第六話 火炙り? 異端審問? ……ミリィが?
宮廷に隣接する王立図書館は、荘厳といっていい。高くそびえるアーチ天井にはフレスコ画が描き込まれ、夜空と星座と神話を閉じ込めている。
黒檀でできた本棚は縦にも横にも連なって、迷路みたいだ。空中に浮かぶ魔道具シャンデリアが、それを照らしている。
「わぁ……!」
ミリィが小さく声を上げ、図書館を見渡した。
退屈かと思ったが、まずは目で楽しんでくれてるみたいでよかった。
ちなみに俺達は図書館に来る前に服飾店に寄って、ミリィのおめかし衣装を購入、着せ替えずみだ。だから昨日みたく門前払いを食らう事もなければ、忌避の目で見られる事もない。
……宮廷魔法師の俺が見知らぬ少女を連れてる、って点で好奇の視線は集まっているけども、放っておいてくれてるからよしとする。
「ミリィは絵本が読めるんだよな? ここが絵本コーナーだ。近くのカウンターに司書もいる。あの白い制服を着たお姉さんとかな」
「はいっ」
「俺もなるべく離れたくないが、本探しに連れ回すのも悪いからな。俺がいない時に困ったことがおきたら、あのお姉さんに声かけるんだぞ」
「わかりましたっ」
「いい返事だ」
王立図書館にはカラフルなクッションに囲まれた、子供用コーナーがある。椅子や机も子供向けにちっちゃく作られてて、直ぐそばには司書付きカウンターも置かれ、子連れがゆっくり過ごせるようになってんだ。
流石は金に余裕のある王立図書館、配慮が行き届いてんな。にしても、カウンターにいるあの司書、どっかで見たような……? まいいや。
俺はひとまずミリィの絵本選びに付き合ってやって、何冊かテーブルに運んだ後、いよいよ本題の『えすぱー』を調査することにした。
「……ねぇな」
俺は試しに本棚の前で、該当しそうな本を魔法で呼び寄せてみようとしたが、反応なし。『えすぱー』の『え』の字もない、って結果だ。
エルデラン王国一の蔵書を誇る王立図書館にもないって何だ? ここにないなら後は、禁書庫? 入るには許可証がいるが……。
俺はチラリと子供用コーナーへ視線を投げる。ミリィは椅子にちょこんと座って、大人しく絵本を読んでいた。ページをめくる指はたどたどしいけど、絵を見ながら楽しんでるみたいだ。本当にいい子だな。
(あの子のことを、もっと知ってあげねぇと)
それが拾った人間の責任ってもんだろ。
(俺は泣く子も黙る宮廷魔法師だぞ? 禁書庫のひとつやふたつ、通してみせらぁ)
俺はカウンターの奥で書類整理をしていた司書に声をかけた。
「おい、そこの司書」
「はい? ……っ、クラウディオさま!? ど、どうされましたか……?」
明らかに引いてやがる。まぁいい。
「禁書庫に案内しろ」
「え。あ、あの、許可証は……」
「お前、俺を誰だと思ってる?」
一つ睨みをきかせてやったら、司書の男は「ひぃっ!」って情けない悲鳴を上げ、慌てて俺を関係者しか入れない地下、その奥にある禁書庫の前まで案内すると、結界と鉄格子で封じられた扉を開錠した。
面倒な手続きはすっ飛ばし。この司書が小心者で助かったぜ。ラッキー。
入室した禁書庫は図書館とは違って天井が低く、本棚も密集していて狭苦しい場所だ。灯りも少なく全体的に暗い。けど本の管理は魔法で完璧に施されている。
なんか、船の中みたいだな。それも船底の、湿った感じがする重くて暗い場所。
(『えすぱー』、『えすぱー』はと……)
その中で俺は『えすばー』に纏わる本を探す。ここは保存魔法の関係で呼び出し魔法が使えない。自力で探さなきゃだ。
俺は『魔法異能』『禁術系』『分類不能魔導』のラベルが貼られた一角に向かい、背表紙を一つずつ目で追っていく。
「……ん?」
その最中、とある本が目に付いた。
『あくまのひあぶり』
タイトルの物騒さに反して、装丁はやけに可愛らしい。
表紙には、妖精たちが焚き火の周りで踊ってる、絵本のような絵が描かれていた。
薄さもまさに絵本そのもので、禁書庫にあるには場違いな印象すらある。
(なんだこれ……?)
