第一話 クラウディオ、弟子を取れぃ
「クラウディオ。弟子を取れぃ」
「は?」
エルデラン王国の宮廷。
その中にある執務室を訪れた俺、『クラウディオ・バートン』は突然の命令に目を丸くする。
俺は西部の防衛基地で起きた、スタンピード――モンスターが大量発生し、暴走する災害――の対処終了の報告に来たんだが……扉を開けたと同時にいきなりこれだ。
命令してきたのは白い髭を蓄えた爺さん。王国魔法省のトップにして、俺の上司。
魔法大臣『グレイアム・グレゴリー』だ。
「弟子ぃ? 何でだよ」
「何でもこうも、お前がわしの提案を断るからじゃ!」
大臣はクッソ高そうな机をバンッて叩いて、腹の底から怒鳴った。
そういや、前にも似たようなことを言われたな。確かあの時は――
***
「クラウディオ、婿入りしろ」
「は?」
「おぬしもいい歳じゃろ。そろそろ身を固めたらどうじゃ」
「それ婿入りって体で大臣派の貴族の傘下に入れ、って話だろ。そんな見え見えの魂胆に誰が乗るかよ。嫌だ」
「では嫁を取れ。年頃の令嬢と見合いをじゃな。平民でもよいぞ。中流階級以上が望ましいがの」
「女の相手なんかしてられっか。魔法研究の邪魔だ。仮に結婚したところで即離婚が目に見えてら。却下」
「……ええい! ならば貴族に養子入りしろ! おぬし天涯孤独じゃし丁度よいじゃろ!」
「婿入りと大差ねぇだろそれ!? 俺は社交界で愛想振り撒く気はねぇつってんだっ!!」
***
――で、一も二もなく突っぱねたんだったな。
「妥協に妥協を重ね弟子入りを提案したんじゃっ! 後任を育てる姿勢を見せれば、世間の印象もよくなるじゃろ!」
「何でそんなに世間体にこだわんだよ」
「おぬしが『宮廷魔法師』だからじゃ!」
そこで大臣は革張りの椅子から立ち上がって、真剣な口調で言った。
そう、俺の職業は『宮廷魔法師』。
王国一の魔法使いとして、国防の最前線に立つのが仕事だ。
有事には切り札として駆り出されるが、そのぶん権限も待遇も破格。ま、釣り合いってやつだな。
あと給料がめちゃくちゃいい。
「おぬしはスラム出身の平民で孤児。学位どころか学歴もない。後ろ盾はわしのみ。ついでに顔も怖い」
「今余計なこと言わなかったか?」
「周囲から見れば、得体の知れぬ野良犬にしか見えん」
「……それがどうしたよ。俺は魔法研究や王国の防衛で、きっちり貢献してんだろ」
「それだけでは駄目じゃ! 宮廷魔法師ともなれば国の顔じゃぞ!? 振る舞いや評判も、王国の信用に繋がる! 考えてみよ、野良犬が外交の席に現れたらどうなる! 他国に笑われ、足元を見られるわ!」
「……」
「そんな事が起きれば、『やはり格式の高い者こそ宮廷魔法師に相応しい』として、称号を剥奪されてしまうやもしれん。保守派の貴族や魔法局がおぬしをよく思っていない事、知っておろう?」
ぐっ、痛い所ついてくるな。
大臣の言う通り、俺は人脈が皆無だ。何せ宮廷魔法師になった経緯が大臣からの直接のスカウト。それが三ヶ月前の話。
学もなけりゃ下積みもない。しかも二十五歳(生まれ年知らねぇから大凡だけど)ときた。若さも相まって、俺を気に食わないと思う奴は大勢いる。
実力主義な大臣が庇ってくれている内ならいいが、庇えきれなくなった日にゃ、俺は宮廷から追放。
冗談じゃない。俺がどれだけ血反吐を吐いて、這い上がってきたと思ってんだ。
この称号だけは、絶対に手放すもんか。
「だからとっとと弟子を取って『後進育成に励む宮廷魔法師様』というイメージを植えつけるのじゃ! 人脈が広がればおぬしの味方も増えるじゃろうし!」
「くだらねぇ。……が、称号剥奪は困るな。弟子、取ってみるか」
「そうかそうか! では弟子候補と会ってみるがよい! もう待機しておるからの!」
「はぁ!? 今からか!?」
「早速、応接室で面接じゃ!」
「さては俺に拒否権なかったな!?」
かくして俺は、弟子候補と面接をするハメになった。
◇
宮廷の応接室。そこに置かれたでかいソファに、俺は身体を沈めていた。
隣に座る大臣に「足を組むな」って小声で言われたが無視だ、無視。俺は何の前置きもなく「弟子候補と面接しろ」って言われたんだ。しかも複数人と。このぐらいの勝手、許せっての。
しかし弟子か。俺は魔法をほぼ独学で覚えた口だし、人に教えるのはどうにも性に合わねぇ。だからどうせ弟子を取るならある程度、魔法が使える奴がいい。そしたら助手としてこき使えるしな。
よし、面接で訊く内容は「魔法の熟練度」で決まりだ。
心構えはできた。さぁ来い!
