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ウキウキで買ったお寿司を電車に置き忘れました

作者: 凍港くもり

 

 私は山本、事務をやってる。

 毎日の通勤には電車を使ってる。通勤時間は50分。

 遠いね。


 今日は飼ってるハムスターの誕生日。名前はハムちゃん。


 ハムスターの寿命は2年。ものすごく動物に詳しくて、とっても大切にしている人も2年以上は伸ばせない。どうしても2年で亡くなってしまう。


 私はハムスターが大好き。だからハムスターのお誕生日は、とっても特別。ハムスターが一生で迎えられる誕生日は2回だけ、全力で祝わないとね。


 退勤した私は、ホームセンター、ドラゴンホームに行く。ここはかわいい犬や猫が出迎えてくれるし、ペットフードの種類も豊富だ。助かるね。


 私はハムちゃんのために特別なフードを用意することにした。

 まずひまわりの種でしょ、それから後でスーパーでサツマイモとチーズ買おうかな。ちょっと高いハムスター用の無添加ドライフルーツも用意してみた。


 それと、緊急用の水とカンパンも買い足そうかな。カンパン美味しいから時々おやつとしてたべちゃうので。あと、明かりもいるかな?ロウソクとライター買っておこう。せっかくホームセンターに来たし。


 ドラゴンホームは竜のロゴマークを掲げている。スーパーとかホームセンターって身近なものをロゴマークにするんじゃないのかな?竜って身近じゃないけど。ちょっと変わってるよね。ドラゴンホームで買った、ハムちゃんのフード。それを入れるビニール袋にもドラゴンホームの龍のロゴマークが書いてある。


 私も楽しんでお祝いをしなくちゃね。私の分はお寿司。かなり奮発したけど、ハムちゃんのフードの方が高い。やっぱり小動物用の贅沢フードって高い。


 でも、今日は1年に1度の特別な日だから。お財布の紐もゆるむ。ハムちゃん喜んでくれるかな。


 そういうわけで、ホームセンターとスーパーを経由して、私は帰路についた。


 ハムちゃんのリアクションを想像してウキウキだ。きっとフードの匂いをフンフンって嗅いで、口に入れたら美味しくてびっくりするんじゃないかな。夢中で口に詰め込むんだろうな、かわいいね。


 そんなことを考えながら、電車に揺られていると疲れが出てきてしまった。日々の疲れの蓄積ってすごいよね。

 ほんとに元気!今日は何でもできちゃう!そんな日は無いな。いつも体の奥底にずっしりと積もった疲れを感じる。悲しいなぁ。

 そんなわけで私はちょっと、うとうとしてしまった。


 ハッと、気がつくとそこは私の降りる駅だ。やばい。私は慌てて電車を降りてホームに着地。ふう、やれやれと寝ぼけた頭を振って、家に帰るべく階段へと歩く。そこで気がついた、さっき買った荷物を持っていないことに。


 急いで振り返ると、電車のドアがピシャリと閉まった。

 非情に閉じられた無機質なドア、体がびくりと震えた。

 ああ、待って、待って…。


 一縷の望みを持ってフラフラと電車を追いかける。電車はゆっくりと動き出すと、すぐに人間には追いつけない速さになる。いつものように。普段は感じないけど、電車って早いんだね。人間の足と比べると絶望的に早い。もう取り返せない。悪いのは私、忘れ物した私。


 あぁやっちゃった…、ハムちゃんになんて言おう…。朝、おいしいご飯買ってくるからねって約束しちゃったよ。ハムちゃんは私の言葉を理解できてるんだ。きっとがっかりするよ。

 それにお寿司をなくしちゃった。お寿司は鮮度が命だからね。電車に置いてあるお寿司なんて、みんな手が出せないよね。お寿司にも悪いことしちゃったな、美味しく食べてもらうはずだったのにね。


 私はとぼとぼとお家に戻る。とっても惨めだ。ハムちゃんの誕生日にウキウキしていた、さっきまでの私。幸せな気持ちに冷水をかけられる。もしハムちゃんに出会っていなければ、こんな悲しい気持ちになる事はなかっただろう。でも今日の悲しみよりも、もっとたくさんの喜びをハムちゃん与えてくれた。

 ハムちゃんに出会えてよかったよ、お寿司も買ってよかった。


 願わくば、あのお寿司、誰かが美味しく食べてくれないかな?





















