3 幼い日の記憶
「アナ」
愛称を呼ばれて、顔を上げる。
そこには、幼いジークハルト殿下がいた。
(……ああ、夢を見ているのね)
夢だとわかるのは、過去に見た光景だからだ。
まだ、私が、聖力に目覚める前のこと。
ただの王太子殿下の友人Cくらいだったころのこと。
「はい、ジーク殿下」
懐かしく思いながら、その名を呼ぶ。
このころの私はジークハルト殿下のことを愛称で呼んでいた。
「……ほら、アナ。目を閉じて」
ジークハルト殿下が目を細めて笑いながら、私の髪に触れた。
春の温かい日差しとカリンの甘い香りを感じながら、目を閉じる。
「とれたよ」
ジークハルト殿下の指には、カリンの淡い桃色の花びらがあった。
「ありがとうございます」
「……ふふ。ねぇ、アナ」
ジークハルト殿下は、微笑みながら小指を差し出した。
「約束、してくれる?」
「はい」
(……なんの約束か、内容も聞かずに頷いちゃったのよね)
小指を絡めた私にジークハルト殿下は、首を傾げた。
「まず約束の内容、聞かないの?」
「ジーク殿下なら大丈夫です」
このころからすでに盲目的なほど恋をしていた私には、ジークハルト殿下との約束は絶対だった。
「じゃあ、約束だよ。私だけを――『祝福』してね」
「わかりました。祝福します」
結んだ指を離す。
ここで、ジークハルト殿下が言った祝福は、女の子に額にキスをされると、キスされた人の願いがかなうという、前世で言う、おまじないのようなものだ。
祝福ができるのは、10歳を迎える前の女の子だけ。
女の子が心からその人の幸せを願い祝福すると、祝福された人の願いは叶うらしいけれど。
本当に、おまじない程度だ。
大それた願いは叶えられない。
ジークハルト殿下の幸せを願いながら、ジークハルト殿下の額にキスをした。
(……このとき、ジークハルト殿下は何を願ったのかしら)
結局そのあと、はぐらかされてしまって、聞けなかった。
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