第二話 まともな奴が一人もいねぇっ!
次に応接室に入ってきた弟子候補は、カブスボタンとかタイリングとか指輪とかに宝石くっつけた、何かごてごて着飾った少年だった。
いかにも成り金って感じだな。
「アルノー・デュ・ヴァンです! 僕は魔道具商会の跡継ぎでして! 正直、僕自身の魔力はあまりないのですが、魔道具で魔法師にも負けない魔法を扱えます!」
「へぇ、魔道具か」
俺はそんなに魔道具に詳しくないが、興味はある。足りない所を道具で補う、ってのは可能性の幅を広げられるってことだからな。
魔法研究のテーマにも使えそうだし、商会とパイプが繋がるのもいい。ちょっと話を聞いてみるか。
「魔道具は持ってきてるか? 実際に使ってるとこ、見てみてぇんだけど」
「はい! ではまずこちらのステッキなんですが、ファイア・ランプが使えます!」
「おぉ、便利だな」
「次にこちらのポットはウォーター・シャワーを出せます!」
「出先でも水を確保できると」
「この扇子はウィンドウ・ブレスが! この土人形はミニ・ゴーレムが! この孫の手はサンダー・ショックが!」
「……ちょっ、待て待て! どんだけ魔道具持ち込んでんだ!」
しかも全部、生活魔法の類だ。俺の仕事はエルデラン王国の防衛だし、魔法研究もそれ関連だ。だから戦闘に使えないものを出されても困る。
が、俺が止めても、成り金少年は鞄の中から次から次へと魔道具を出してくる。何でだよ。
「この中の一つでも気に入るものがあればと思いまして!」
「手土産のつもりだったのか? 悪いが俺は生活系の魔道具を使う予定は……」
「宮廷魔法師さまに使って頂ければ商会の名が広がりますし! 是非お一つどうですか!」
「広告目的かよ! 帰れっ!!」
成り金少年を追い出した後、俺はテーブルに置いていたコップの水を一気に飲み干した。
叫んで焼けた喉は潤ったが、苛立ちは全く収まらねぇ。
(面接ってこの調子で続くのか? 勘弁して欲しいんだが?)
次に応接室に入ってきたのは眼鏡をかけたおかっぱ頭の、ええと、学級委員長だっけか? 理屈屋タイプを指して言うやつ。そんな肩書きが似合いそうな女だった。
彼女は名乗るよりも先に、大臣に向かってぺこりと頭を下げる。
「グレゴリー大臣、ご無沙汰しております。父がいつもお世話になっております」
「おぉ、よく来たな」
「何だ、知り合いか?」
俺が大臣に訊ねると、眼鏡の女は片眉を潜め、露骨に不機嫌な表情を浮かべた。
そんで、あからさま呆れた様子で口を開く。
「私は魔法省研究局の局長の娘です。そんな事も知らないなんて……」
「はぁ? 局長の娘ったって、魔法省の人間じゃないなら部外者だろ」
「これ、クラウディオ」
「……はぁ、まぁいいです」
そこで眼鏡の女は持っていたハンドバッグを開けると、そこから一枚の書類を取り出してテーブルの上に置いた。
契約書だ。そこには俺と師弟関係を結ぶにあたっての規約とか、俺に支払う報酬金とかが書かれている。が、それだけに留まらず、俺の研究内容への口出しや行動の制限、定期報告の義務なんて項目も並んでいる。
これじゃ「監視させろ」って言ってるようなもんだ。
「ここにサインを。貴方が宮廷魔法師に相応しい人間か、弟子として見定めてあげます」
「……あ? 見定めてあげます?」
俺は指先で紙っぺらをトンと突き、女をじろりと睨む。
「お前、何様のつもりだ」
「何様って、私は魔法省研究局局長の……っ!」
「知らないのなら教えてやる。俺はここにおわす魔法省トップ、グレゴリー大臣の直属の部下。つまり魔法省ナンバーツーだ。お前の父親より、上の立場なんだよ」
そんな事も知らないなんて。
って、俺が付け加えると、彼女は顔を真っ赤にして唇を噛んだ。
だが眼鏡の奥の目は、なお俺をじっと見据えてくる。反省するでもなく、引くでもなく。ただ、認めないとでも言いたげな目だ。
「……貴方のような粗暴な人物が、本当に国防を担えるのか。王国の為にも私は、」
「見定めてあげる? そりゃありがてぇ。じゃあ俺からも、見定めた結果教えてやるよ。――不合格だ。帰れ」
そのまま畳み掛けるように合否を突き付ければ、彼女は言葉を失い、しばらく立ち尽くしていた。
だが最後には契約書を乱暴に引っ込めると、唇を噛んだまま部屋を出て行く。
(高尚ぶった言い回ししてたが、本音は俺の粗探しして宮廷から追い出したいってだけだろ。露骨なんだよ)
その後も、弟子候補との面接は続く。
『宮廷魔法師の弟子』っていう肩書き欲しさで来た資産家の三男坊とか、『平民と手を取り合って魔法に打ち込む、慈愛に満ちた私』を演出したいだけの公爵令嬢とか、俺の研究費をちょろまかしたいのが見え見えの魔法学者とか……。
全員面接をして、全員帰らせて、俺は頭を抱える。
――まともな奴が一人もいねぇっ!
「もっとこう……謙虚で、普通で、ちゃんと話せる奴いねえのか!?」
「みな貴族か中流階級の子息だからのう。プライドが高いのじゃ」
「くそっ! あいつら俺がスラム出だからって舐めてんだ。大臣、もっと下流の平民を紹介しろよ! 魔法省や学園を探せば、一人ぐらいいるだろ!?」
「残念じゃが、魔力を持っている者のほとんどは貴族でな。あとは中流階級にちらほらおる程度で、おぬしの望む平民はおらん」
「ちきしょーーっ!!」
応接室に俺の絶叫が虚しくこだまする。
だが大臣は追い討ちをかけるように、「俺が弟子を取るまで弟子候補を用意し続ける」、って言ってきやがった。何十人だろうと何百人だろうと、ってな。
俺に人脈の力を見せ付けようって魂胆か? 実践で学ばせてくれるなんてお優しいな、クソが!
こうなりゃ、自力で弟子を見付けてやる!!