第一話 ……魔力、測定……?
カンッ!
木槌の甲高い音が、重苦しい空気を纏った裁判所の中に鳴り響く。
「宮廷魔法師クラウディオ・バートン! 貴殿は悪魔を匿った大罪人である!」
顔に影がかかった裁判官が吐き捨てるように言った。
俺は震えるミリィを抱きしめ、必死に反論する。
「違う! ミリィは悪魔なんかじゃない!」
「弁明は不要! 二人まとめて火炙りの刑に処す!」
裁判官が判決を告げた途端、俺達の足元から真っ赤な炎が燃え上がった。
ヤバい! 早く消さねぇと!
俺はすかさず水魔法の詠唱を唱えようとする。けど口が動かない。手も上がらない。呪縛か? それとも恐怖か?
焦る間にもミリィの小さな身体が、燃える。
「やめろぉおおおおっ!!」
***
「うわあああああっ!! ……はっ!?」
絶叫と共に、俺は目覚めた。
薄暗い裁判所じゃなくて、窓から朝日が差し込む俺の寝室で。腹の上じゃ、ミリィが乗っかってくぅくぅ寝息を立てている。
「ゆ、夢……」
冷や汗がやばい。全身びっしょりだ。
火炙りにされる夢なんて、全く笑えねぇ。禁書に書かれていた異端審問が、俺の頭の中に強烈に焼き付いているんだな。
異端審問なんて今じゃ時代錯誤な風習だろうが、ミリィの心が読める能力が公になったら、悪魔扱いされる可能性は十分ある。秘密が筒抜けになっちまうからな。
だから絶対に隠し通さないといけねぇ。
「取り敢えず、着替えるか……。それから、朝飯……」
俺は熟睡しているミリィを起こさないようそっと腹の上から下ろすと、ベッドから降りふらつく足取りでクローゼットに向かった。
叫んだからか喉カラカラだ。着替えたらまず水を飲むか。いや、いっそ水浴びしちまうか?
そんなことを考えながら着替えを終えた俺は、下の階にあるキッチンに向かった。まずは喉を潤して、と。
ピリリリッ。ピリリリッ。
俺がキッチンで水を喉に流し込んだと同時に、見計らったように鳴った。
それは鏡から鳴っている。この鏡は魔力を込めると、他の鏡と通信ができる便利な魔道具だ。俺は通信魔法も使えるけど、鏡を使うと少ない魔力ですむんだよな。
「はいはい、今出ますよっと」
俺は小走りでリビングを移動し、鏡に触れて魔力操作する。こうすれば鏡は連絡を寄越した相手を中に映してくれるんだ。
まぁ映さなくっても相手は予想がつくんだけど。と言うか候補が一人しかいねぇ。
『クラウディオ、やっと出おったか!』
案の定、鏡に映ったのは白い髭をたっぷりと蓄えた、魔法省トップの魔法大臣グレイアム・グレゴリーだった。
俺は頬を引き攣らせながら、大臣にへこへこ頭を下げる。
「そのぉ、大臣、おはようございますぅ〜。昨日はバタバタしちゃいましたねぇ、まさか図書館で誘拐騒動なんてぇ〜」
『何を慣れない敬語を使っておるのだ? 首謀者の父親である研究局局長はさっさと左遷させ、事件は調査官に引き継いだからの、経過が知りたくばそちらに連絡するとよい』
(仕事が早ぇなぁ〜〜)
『それよりも! おぬし弟子を取ったというではないか! 警備騎士から報告を受けたぞ!』
完璧すぎる報連相。有能なのがつらい、と思う日が来るとは……。
その弟子の話題を出したくなくって、事件の話を出したのに時間稼ぎにもなってねぇ。
大臣は声を弾ませて嬉しそうにしてるけど、俺の心の中は大荒れだ。
『明日、都合がつけられそうでの! 早速、会いに行こうと思うのじゃ!』
「そっ、そんな急がなくっても! ……てかあれ? 会いに行く? 大臣自ら? こっちから謁見させに行くとかじゃないのか?」
『おぬしの弟子とは言え、いきなり宮廷に入れる訳にはいかないからのぅ。その辺、治安騎士団がうるさくての』
「あ〜。防犯的にそうなるかぁ」
