2 ひとりぼっちの初夜
そんな前世を思い出した結婚式から数時間後。
私が結婚してから初めての夜になった。
つまり、初夜だ。
(ジークハルト殿下……は来ないでしょうね)
ジークハルト殿下は、私のことが嫌いなはずだ。
……はず、という言葉を使ったのは、往生際悪く、まだ好かれているという可能性を残したかったから。
扇情的な薄いネグリジェの袖を手繰り寄せ、ため息をつく。
恋した人に嫌われているという事実を、前世の記憶で間接的に知るのはかなりきつかった。
そう私、ことアイヴィアナ。
なんと、ジークハルト殿下に嫌われているという自覚が今日の今日までなかった。
(……だって、ジークハルト殿下は優しいし。そう、優しいジークハルト殿下が全て悪いのよ!)
王太子として、どんなに疎んでいたとしても、人前でそれなりに婚約者を扱うのは当然だろう。
そんな頭の冷静な部分を見ないふりをしつつ、ベッドに倒れこんだ。
「……はぁーあ」
これから、どうするのか。
この数時間――侍女たちに体を磨き上げられている間、ずっと考えていた。
今更、私自身の好感度アップを図ったところで、勝敗は目に見えている。
嫌いな妻から、何か魂胆がある怪しくて嫌いな妻にレベルアップするだけだ。
でも、アイヴィアナとして生きてきた私の恋心が、このままヒロインに渡してなるものか、とも叫んでいる。
ヒロインに渡したくないが、しかし、私のまま愛されるのはもはや不可能に近い。
「どうしようかしら」
ベッドに身を埋めながら、呟く。
「……私は、アイヴィアナ・クルシェ」
クルシェ王国の王太子であるジークハルト殿下の妻にして、悪女である。
(……ん? まって、私は悪女)
そう私は、悪女なのだ。
これ以上何もしなければ、毒杯は免れるかもしれない。
しかし……、死ぬよりこの恋心を手放したくないという心の方が大きい。
だったら。
方法は、ひとつだけ。
「私が、ヒロインになってしまえばいいんだわ」
悪女が悪女のままで好かれるのは無理がある。
しかし、今更改心したところで、怪しまれて好感度はマイナスどころか地面にめり込むだろう。
だったら、別人として一からやり直すしかない。
ただ、この作戦の問題点。
その一、ばれたときが本当にジエンドという点。
王太子に姿を偽ってまで近づく王太子妃。
そんな怪しさ満点の妃を放置するほど貴族は寡欲じゃない。
あっという間に、私を断罪、そして娘を王太子妃に……という貴族が大勢でてくる。
そしてジークハルト殿下も今度こそ――すでにかもしれないが――私を見限るだろう。
その二、一生続けなければならない点。
もし、うまくいったとして。
私は、私が私ではないという嘘を一生つき続けることになる。
それに耐えられるのか?
「まぁ、いいわ」
思いつく限りでもまだまだいくつか問題点はある。
でも、もう、いい。
(――この恋を手放すくらいなら、死んだほうがましだもの)
私の手の中にある、唯一の宝物。
この恋心を手放さずにすむのなら。
この恋だけが、私をアイヴィアナとして定義する、唯一のものだから。
「……ふ」
だんだんと眠くなってきた。
ベッドはふかふかで、シーツも柔らかい。
でも、薄いネグリジェだけで布団をかぶらないと、風邪を引く。
わかっているが、眠気に抗えない。
「――」
何かの音を聞いたのを最後に、私は意識を手放した。
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