「失礼します!」
俺が応接室の扉を睨み付けたその時、使用人に案内されて弟子候補その一が入室してきた。
質の良さそうな三揃いを着た、高慢そうな若造だ。見るからに貴族って感じ。
そいつは俺の顔を見て、なんかビクッて肩震わせたけど、すぐに咳払いをして俺達の向かいの椅子に腰を下ろす。そんでいかにもな自己紹介を始めた。
「宮廷魔法師クラウディオ・バートンさま、お初お目にかかります! 私、伯爵家の嫡男ベルナール・フォン・デヴィッドソンと申します!」
伯爵家……。のっけから扱いにくそうな奴が来たな。
「現在は王立学園の魔法科に所属しておりまして、成績表を見て下されば私の優秀さは伝わるかと!」
「ふーん。で、お前が使える中で一番強い魔法はなんだ?」
「えっ」
えっ、って何だよ。何ぽかんとしているんだ。
俺は学園通ったことねぇから、成績表とか見てもチンプンカンプンだっての。
「インフェルノ・フレイムか? テンペスト・レクイエムか? それともラグナロク・サンダークラッシュか?」
「ちょっ、ちょっと待ってください! そんな上級魔法、学生が使えるわけないじゃないですか!」
「そうなのか?」
マジかよ。この坊ちゃん、成績表見た感じ十八歳だよな? 学園最高学年の。俺、その頃には空飛びながら雷落としてたんだけど?
嘘だろ。学園の水準ってそんな低いのか?
「あ〜……。じゃいいや、次」
「はぁっ!?」
不合格。って俺が言ったら、坊ちゃんは顔を歪めて椅子から立ち上がった。
めっちゃ怒ってる。なんでだ。
「私はわざわざ時間を割いてこの面接に来たのですよ!?」
「随分と上から目線だな、おい」
「これ、クラウディオ。もっと真面目にやらんか。これから魔法を教える者に、魔法の腕を求めてどうするのじゃ」
「グレゴリー大臣の言う通りです!」
「えぇ〜……。一から教えるのめんど、んんっ、ちょっとは魔法使えなきゃ俺についてこれないだろ」
「何を言い出すのかと思えば……! この私が弟子になってさしあげるのですよ!? 平民の身分たる貴方にも箔がつく、またとない機会をこうも雑に断るだなんて、正気ですか!? ここは土下座してでも拝み倒す場面でしょう!?」
「帰れ」
「えっ」
えっ、って何だよ。何ぽかんとしているんだ。
「帰れっつってんだ、この高飛車野郎!!」
師弟ものに見せかけたほのぼの擬似親子もの、開幕です!ドキドキハラハラもあるよ!
思い付いたから書いてしまいました。
ネタは幾つかあるんで10万文字くらいは書きたいですね。代表作連載の兼ね合いで不定期になるとは思いますが、楽しんで頂ければなと思います。
もしも面白いと思ってくださったら感想や評価よろしくお願いします!