 薄暗い通路を歩く。今日の空気は綺麗だ、機械砂の濃度は薄く、視界が確保できる。それでも片手を壁に付けて歩く、迷わないように。壁沿いの通路は、地盤沈下が起きにくい。死ぬリスクがなるべく低い方を選択するんだ。


 古いガスマスクの付け心地が悪くて、何度も首周りを触ってしまう。ガスマスクのフィルターも調達しないとな。足りないものは多くあって、手に入るものは少ない。

 早く何か食べ物を見つけないと、またリーダーが口減らしをすると言い始めるだろう。あいつは優秀なリーダーなんだ、いつも泥をかぶってくれる。食料が少ないんだ、仕方がないんだ。


 視界の隅に白い何かがうつった。

 よく耳をすませば、ガサガサと言う音も聞こえる。この白い何かからだ。


 クリーチャーか?警戒しながら近寄る。今日は、機械砂の濃度が薄いから探索も強気になる。見えるって素晴らしいな。


 それは白い袋に入った荷物だった。


 奇妙なことにまだ新しい。俺が探しているのは、旧時代の食料や水だぞ?

 ほこりもかぶっていないし、通路の真ん中に置かれている。誰かが今まさにここに廃棄したようだ。


 罠か?


 よく観察してみる。それには龍の紋章が描かれている。俺たちの派閥のロゴマークじゃないか。同胞の置き土産か?もっとよく調べるべきだとは思ったが、チラチラと見える内容物が魅力的に映ったので、俺はそれを手に取った。


 袋は、やたらガサガサと主張する。しかし、薄くてとても軽い。いいな、これ。中身もまた奇妙だ。1番上に置かれている箱。透明な容器の中に小ネズミほどの大きさの物体がきれいに並んでいる。玩具か?


 俺はこの発見に胸が踊っていた。絵本で宝箱を見たときと同じ。俺にとって、この袋は宝箱だった。俺は機械砂が入りにくい小部屋に行った。中身を開封してみる。


 白いつぶつぶがたくさん並んで圧縮された楕円形の何か。その上に色のついたものが載せられている。色はそれぞれ異なるが、同系色も多く何らかの法則性がありそうだ。そのほとんどが薄く引き伸ばされたような形だ。手に取ってみると、だいぶ柔らかい。玩具ではないようだ。玩具だとしたらすぐ壊れてしまうだろう。


 俺は閃いた。これは食べ物では?保存性の低い姿だが。密閉されていない状態ではすぐ腐ってしまうだろう。ペーストでもなければ、ブロックでもない。一般的な食べ物の姿をしていないが、俺はこれを食べ物であると思った。食べてみたいと言う欲求が芽生える。


 そうなると俺は早いのだ。よく長生きできないと言われる。舐めるとか、ほんの少し切り取って口に含み、体調の変化を時間ごとに記録するとか。未知の食用の可能性がある物体にであったときの教育は受けているが、食べてみたいから食べるのだ。勢い良く口に含んで咀嚼する。


 瞬間、俺に衝撃が走る。


 うまい。


 今までに食べたなによりもうまい。リーダーが闇市で仕入れてきた上等で肉付きの良いネズミよりもうまい。ネズミよりもうまいものが、この世にあるなんて。俺が今まで食べたなによりも群を抜いてうまいため、何とも形容しがたい。もううまいとしか言えない。もう少し味わっていたいと思うのに飲み込んでしまう。喉の奥に流れていった。人生最大の美味に呆然とする。


 うますぎる。


 もう一つ口に入れようとして、すんでのところで踏み止まる。

 こんなにうまいものを1人で食べていいのか?

 ダメに決まっている。


 俺はこれを持ち帰らなくては。みんなに食べてもらうんだ。その時の反応が楽しみでたまらない。どんな顔をするんだろう?これを食べた時、俺はどんな顔していたんだろう?俺はいそいそとシェルターに戻る。


 これは誰が提供してくれたんだろう?

 どうやって作るんだろう?

 まだ袋にはたくさん何かが入っている。これら全てがとてつもなくうまいのだろうか?とんでもないな。

 誰だか知らないがありがとう。本当にありがとう。

 俺は、さっき俺の口の中を駆け抜けた、あの幸福で多少の理不尽は乗り越えられる。希望だ、これは希望の袋だ。


 誰か知らないあんたの、幸運を祈ってるよ。

なくしものが異世界転移して必要な人のところに届く話。

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― 新着の感想 ―
面白い。 だけど、ハムスターの飼い主、山本はかわいそうだ。
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