22 戸惑い
ジークハルト殿下が近くにいる?
でも、今日はまだ約束の日じゃない。
それなのにここにいるということは、公務か何かだろうか。
きょろきょろと目線を動かして、漆黒を探す。
(どこに……いるのかしら)
ジークハルト殿下の綺麗な黒髪が目立たないはずがない。それに、私にとってジークハルト殿下は特別だから、まるで縁取られたように、世界から浮かび上がって見えるのだ。
でも、そんな恋する乙女のなせる視力の良さを持ってしても、見当たらない。
(空耳? でも、そんなはずはーー)
「くどい。この世にそれ以上に優先すべきことはないよ」
後ろのほうから声が聞こえた。
「!」
間違いない、ジークハルト殿下の声だった。
思わず、振り向く。
「ーー……」
思ったより近くにいたジークハルト殿下と目が合う。
ジークハルト殿下の黄金色の瞳がゆっくりと見開かれた。
そしてーー。
「……エステル」
私の偽りの名前を呼んで、こちらに駆け寄ってくる。
ジークハルト殿下の両隣には側近であるカラムとイオリがいた。
「ハルト様……一昨日ぶりですね」
エステルはカラムやイオリとは初対面なので、その二人には触れずに微笑む。
「……あ、あぁ」
「?」
なぜか、ジークハルト殿下は戸惑った顔をした。
「ハルト様?」
もしかして、カラムやイオリに触れなかったことに戸惑っているのだろうか。
でも紹介されたわけではない人にいきなり触れるのも……。
「……いや」
小さく首を横に振り、ジークハルト殿下は微笑んだ。
「君とデートをしてから、もう二日が経ったのかと思って。……ところで」
そこで言葉を止めると、ジークハルト殿下はカラムやイオリの方を向いた。
「二人のことは知っているか?」
「いえ、存じ上げませんが……」
ハンカチを拾ってもらったときにも、ジークハルト殿下としかエステルは会っていないと思う。
そして二日前のデートは当然、ジークハルト殿下だけだ。
「……そうか」
ジークハルト殿下は、小さく頷いた。
「こちらは私の同僚の騎士のカラムとイオリだ」
同僚、のところで思いっきりカラムたちは、顔を引き攣らせた。彼らは、ジークハルト殿下の側近だ。いくらお忍びとはいえ、王太子と同等の立場で紹介されるのは、気まずいだろう。
(……でもハルト様は、騎士だものね)
エステルに騎士だと偽っている以上、同年代のカラムとイオリが部下扱いというのは難しそうだ。
「初めまして、カラム様、イオリ様。私は、エステルといいます」
カラムたちに微笑むと、なぜか私の名乗りに二人は瞬きをした。
「エステルさん、で間違いないですか?」
イオリにそう尋ねられ、首を傾げる。
「? ……はい、エステルです」
エステルとは、この国で珍しい名前ではない。それなのになぜ聞き返されたのだろうか。
「ーーいえ、僕たちはジ……ハルト様よりあなたの話を伺っていたので」
(……なるほどね)
カラムの補足に納得する。
おそらく、見た目が想像と違ったとか、そういうことだろう。
「まあ、話を聞かない日は一日としてありませんが」
(そんなにジークハルト殿下は、エステルのこと……)
まだ出会って日も浅いエステルとジークハルト殿下。それなのに、若干うんざりした様子で言われるほど、話をしているというのなら。
(……胸が苦しい)
ジークハルト殿下は、アィヴィアナのことをうんざりするほどカラムたちに話してくれたことはあったのだろうか。
(……ない、わよね)
あるはずがない。
嫌っている人物の話を側近にまでわざわざしないだろう。
わかっていることなのに、少し落ち込み、目を伏せる。
「エステル?」
「いえーー」
小さく横に首を振り、余計な感情を追い出す。
「ところで、エステル。その看板は……」
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