11 あなたとデート
ーーさて。
今日はついに、ジークハルト殿下とのデートの日だ。
……もちろん、昨夜の夫婦の寝室にも、ジークハルト殿下は来なかった。
仕事が忙しくて申し訳ないと、いつものお決まりの大切、の手紙も受け取っている。
それに私の瞳とお揃いの赤い花束も。
「……気にしていても仕方ないわ」
侍女を遠ざけて、聖力で「エステル」の姿になる。
「ーー……」
顔立ちも違えば、髪色も瞳の色も本来の私とは違う。
(……ほんとうに、いいの?)
鏡のなかに映る私が問いかける。
「いいに決まってるわ」
だって、私はアイヴィアナ・クルシェ。
この恋は、手放せない。だからこそ、私は私たりえるのだから。
◆◆◆
3番街の噴水の前。
ジークハルト殿下を待つ間、ぼんやりと空を見上げる。
空では番の鳥が仲良く羽ばたいていた。
「……いいなーー」
私とジークハルト殿下も形式上は、夫婦なのだ。もちろん、その実態は白い結婚だけれども。
私が、私がもし、もっと前に前世とやらの記憶を思い出せたのなら。こんなこと、しなかった。
ジークハルト殿下に嫌われないように全力を尽くしたし、ヒロインに成り替わろうなんてしなかったのに。
「……すまない、待たせたな」
ジークハルト殿下の声に、視線を空から地上に向ける。
「いいえ! ……ハルト様、きてくださったんですね」
ジークハルト殿下の愛称を呼ぶ。
偽装のためとはいえ、エステルーー仮初の私はジークハルト殿下の愛称をもう呼ぶことを許されている。
「もちろん。私はーー約束を違えないよ」
微笑みながら言われた言葉に思わず、胸を押さえる。
約束を違えないーー、それは、そうだ。
(……でも、嘘はつくのね)
仕事で忙しいはずなのに、ヒロイン(エステル)とは会う時間がある。
妃たる私と会う時間なんてないくせに。
(……なんて、偽っている私がいうことじゃない)
ジークハルト殿下の恋が欲しくて、愛を望んで、姿を偽っている私が。
「……エステル?」
首を傾げた、ジークハルト殿下に首を振る。
「なんでもございません。それでは、行きましょう。……ハルト様」
3番街の中央から少し外れた昨日のお店に向かって、歩き出す。
「きゃ!」
でも、3番街は人通りが多く、ジークハルト殿下とはぐれそうになった。
「っと、大丈夫ーーエステル」
「!」
ジークハルト殿下は、私の肩を抱きよせた。
おかげではぐれずにはすんだ。……でも。
(……近い、近すぎるわ!!)
ジークハルト殿下にこんなに密着するなんて、滅多にないことすぎて、私の心臓が爆発しそうだ。
黄金の瞳も、その瞳を縁取る長いまつ毛も、すっと通った鼻筋もーージークハルト殿下の全てが近い。
(……ああ、心臓の音、聞こえてない? いきなり舞い上がって変な女だと思われないかしらーー)
それに、抱かれた肩からジークハルト殿下の熱も伝わる気がしてーー。
(すごい……緊張する)
もっと直接的な接触ーーキスだって、結婚式ではしたのに。
そんな比ではないほど、心臓が高鳴っていた。
(……どうしよう、このままだと私ーー)
うっかり口が滑って、好きだの愛してるだの、言いかねない。
「ーー……」
余計なことを言わないために、きゅっと、唇を引き結ぶ。
「どうした、気に障っただろうか?」
でも、その姿を怒ったと思ったようで、表情を曇らせた。
(ちがう! その逆、逆ですわ! ……私がジークハルト殿下を好きすぎるから!!)
なんて、言えるはずもない。
どうしよう、なんで答える?
「……いえ、そのーー緊張して」
迷った私が、導き出したのは、嘘ではないが、100%それだけではない、事実だった。
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