21 その名前
――そうユーリンが言った、数十分後。
私は、看板を持って3番街に立っていた。
「ええと……美味しい料理は、いかがでしょうか」
3番街は相変わらず行き交う人が多く、忙しそうで、誰も足を止めてくれない。
(こんなんじゃ……全然だめだわ)
ユーリンに宣伝が足りないと指摘したくせに、その宣伝する能力がないなんて。
ため息をつきそうになるのを堪えて、宣伝用の看板を握りしめる。
そもそも、なぜ私が客引きをすることになっているかといえば、ユーリンと取引したからだ。
◇
「客引きをしてくれたら――」
ユーリンは緑の瞳を細めた。
「エステルちゃんは、昨日一緒にきた彼のこと、好きなんでしょ? 僕、とーっても協力しちゃうんだけどなー。いい感じのデート場所とかも知ってるんだけどなー」
あーあ、エステルちゃんが客引きさえしてくれればなぁ、そう続けながら、ちらちらと私をみる。
「……わかったわ」
そもそもこのお店に今日もきたのは、デート場所に困ってのことだった。
(一応、私は王太子妃なんだけど……)
内心でそう思わなくもなかったけれど、今の私はアイヴィアナではなく、エステルなのだ。
そもそも純真なエステルなら、自分に利がなくても知り合いを助けるのだろうけれど。
「ユーリン、料理は後で注文するわね」
椅子から立ち上がり、ユーリンに向かって3本指を立てる。
「……3人はお客を連れてくるから、期待して待っていて」
3人。なかなか少ない目標だけれども、現時点で私しかいないこの店に3人も連れてこられたら快挙だろう。
「おおっ! さすが、エステルちゃん。期待してるね!!」
ひらひらと手を振ったユーリンに向かって、手を振りかえし、店を出る。
今に見ていなさい。
私がこの店を繁盛させて、たくさんデート場所を教えてもらって、ジークハルト殿下とラブラブになるんだからー!!
◇
(……なんて、最初の意気込みはよかったのよね。意気込みだけは)
まるで声かけに無反応な通行人たちに、早くも心が折れてきた。
まだ1時間も経っていないはずだけれど。
(聖力が使えたら……)
前世でいう手品みたいなことをして、興味をひくことだってできるだろう。
しかし、現在この国で聖力が使えるのは、本来の私――アイヴィアナ・クルシェのみ。
エステルも聖力が使えるようになるとはいっても、それは物語の後半以降。
アィヴィアナをざまぁし、ジークハルト殿下と幸せになる為の物語の盛り上がりとして生まれる力。
そんな聖力をうっかりつかって、これまたうっかりジークハルト殿下に私のエステルも聖力があることがバレたとする。
そのときにジークハルト殿下は、アイヴィアナとエステルが同一人物だという可能性を考えないだろうか。
(いえ、絶対考えるでしょうね……)
少なくとも私がジークハルト殿下なら考える。
だって、国に一人いるだけで奇跡の人物が同時期に二人いるなんて、かなり確率が低い。
それもどちらもジークハルト殿下の身近にいるときている。
……となると、同一人物ではと考えるのも無理はない。
そうなっては、まずい。
だから、聖力を使わずに宣伝をしないと。
そう考えながら、看板を再び握りしめたときだった。
「しかしながら、ジークハルト殿下――」
人込みの中で、はっきりと耳がその言葉を拾った。
どんなときでも、私の意識を捕らえて離さないその名前は――……。
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