第七話 クロししょーの! でしですっ!
――たすけて
「……っ!? ミリィ?」
放心していた俺は、ガバッと顔をあげて辺りを見回した。誰もいない。でも確かに今、ミリィの声が聞こえた。頭の中に響く形で、はっきりと。
胸騒ぎがする。
俺は本を戻す時間も惜しくなって、禁書庫を飛び出した。そして足早に子供用コーナーに向かったんだが、そこに、ミリィの姿はなかった。
「ミリィ!? どこ行ったんだ!?」
見渡しても見渡しても見つからない。焦りと不安で頭が真っ白になる。
落ち着け、まずは司書だ! 何か見ているはずだ……! って、肝心の司書がいない!?
「すみません! ここにいた女の子知りませんか!? ミントグリーンの髪をした子なんですけど!」
俺は急いで近場にいた利用者に声をかけた。
「あぁ。その女の子なら、司書さんが迷子だからって連れて行っていたよ」
「はぁっ!?」
鼓動が跳ね上がる。
あのカウンターにいた司書が、ミリィを……!?
「……あ」
思い出した。
あの司書、昨日の面接で落とした女だ。魔法省研究局局長の娘とかいう。
(クソ、俺はなんて間抜けなんだ……!)
拳を握りしめ、歯を食いしばる。
ここは王立図書館。宮廷関係者が多く出入りし、厳重な管理がなされている。スタッフが常駐しているのは勿論、警備騎士だって巡回していて、家よりよっぽど安全だと思ってた。
でも実際は、その逆だ。
ここは俺に敵意を抱く連中の巣窟じゃないか……!
「ミリィ! どこだ、ミリィ! ミリィーっ!」
声を張り上げながら、俺は図書館内を駆けた。何度も角を曲がり、フロアを横切り、控え室やスタッフ専用通路を順に探っていく。
途中で警備騎士に怪訝な目を向けられたりもしたが、俺が宮廷魔法師だからか見逃してくれた。肩書きに感謝だな……!
そして必死の形相でミリィの行方を探していた時、
――クロししょー……
あの子の声が、また頭の中に響いた。
今度は集中していたからか、声がした方向……いや気配か? それが何となく伝わった。
気配を感じるのは、廊下の先に見える閉架書庫だ。
(そこか!? そこにいるんだな、ミリィ!)
俺は迷わず駆け出し、扉へ向かって手を伸ばした。
◇
ごほんがぎゅうぎゅうにあるおへやで、シショのおねえさんはミリィにおねがいごとをしてくる。
「だから、お巡りさんに向かって『クラウディオに誘拐されました』って一言言ってくれれば、それでいいの」
「……や」
ばしんっ!
ことわったら、たたかれちゃった。ほっぺ、いたい。
《これもクラウディオがやった事にすればいい》
シショのおねえさんのくろいこえが、きこえてくる。
《実力も人格も伴わない人間が父が座るはずだった席に就き、私を不採用に? あんな粗野で感情的な男に、国の未来を預けられる訳がない》
シショのおねえさんは、クロししょーのこときらいみたい。でもミリィはクロししょーのこと、すき。
さいしょはね、ごはんほしかったの。ミリィまほーつかえるから、『でし』になったら、くれるかなって。
そしたらクロししょー、ミリィのまほーすごいっていってくれた。よごれてるおててにぎってくれた。だっこしてくれた。
おこってくれた。しんぱいしてくれた。おふろっていうの、いれてくれた。きれいなおよーふくも、あったかいごはんもくれた。いっしょに、ねんねもしてくれた。
いっかいも、ミリィのこと『きもちわるい』っていわないでくれた。
たくさんあったかいをくれた、クロししょーのうそつくの、いや。
《この子の証言があれば、クラウディオは終わる。何の問題はない。これは正しい行動よ、私怨なんかじゃない。全ては王国の為……!》
シショのおねえさんが、ミリィのてをぎゅうっとしてくる。いたい。
クロししょーのおてては、ふわってしてたのにな。
クロししょー、クロししょー……
◇
「ミリィっ!!」
俺は勢いよく扉を開けて、閉架書庫の中に滑り込んだ。
そこにはカウンターにいた司書の女がいて、俺の顔をみてぎょっと目を見開いた。
「ど、どうしてここがわかって……!」
「ミリィ! 無事か!?」
俺は司書の女を無視し、そいつの側で小さな身体を縮こまらせているミリィを見る。
ミリィの頬は、赤く腫れ上がっていた。
「……お前、子供に手ぇあげたな?」
ふつふつと、胸の奥から怒りが湧き上がる。
俺が気に入らないのは勝手だ。だが、だからって子供に暴力?
やっていいことと悪いことの区別もつかねぇのか。
「畜生以下だな」
「黙りなさい! 父の椅子を盗んで、私を見下して、不合格? ふざけないで……誰が、誰を見定めるって?」
彼女は眼鏡の奥の目をキッと見開き、怨嗟のこもった視線をこちらに突き刺してくる。
「野良犬が調子に乗らないで! 貴方の下卑た血なんて、宮廷を汚すだけよ!」
「俺が野良犬だって言うなら、お前は虫ケラだ」
ハッ。ちょっと鋭い目ってだけで怯むとでも?