俺も住民台帳に登録をすませて、宮廷魔法師の徽章の授与式に呼ばれるまで、宮廷の敷居を跨ぐことすら許されなかったしなぁ。身元不詳の人間を入れる訳いかねぇよな、そりゃそうか。
孤児院から追い出されたミリィも登録されてねぇだろうし、そのうちやらないとなぁ。
「顔合わせだけなら今すませられるぞ? うちに住まわせてるからな」
『何っ!? 報告では弟子は幼児と聞いておるが、まさかおぬし……!』
「おい! 何か気持ち悪い想像してないか!? スラムで保護したんだよ、保護っ! 俺に小児趣味はねぇっての、馬鹿大臣っ!!」
俺が本気で怒ったら、大臣は髭をさすって微笑ましそうに笑った。
何だその初孫を眺める爺さんみたいな笑みは。
『そうかそうか。おぬしが幼子の保護をのぅ。ますます会いに行くのが楽しみじゃ』
「いやだから、顔合わせなら鏡越しに……」
『一緒に暮らしておるのなら、おぬしの家に向かえばよいのじゃな? 広報室の者も連れて行くからの、粗相のないよう準備しておくんじゃぞ〜』
「はぁっ!? 何で広報も来るんだよ!? 関係ないだろ!」
『何を言うておる! 関係大アリじゃっ! そもそも弟子を取らせたのはおぬしのイメージアップの為! 世間にきちんと知らせねば意味がなかろうっ!』
……そうだった。
俺が弟子探しをするハメになったのは、そもそも世間体の為だった。
「け、けど広報は反対だっ! あの子はまだ小さいし誘拐騒動もあったんだ、変に注目を集めたら危ないだろう!?」
宮廷広報室の影響力は莫大だ。俺の顔が王都に知れ渡っているのも、徽章の授与式の際、広報室が【新たな宮廷魔法師】として俺を大々的に取り上げ広めたからだ。
お陰で顔パスができる所もできたが、余計ないざこざもついて回ってくる。ただでさえ秘密があるミリィに、そんな目に合わせてたまるか。
『安心せい。弟子の顔や名前は載せぬ。成人前の幼子を祭り上げることなどせんよ。【宮廷魔法師クラウディオが弟子を取った】という点を取り上げて貰う予定じゃ』
「そっ、そうか。なら、」
『その代わり、魔力測定をする! おぬしが見込んだ弟子は将来有望なのじゃろう? ならば顔よりも数字を載せるのが一番じゃ! だから今日は弟子をしっかり休ませるのじゃぞ、クラウディオ』
「……魔力、測定……?」
ミリィの魔力は、ゼロなんだが?
(やっべぇえええ! ミリィが異端だって即バレるじゃねぇかぁっ!)
ミリィの顔は広まらないと安堵したのも束の間、俺は全身からだらだらと滝のように汗を流した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ大臣! 魔力測定は、えーっとその、測定器の水晶をなくしちまって! 明日までに見付けるのは難しいかな〜って……っ!」
『安心せい、わしのお古を使う気はない。どっちにしろ、あの水晶はちと正確性に欠ける代物でのぅ。宮廷広報に載せるということは、公式記録に残るということじゃ。こちらで用意した公的測定器を使う予定じゃよ』
「マジで!?」
最悪だ! これじゃ予め水晶に細工とかもできねぇじゃねぇか!
『それじゃ、明日の朝……。今ぐらいの時間がいいかの。その頃に行くからの〜』
「だ、大臣っ! 待っ……!」
ぶつん
一方的に約束を取り付けて、大臣は通信を切っちまった。その後、俺が何度かけ直しても応答してくれない。仕事で鏡の前から離れちまったんだろう。クソ、延期の申請さえさせてくれねぇとか!
水を飲んだばっかってのに、もう喉からからだ。ここは砂漠か? ドラゴン討伐した時だって、こんな追い詰められた事ないってのに!
けどこのままじゃミリィの秘密が公になっちまう。どうにか誤魔化さねぇと!
(タイムリミットは丸一日……! それまでに、手を考える!)
こうして俺の中で、『ミリィの魔力偽装ミッション』が始まったのだった。