第五話 えすぱー? って何だ?
「何だこれ、故障か?」
リビングのテーブルに置かれた、水晶球。物置きひっくり返す勢いで探し出した、魔力測定器。前に大臣からお古で譲って貰ったやつ。
それにミリィに手をかざしてもらって、魔力を注いで貰ったんだが、水晶に表記された数字は『ゼロ』。色も透明なまま変わっていない。少しでも魔力があれば数字が出るし、変色もするはずなんだが。
「ミリィ、ちょっと手を離してみてくれ」
「はっ、はいっ」
とりあえず故障か確かめる為、俺は一旦、椅子の上に立って貰ってたミリィに手を引っ込めて貰い、水晶を俺の方に寄せ、片手をかざしてみる。
――カッ!
途端、水晶は眩い白光を放ち、『九九九』の数字がくっきりと浮かび上がった。
「まぶしいっ!」
「だよな?」
いつも通り最大値だ。
確認を終えた俺は水晶から手を離す。同時に光も収まり、数字も消えた。
ミリィは未だに「まぶしい〜っ」って両手で目を覆っているけど。
「『魔力を注ぐ』って感覚がわからなかったか? 初めてだしなぁ、どうするか……。あ、そうだミリィ。火の玉を水晶に当ててみてくれ」
「えっ!? だいじょうぶなの……!?」
「平気平気。ちょっとやそっとの魔法じゃ水晶は壊れねぇよ。仮に壊れても、どうせお古だ。だからやってみてくれ」
「う、うん……っ!」
ミリィは緊張した面持ちで両手を前に出し、
「えいっ!」
という掛け声と共に、小さな火の玉を発射する。
昨日と同じ、吹けば消えそうな弱々しい火だ。そんで昨日と同じく無詠唱で出せてる。やっぱ才能あるなぁ、この子。
ぽすんっ
火の玉は真っ直ぐ進み、水晶にぶつかって消えた。魔力の塊がぶつかったんだ、これで数値が……。
「……ゼロ?」
水晶に映る数字は、変わらず『ゼロ』だった。色も変わってない。まるで何もなかったみたいに、透明なまま。
これはおかしい。
「何でだ? 魔力を当てたんだぞ? こんなことあるのか?」
俺の頭の中が疑問符で覆い尽くされる。魔力を含まない魔法なんて聞いた事がない。意味がわからない。
「……クロししょー、ミリィ……へん?」
「あっ、いや変ってわけじゃ! ……ってあれ、クロ、ししょー?」
「うんっ! ミリィ『でし』だから、クロししょーっ!」
ミリィは胸を張って、堂々と言った。
そういや、ちゃんと名乗ってなかったっけか。
「あのな、俺の名前はクラウディオだ。クラウディオ・バートン。宮廷魔法師」
「くりゃう……? ばとん……?」
「ク・ラ・ウ・ディ・オ」
「くりゃ、くりゅ……」
「……。……クロでいいぞ」
「! クロししょーっ!」
満面の笑みで飛び跳ねるミリィに、俺もつられて笑ってしまう。
(俺の名前、そんなに発音難しかったか?)
まいいや。どうせクラウディオだって、「宮廷魔法師ならもっと威厳ある名前を」とか何とかで大臣が付けた名前なんだし。こだわりはない。
それに「ししょーっ」て呼ばれるのも、悪い気はしねぇ。ちょっと、くすぐったいけど。へへ。
「それにしてもどうすっかなぁ。魔法が使えてるのに測定できないだなんて。ミリィは水晶玉と相性が悪いのか?」
俺は顎に手を当てて考え込む。水晶玉以外の測定方法っていえば、宮廷にある“魔鏡”か魔法省にある“羅針盤”とかか? でもあれ敵国のスパイを測るとか、危険人物の素行調査用なんだよな。子供一人に貸し出しとかしてくれねぇよなぁ。
もっと気軽にできる方法は……。あ、そうだ忘れてた。
「鑑定魔法があるじゃねぇか! ミリィ、ちょっとこっち向いてくれ!」
「はいっ!」
『鑑定魔法』。
これは対象の分析、解析、そして鑑定ができる魔法だ。勿論、人に対しても使える。ただし術者の練度によって精度にブレが生じる。だから客観性は低くなるけど、軽く魔法の適性を見るには最適だ。
俺は右手を掲げ、詠唱を唱える。
「見えざるものを見、語らぬものを聞け。《アプレイザル・スキャン》!」
そしてミリィに向け『鑑定魔法』を発動した。
直後、俺の目の前の空間に額縁のような“枠”が現れ、その中に文字が浮かび上がる。
そこには――
「……。……『えすぱー』?」
スペルの羅列が、見た事のない順番で並んでいた。
「えすぱー? って何だ? 読み合ってるかこれ? んんん?」
魔法の属性でも、職能でもない。まさか人名? ミリィの本名は『えすぱー』だった?
いやそんな訳あるか。こんなちっちゃい子に偽名って概念ないだろ。そもそも魔法に対して鑑定をかけたんだ、人名が出てくる訳がない。ここはファイヤーボールとかの得意な魔法か、相性のいい属性が出て然るべきだろ。
「駄目だ、お手上げだ」
俺の頭の中の辞書に『えすぱー』って単語はない。知識の限界だ。
けどミリィには『えすぱー』っていう、未知の新魔法が備わっていることは確かだ! こりゃ大臣に報告したら飛び付くぞ!
(……待て。本当に新魔法か?)
俺に学がないだけで既存の能力だったら? 俺が世間知らずってだけだったら? 嬉々として報告して赤っ恥はかきたくねぇな。
ええと、こういう時は……図書館で調べる! が正解な筈だ!
早速、図書館に……。あ、でもミリィを一人にさせるのは不安だな。だからって図書館に連れて行っても退屈だろうし。そもそも文字が読めるかもわからんし。ううむ。
「ミリィ、ごほんよめるよっ!」
「えっ、本当か?」
また思ってることを当てられてしまった。
人の顔色読むのが上手い子だなぁ。それとも俺が顔に出過ぎてる?
「なら一緒に行ってみるか、図書館」
「うんっ!」
「静かにしてなきゃ駄目だぞ〜?」
「はぁいっ!」
元気よく返事をするミリィの手を引いて、俺は家を出た。
どうせ行くなら、王都で一番でっかい図書館だろ。
てな訳で目指すは王立図書館だ! 宮廷魔法師権限で秘蔵書読み放題だし! 今から楽しみでにやけちまう。ミリィも初めての場所に行けるからか、にこにこだ。
へへ。昨日は失敗しちまったが、今日はいい一日になりそうだな。
……そう、俺はただ、ちょっと調べ物をしに行くだけだった。
この時の俺はまだ知らない。
その図書館で、ひた隠しにされていた王国の黒い歴史を、目の当たりにすることになるなんて――