舐めるなよ。
俺は指先に魔力を込め、司書の女を指差す。
「こんな害虫、生かしておけるかよ」
司書の女はまだ甲高い声で喚いているが無視だ、無視。このまま骨まで焼いて……!
「クロししょー……」
そこで俺はハッと我に返った。
ミリィが、不安そうな目で俺を見ていた。小さな身体を震わせて、怯えている。
あぁ、そうだよな。
暴力を受けるのも見るのも、嫌だよな。
(仕置きにしとくか)
俺は短い詠唱と共に指パッチンをして、
「《サンダー・ショック》!」
「きゃあああああっ!」
司書の女に青白い稲妻を放った。
バチバチと音を立てながら、女は本棚に凭れ掛かるように崩れ落ちる。俺はすぐにミリィの元へ駆け寄り、その小さな身体を抱き上げた。
「クロししょー、いまのは?」
「静電気の魔法だ。寒い日にドアノブを触って、ビリッとしたこととかないか?」
「あるよ。いたっ! ってなるの」
「そんな感じでビビビ〜ッてさせたんだよ」
「ひゃあ〜」
ミリィは両手でほっぺをムギュッと押して、可愛らしい悲鳴をあげた。
そう、あれは静電気を発生させる魔法だ。殺傷力はゼロ。
ただし全身に浴びさせた場合――ひたすら痛い嫌がらせ魔法に変貌する。しかも司書の女は俺に「攻撃魔法を放たれた」、って勘違いしたみたいで、恐怖で失神してら。いい気味だ。
「……ミリィ、怖い思いさせて悪かったな」
「? ごめんなさいいらないよ? クロししょーきてくれたっ! ミリィ、うれしいっ!」
そう言ってミリィは笑って、俺にぎゅっと抱き付いてくれる。
いい子だな、本当に。……だからこそ、確かめねぇと。
(ミリィ、「こんにちは」って言ってみな)
「こんにちは!」
あぁ、やっぱりこの子は人の心が読めるんだな。
そう思ったらミリィはハッと目を見開いて、小さな手で口を塞いだ。この思考も筒抜けか。
「ク、クロししょー……。ミリィいいこにするから、おてつだいたくさんするから、すて、すてないで……」
震える声。怯えた目。
きっと、孤児院を追い出された理由もこの能力の所為なんだろう。
「安心してくれ、俺はお前を捨てねぇよ」
「……ほんと?」
「本当だ」
この子はこんな俺を信じて、助けを求めてきたんだ。その手を放すなんて、俺にはできない。
……スラムで、何度も手を離された俺には、絶対に。
(後で異端審問の風習が残っているのか、確認しなきゃだな。いや、それ以前に心が読めるってバレたら危ねぇか。政界に利用されるか、危険因子として処分されるか……。絶対に秘密にしねぇと……!)
その為にはまず、目立たせない必要があるよな。俺の弟子って肩書き付けちまうと目立つから、下働きとかそんなんを装って……。
「クラウディオさま、今の魔力反応は……!?」
「おっ、丁度いいところに」
俺が思考を巡らせていると、魔法を察知した警備騎士が閉架書庫にやってきてくれた。
「誘拐犯を痛め付けたから捕まえといてくれ」
「誘拐犯?」
「この子のな。図書室やその周辺に目撃者もいるはずだ」
俺は気絶している司書の女を指差し、ざっと経緯を説明する。
これでミリィ誘拐騒動は一件落着だな。
「わかりました、確認します! ところでクラウディオさま、この女の子は一体どこのお子さんなのですか?」
「えっ? あ、あーっと、この子はスラムで保護した、そのぉ〜……」
「クロししょーの! でしですっ!」
ミリィは右手をびしっとあげ、警備騎士に向かって大声で宣言をした。
ふんっ、と鼻を鳴らしてすごく得意げだ。
……いやちょっと待って欲しいんだが!?
「そうでしたか! こんな小さな子がお弟子さんだとは、さぞ才能に溢れた子なんでしょうねぇ!」
「えへへ〜。ミリィ、『てんぶのさい』があるってクロししょーいってた!」
「なんと! これは素晴らしい! では此度の騒動と併せて、グレゴリー大臣に報告しましょう!」
待った待った待った待った。
勝手に話を進めるなぁっ!
「い、いやその必要は……!」
「遠慮なさらず! 私からしっかり伝えておきますので!」
俺の制止なんて意に介さず、警備騎士は応援を呼び、てきぱきと現場検証を開始。同時にミリィ弟子話が伝播していく。
仕事ができる人間は情報共有も迅速で素晴らしいなぁっ! ちくしょうっ!!
(目立たせず、ひっそり育てようと思ってたのにぃーっ!!)
こうして俺のミリィ秘匿育成計画は、秒で崩壊したのだった。
次章予告!
弟子取ったって聞いたから挨拶に行くね!魔力測定させてね!by大臣
「嘘だろ!? ミリィの魔力はゼロだぞ!?」
クロししょー、どうする!?
一章までお読みいただきありがとうございます。
そして次章は偽魔法師弟生活の最初の試練である、魔力測定偽造を予定しております。お楽しみに。
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