16 固く握りしめて
「……よかった」
ほっとした。それは間違いじゃない。
そうでないと、私が偽った意味がなくなる。
(でも……そうなのねーー)
ジークハルト殿下にとって「エステル」は特別なのだ。
初めて出会った瞬間から気になっている、なんて、特別じゃない相手には言わない。
(これで、いい。これでいいはずなのに……)
どうして、胸が痛いのか。
突き刺すような胸の痛みを抑えるように、ゆっくりと息を吐き出す。
「エステル?」
「あぁ、いえーーハルト様にもそう思っていただけて嬉しいです」
まだ、胸は痛いけれど。
それでも、偽りの方が誰かにジークハルト殿下を渡すよりもずっといい。
「……あぁ。私も君に気になってもらえて嬉しいよ」
ジークハルト殿下は柔らかく微笑むと、首を傾げた。
「君さえ良ければ、また会えないだろうか」
「! ……もちろんです」
◇◇◇
それから。
食事の後は、一緒にユーリンのお店で、デザートを食べて、解散した。
また、後日ーー次は、四日後に会おうと約束をして。
「……はぁ」
お風呂に入り、髪を乾かして、ベッドに転がる。
夫婦の寝室のベッドは、一人で寝るには広すぎるし、なんだかシーツが冷たい気がして、自室のベッドだ。
「私は……」
それでいいのに。
なにひとつ間違っていないのに。
デートでジークハルト殿下に言われた言葉がぐるぐると頭を回る。
「……髪や瞳の色がだめなのかしら」
ジークハルト殿下のタイプが金髪碧眼とは、きいてなかったけれど。
そうだったのなら、納得がいく。
だから、紫髪に赤目な私がだめだったのだと。
それに、アイヴィアナ(私)は、すでに色々なことをやらかしている。
ジークハルト殿下に近づく女性は徹底的に排除したし、ジークハルト殿下の仕事を邪魔したことだってあるのだ。
そんな私が、ありのままの私で、ジークハルト殿下に好かれるはずがない。
「……わかっているのに」
どうして、こんなにも胸が痛いのか。
思えば、ジークハルト殿下は私に優しい。
だからこそ、私はジークハルト殿下に嫌われていると思っていなかったわけだし。
でも、愛してると言われたことは一度もない。
気になっている、と言われたこともない。
それなのにエステルに気になっているというのは、やはりーー私じゃだめだということだ。
「よし!」
頬を叩いて気持ちを切り替える。
私は、私のままでなくても。
その姿が偽りでも、それでも。
「ジークハルト殿下に愛されるのなら、それでいいわ」
ーー強く握りしめたこの恋を手放さずにすむのなら、なんだってできるから。
そんなデートの日の翌朝。
「ーーえ?」
いつものように侍女に起こされ、告げられた言葉に瞬きをする。
「はい、アイヴィアナ殿下。ジークハルト殿下は、今朝は共に食事をとられるとのことです」
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