞬だけ動いた。その反応に、リゼは小さく目を細めた。
「婚約者?」
「ええ。五年前に“すぐ戻る”って言って、それきり」
「……そうか」
工房の空気が静かに揺れた。
鉄を冷ます音だけが響く。
「あなたも、誰かを待たせたことあります?」
「あるかもしれない」
「かもしれない?」
「確かめるのが怖くて、戻れなかった」
炉の火がぱちりと鳴った。
リゼは笑った。
「臆病な勇者さんですね」
「勇者じゃない。ただの護衛だ」
「その勇者は?」
「……まだ旅の途中だ」
その誤魔化し方も、昔と同じ。
彼が名乗らないなら、こちらも知らないふりを続けよう。
その夜、男は棚の上の手紙を見つけた。
「これは?」
「古い紙ですよ。読みます?」
彼は首を振らず、ただ文字を撫でた。
すぐ戻る。少しだけ待っててくれ。
しばらく黙ったあとで、彼は言った。
「これは、ここにあった方がいい」
背を向けて出ていく背中を見送りながら、リゼは火を足した。
「五年ぶりに戻ってきて、それが第一声? 本当に、どうしようもない」
翌朝、工房の前に剣が立てかけられていた。
柄にはA・Gの刻印。
その下に短いメモ。
剣の修理、また頼む。
「今度は何を壊したのよ」
笑いながら火を入れる。
まだ終わっていない物語を、鍛えるように。




