12 こんなとき
私の言葉に、ジークハルト殿下は瞬きした。
「緊張……君が?」
「……はい」
頷く。
私の偽りの姿であるエステルは、ジークハルト殿下と知り合って日も浅い。
そんな中で、こんなに密着したら、緊張しても不思議じゃない……はずだ。
「ーーそう」
ジークハルト殿下は頷くと、顔を綻ばせた。
「!」
ジークハルト殿下の笑み。
私がしばらく見ていないもの。
「……ハルト様?」
呆然とその名を呼ぶ。
(私はーーやっぱり、エステルだから? エステルだから、こんなにも心を許すの?)
本物のエステルの顔立ちとは違うけれど、エステルと同じ、金髪青目の今の私。
(この顔が好みだった? それとも知り合って間もないから? 私にはそんな笑みを見せてくれないのに、どうしてーー)
「ああ、いや、すまない」
ジークハルト殿下は首を振ると、続けた。
「君が緊張していると聞いて、安心したんだ」
(私が緊張して、安心。……ということは、やっぱり)
「緊張しているのは、私だけでないのだと」
(ーーああ)
アイヴィアナーーつまり私の前で、ジークハルト殿下が緊張するところなど、見たことがない。
(わかっていたけれど……本当に眼中になかったのね)
普通、好きな人の前では、緊張するものだと思う。
でも、アイヴィアナの前では全くそんなそぶりがなく、別人の前では緊張すると言うジークハルト殿下。
ーーかつての私がもし、全てを望まなければ。
燃え上がるような愛や、蕩けるような恋がなくとも、穏やかな友愛があったはずだ。
ジークハルト殿下とかつての私は間違いなく友人ではあったのだから。
でも、私が欲しいのは友愛ではない。
ジークハルト殿下の恋と愛が欲しいのだ。
ーーだから。
(今の私は、望んだものに近づいている。……そう、そのはず。……なのに)
胸がじくりと痛みだす。
(……どうしてこんなに胸が痛いのーー)
「……エステル?」
ジークハルト殿下の言葉にはっ、と息を吐き出す。
そうだ、今の私はエステル。
ジークハルト殿下が嫌うアイヴィアナじゃない。
だからこそジークハルト殿下は、今の私に興味を持っている。
こんなとき、エステルならーー。
「ごめんなさい、少しぼんやりしていて」
微笑んで、空気を切り替える様に指を差す。
「あ、あのお店です」
もうここからなら、ユーリンのお店の看板が見える。
「ーーへえ、あの店が」
ジークハルト殿下も知らないお店だったようで、驚いた声を上げた。
「はい、そうです」
頷いて、ジークハルト殿下に微笑む。
「とっても美味しいんですよ! きっとハルト様も気にいると思います!」
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