4 一人で食べる朝食会
「……ん」
小鳥のさえずりを聞きながら、瞼を開ける。
広いベッドの上だった。
当然のことながら、隣にジークハルト殿下はいない。
(……あれ)
昨日、布団をかぶって寝た記憶はない。
でも、きっちりと、首元まで布団に覆われていた。
寒くなって自分で被ったか、見かねた侍女がかけてくれたのだろう。
(……風邪を引かずにすんでよかったわ)
ベルを鳴らして侍女を呼び出す。
侍女は、乱れのないベッドを見て、何か言いたげな顔をしたけれど、すぐに無表情になった。
(……白い結婚の王太子妃の侍女にしてしまって、ごめんなさい)
遅かれ早かれ、王太子と王太子妃の間に何もなかったことは城中に伝わるだろう。
だけど、すぐに、次の妃を! とはならない。
私には、聖力があるから。
やりたい放題の私が、ジークハルト殿下と結婚できたのも、この力のおかげだ。
聖力は、いわゆる魔法みたいなもので、人や動物に傷をつけるようなことや、天気や自然などの神の恵みに関すること以外なら、ある程度なんでも使える。
聖力は、遺伝することはごくまれで、ある日突然、使えるようになることが多い。
そんなことを考えながら、鏡に映る自分を見る。
紫色の髪に赤い瞳の私は、いかにも悪役っぽい派手目な顔立ちをしている。
(ヒロインは、金髪に青い目だったかしら。私と全然違うわ)
「……まぁ、いいのだけれど」
どのみち、今の私が愛されることはないのだから。
「アイヴィアナ殿下、何か不手際でも……」
侍女が私の呟きに、困惑した顔をした。
「いいえ、なんでもないわ。……あなたの仕事は、完璧よ。ありがとう」
結われた髪も、施された化粧も、文句なしに満点だった。
「! もっ、もったいないお言葉です」
侍女は瞳を潤ませて、頭を下げた。
やりたい放題してきた私に、叱責されると思っていたのだろう。
(……これまでの自分を、反省しなきゃ)
「……ところで。朝食会にジークハルト殿下はいらっしゃらないのよね?」
普通、初夜の後の食事は、どれだけ仕事が忙しくても共にとる。
でも、私たちの間には何もなかったことから考えて、食事もとらないはずだ。
「……はい」
侍女が申し訳なさそうに頷き、手紙を差し出した。
「王太子殿下からでございます」
「……ありがとう」
その手紙を受け取り、封を開ける。
手紙にざっと目を通した。
どうしてもはずせない仕事により、朝食を共にとれないことの謝罪。
そして、その仕事の関係であまり会えないこと。
しばらく、王太子妃の公務はないから、好きにしていいこと。
そして、私を大切に想っていること。
謝罪と公務の件は、まあいいとしても。
私を大切に想っている、とは。
(嘘でも愛してる、とは書かないところが、ジークハルト殿下ね)
それは、大切に思うだろう。
私はこの国で唯一聖力を使えるのだから。
でも、文脈からはそう感じさせないところがポイントだ。
「……本当に、お優しいわね」
その優しいところも好きなところだ。
(なーんて、私だけが好きでもどうしようもないわ)
アイヴィアナが、アイヴィアナとして愛されることはなくても。
ヒロインのふりをした偽りでも愛されることができるのなら。
(……わかってるけど、少し悲しいわ)
「……アイヴィアナ殿下」
思わず涙ぐんだ私に、侍女が微笑む。
私の先ほどの言葉から、いいことが書いてあったと思ったのだろう。
(ごめんなさい、あなたは冷遇された妃の侍女のままよ)
心の中で謝罪しつつ、侍女に便箋と封筒を用意してもらい、返事を書くことにした。
手紙の内容について、全て了承したこと。
こちらのことは、気にしなくていいこと。
最後に、私もジークハルト殿下を大切に思っていること。
(……これだけ書けば十分ね)
最後の言葉は、パフォーマンスとはいえども、大切にしている、という言葉に私も返したくなったから、書いた。
出来上がった手紙を侍女に渡して、王太子と王太子妃の食事の間へ向かう。
食事の間では、当然のことながら私一人だ。
誰の話し声もしない、静かな部屋。
公爵家とは違い、温かい食事が運ばれてくるのを嬉しく思いながら、料理を口に運ぶ。
王城の食事は、美味しかった。
(……ジークハルト殿下がいたら、きっともっと美味しいのに)
そんな叶わない思いを抱きながら、目を伏せた。
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