7 手放したすべて
「みーつけた。アナ、泣いてるの?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
(ーーああ。また夢だわ)
幼い頃の記憶の夢。
それは、私とジークハルト殿下と友人の何名かで、かくれんぼをしたときのことだった。
そして、私はかくれんぼの子側だった。
でも、いつまで経っても誰も見つけてくれず、夕暮れ時になってしまった。
「……ジーク殿下」
この頃もまだ愛称で呼んでいた。
懐かしく思いながら、その名を呼ぶ。
「うん。遅くなってごめんね。君が随分上手く隠れるものだから……」
でも、確かこのときーー。
「ジーク殿下は、鬼じゃないのに」
そうだ。
ジーク殿下も子側だった。
「みんなは……そうだな、外せない用があるみたい」
外せない用。
ただ帰ってしまっただけなのに。
私を傷つけないようにつかれた、優しい嘘だった。
「ジーク殿下は、どうして私の居場所がわかったんですか?」
「……それはね」
夕日が星のような金の瞳に反射して、眩しい。
その眩さに目を細めていると、ジークハルト殿下はふふっと笑った。
「アナがお姫様だからだよ」
「? 私は、公爵家の娘ですよ」
だから、王家の血も引いてはいるけど、かなり薄い。
お姫様には程遠いと思うけれど。
「そうだね、君は公爵令嬢だ」
私の言葉を否定せず、あっさり頷いたジークハルト殿下は私の手を握った。
「でもね、アナ」
ジークハルト殿下が握った手を口元に近づける。
「君はお姫様なんだよ」
呼吸を忘れる。
……息、ができない。
「だからいつだって、私が見つけに行くよ」
(ーーどうして)
「だって、お姫様を見つけるのは、王子様の役目だからね。私以上に適任はいないでしょう」
そう言って微笑んだその笑みこそが、世界一の宝物。
(ーーどうして)
この頃、きっと、私の手の中にはすべてがあって。
それなのに、その全てはこぼれ落ちてしまった。
(ーーどうして、私は)
ジークハルト殿下が友愛を抱いてくれていたことを知っていた。
それでも、それじゃ足りなくて。
もっともっとと欲張って。
何もかもを使って、どうしても手に入れたかった。
(ーーなんて醜い。それでも、私は。私こそが)
「アナ?」
後悔が私を呼ぶ。
「ごめんなさい、ジーク殿下。いかなくちゃ」
それでも、私は決めたのだ。
私は、アイヴィアナ・クルシェ。
なんとしてでも、ジークハルト殿下が欲しい。
その願いのためだけに生きている。
偽りでも、友愛ではない男女の愛が欲しい。
そのためならなんとでも。
なににでも、なれるから。
(……だから私は)
「どこにいくの?」
「どうしても欲しいものを探しに」
そう言って、ジークハルト殿下と握った手を離した。
その瞬間、ちかちかと周りが光出した。
覚醒の合図だろう。
「まってよ、私のアイヴィーー」
◇◇◇
「……ん」
微睡から目を覚ます。
ずいぶんと、眠っていたみたいだ。
サイドテーブルの僅かな灯りからみるに、手紙を抱きしめたまま、ベッドでーーどうやって入ったのか覚えていないがーー眠ってしまっていたらしい。
かくれんぼ、は実際にあったことだ。
それに、言われた時の言葉もそのまま。
違うのは、最後だけ。
それを今夢に見たのは、自分からの最後の警告かもしれない。
本当にいいのか、と。
「……いいにきまっているわ」
私の全て。
私を定義する唯一。
「明後日は、どんな服にしようかしら」
ヒロインーーエステルなら何を選ぶだろうか。
金色の髪に、青の瞳。
きっと、どの色だって似合うだろうが、物語でヒロインが多く着たのは、桃色だ。
(物語をなぞれば、ジークハルト殿下は好きになってくれる?)
だったら、明日は桃色の服にしよう。
そう決めて、目を閉じる。
ーー夢は、見なかった。
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