17 過ぎ去った過去
ジークハルト殿下が私と共に食事をとる、なんて。
(城内へのパフォーマンス? ……それとも、単に時間ができたのかしら)
いずれにせよ、好きな人に会えるのに、朝食会に参加しない理由がない。
「わかったわ。今日はいつも以上に、丁寧に整えてくれる?」
侍女はもちろん、と頷き、とても綺麗に仕上げてくれた。
「…………」
鏡を見る。
結い上げられた紫の髪も、血のような釣り上がった真っ赤な瞳も。
エステルとは異なるものだ。
(ジークハルト殿下の好みでないとしても……)
それでも、私は、アイヴィア•クルシェーージークハルト殿下に恋する一人の女なのだ。
「アイヴィアナ殿下、何か気になる箇所でもーー」
私の無言を不満だと受け取った、侍女に微笑む。
「ああ、違うのよ。ありがとう、あなたの仕事は完璧だわ。少しジークハルト殿下のことを考えていただけ」
侍女は納得したように頷いた。
「今朝も素敵な花束が届いておりましたもの。ジークハルト殿下もアイヴィアナ殿下との食事会を楽しみにしておられますよ」
ーーそう。
今朝も侍女の言う通り、花束が贈られていた。
もちろん、多忙なジークハルト殿下の自ら選んだはずがなく、侍従からだろうけれどーー。
(どうして……ジークハルト殿下は、)
ジークハルト殿下は私に花を贈ってくれるのだろう。嫌っている私に。
(なーんて、それこそパフォーマンスよね)
名ばかり夫婦でも、名目上は、私が妻だ。
いくら優秀なジークハルト殿下とは言え、妻たる王太子妃を大事にしなければ、評判がおちるだろう。
(でも、それなら……)
いまだに白い結婚なのは、なぜなのか。
(なんて、ジークハルト殿下が私を嫌っているからよね)
政略結婚ではあるのだから、いくら忙しくとも白い結婚のままはまずいはず。
それなのに私が清いままなのも、ここまで放っておかれるのも、全部そのせいだ。
(……ああ、やだ。また思考が湿っぽくなってきちゃった)
嫌われているのは、仕方がない。
でも、私はやり直すチャンスを得たのだ。
別人として。
幸いにも、ジークハルト殿下は、エステルのことを気に入ってくれている。
だったらこのまま突き進むのみだ。
「……そうね。行ってくるわ」
椅子から立ち上がり、侍女にひらひらと手を振る。
食事の間は、王太子妃の部屋から近い。
そのため、供は不要だ。
「ジークハルト殿下……」
食事の間へと向かう廊下、ふと窓を見ると中庭が見え、足を止める。
中庭には、カリンの木が植えられている。
カリンを見ると、ジークハルト殿下との過去を思い出す。
ジークハルト殿下の愛称を呼び、祝福をした日のことを。
(ジークハルト殿下は、もう忘れているわよね)
私にとっては煌めく思い出の1ページだったけれど、ジークハルト殿下にとってはほんの些細なことだろう。
それでもーー。
カリンの薄く色づいた花を見ていると、どうしようもなく過ぎ去った過去が懐かしくなった。
早く行かなければ、ジークハルト殿下を待たせてしまうと分かっているのに。
甘いカリンの香り、桃色の花びら、祝福のために口付けた額ーー。
「ーーアイヴィアナ」
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