さっきまでミリィの絵本選びに付き合ってたせいか、手が自然と伸びた。
それから、その場で読んでみる。
内容は――
***
むかし むかし
まちで おはりこ を していた むすめ に あかちゃん が うまれました。
その あかちゃん は ふしぎな ちから を もっていました。
おもちゃを うかせたり、 てのひらから ひ を だしたり、 すぷーん を ねじったり。
おおきくなるたび に ふじぎな ちから は つよくなって あかちゃん が おとこのこ に なるころには、 ひと の こころが よめるように なりました。
おとこのこ は ひと の ひみつ を しりほうだい。
もっと おおきくなる と おとこのこ は すきなばしょ に いっしゅん で いどうできるように なりました。
ひとの いえに はいりほうだい。
おとこのこ は たからもの を ぬすみ こっそり にげる。
だれに も みつからず、
だれに も つかまらず。
「このこ は あくま だ!」
あるひ まちに やってきた せいぎ の しんぷさまが、 そう いいました。
しんぷさま は こえ を あげて、 まちの みんな に いいました。
「このちから は まほう ではない。
わるい ちからだ。 あくま の ちからだ!」
しんぷさま は おとこのこ を まち の まんなか で ひあぶり に しました。
それから まち で わるいこと が おきること は ありませんでした。
あくま は しんだの です。
めでたし めでたし
***
「……。火炙り……?」
ページを閉じた瞬間、背筋が凍りつくのを感じた。
さっきまで焚き火の周りで踊っていた妖精たちの可愛らしい絵が、今や悪趣味な皮肉にしか見えない。
火炙り? 神父? 子供を?
これって……異端審問じゃねぇか。あの絵本、子供向けに偽装された、処刑記録か?
(なんだよこれ……。まさか……)
疑念が濁流のように脳内を駆け巡る。
俺は本を放り投げるように戻すと、宗教関連の歴史書コーナーへ走った。
魔導宗教、信仰法令、禁忌魔法、異端処理記録――分類の垣根を無視して、ありとあらゆる書物を片っ端から引きずり出す。
そしてその中で、ついに、見つけてしまった。
――魔力を持たぬ異能者は、魔人の血を引く悪魔なり
――心を読み、物を動かすそれは魔法にあらず。神に選ばれぬ異形なれば、救いなし
――発見次第、異端審問にかけ、火刑に処すべし。慈悲も弁明も不要
その文言を目にした瞬間、呼吸が乱れた。
喉が絞まる。視界が揺れる。信じたくなかった。
(嘘だろ……)
自分でも分かるくらい、手が震えていた。
何の冗談だよ。何百年前の狂った迷信だよ、こんなもん……。
だけど『禁書庫に今も保管されている』という事実が、これがただの過去ではないと物語っている。
「火炙り? 異端審問? ……ミリィが?」
口からこぼれた言葉は、まるで誰か他人のもののように、やけに遠く感じた。
◇
「……あ、よみおわっちゃった」
クロししょーとえらんだごほん、さいごまでよんじゃった。
クロししょー、まだもどってこないかな? おむかえ、きてくれるよね?
いいこでまってたら、おいてかないよね。
「ねぇ、君」
「ひゃいっ」
こころのなかがぐるぐるしてるときって、ひとのこえがとおくなって、びっくりする。
おねえさんだ。しろいおようふくきてる。シショ、ってひと。
「クラウディオさまと一緒に来ていたよね? ちょっとだけ、お話できるかな」
「おはなし?」
「そうそう。お菓子あげるから、どうかな」
《本当はお菓子なんてないけど》
「図書館は静かにしてなくちゃだから、お外でさ」
「……ミリィ、いきませんっ」
ほんとうの、こえきこえた。こういうときは、ぷいっとそっぽむく。
うそつきは、きらいっ。
《生意気な子ね》
……あ、おこっちゃった。
こえが、くろくなった。さっきと、ちがう。
「迷子!? 大変だったねぇ! お姉さんがお母さんを探してあげるね! さぁこっちにおいで〜っ!」
「あっ! や〜っ! やだ〜っ!」
「もう大丈夫、怖くないわ! よしよし!」
らんぼーにかかえられて、おくちふさがれて、くるしくて、じたばたあばれた。
でも、ギュッてされた。おなか、いたい。
クロししょー! クロししょー……!
――たすけて