15 その瞬間から
「……恋しい、ひと」
ジークハルト殿下は、ゆっくりと私の言葉を繰り返した。
「はい。……なんて、夢見がちすぎるかもしれませんがーー」
それでも、ずっと。
(ずっと、あなただけが好きなの。ジークハルト殿下)
愛称で呼ぶ権利を失っても、かつての親愛が感じられなくなっても、初夜もなく、共に笑いあうことがなくなっても。
それでも、私はーー。
(この恋を、手放せないの。愚かで醜くても、それでも、あなたが好きなの)
そんな思いで、ジークハルト殿下を見つめる。
「……いや。たしかに、素敵で嬉しいことだな」
ジークハルト殿下は、柔らかく微笑んだ。
「エステル、今の君には恋しい人がいるのか?」
「私は……」
なんて、答えよう。
私なら、目の前のあなた、ジークハルト殿下が好きだ。
でも、今の私はアイヴィアナではない。エステルなのだ。
だから、答えるとするならば。
「気になっている人はいます」
気になると言葉を濁す。
「そうなのか」
ジークハルト殿下は、なぜか少し視線を逸らした。
「はい。なのでーー」
その視線を追いかけて、目を合わせて微笑む。
「ハンカチを口実にして、デートにお誘いしました」
「!!」
ジークハルト殿下が目を見開く。
そして、俯かれた。
「…………」
静寂が、落ちる。
(ダメだった……? 悪い気はしないと思ったけれど、攻めすぎたかしら。せっかくエステルになれたのに、また嫌われてたら、私……)
じわ、と涙が浮かびそうになる。
それを唇を噛んでこらえた。
(どうしよう。否定をするべき? 冗談だって、流してくださいって、でも、どのみち今回のデートがダメなら私にチャンスはないのに)
ぐるぐると頭の中で思考が回る。
それでも口はからからに乾いて、なにも声にならない。
「……そう、だったのか」
ゆっくりと顔を上げた、ジークハルト殿下の耳は赤かった。
「!!」
(……これは、どっち? 怒り、それともーー)
思わずじっと食い入るように、ジークハルト殿下を見つめる。
「……私は」
ジークハルト殿下も私を見つめ返した。
「誤解されたくないんだが、私は女性と適度な距離を保っている、つもりだ」
(ハンカチのお礼なら受け取ったけど、それ以上は、重かった?)
じわ、と再び涙が滲みそうになる。
「だが、君はーー違った。君だけが、他と違う」
「え……」
私だけが、他と違う。
その言葉の意味を、もっと深く知りたい。
「……なんて、言葉を選びすぎたな。端的に言うと、私も君のことが気になっている。初めて、出会ったその瞬間から」
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます!
もしよろしければ、ブックマークや☆評価をいただけますと、今後の励みになります!!




