9 看破
青年に連れられ、お店の前へ。
お店の中に入る前に、ちらりと窓から店内を覗く。
(……なるほど。これは客引きが必要なわけだわ)
店内にはお客さんらしき人は全くいない。
でも、店内のテーブルや椅子などの設備は品がいい。
(……となると、問題は)
「ん? お姉さん、入らないの?」
青年が首を傾げる。
どちらにせよ、私に明日のデートの当てはない。ここがダメなら、また他を探すしかない。
(でも、可能性があるなら試したいわ)
「……いえ、入るわ」
ひとまずお店に入ることにする。
程よく光が差し込む店内は、やはり、洗練されていた。
「ふふ、驚いた? ここは僕のお店なんだけど、なかなかいいでしょ」
そう自慢げに微笑み、青年は店内を見まわした。
「ええ、とっても」
店員の対応も悪くない。
店内の設備も悪くない。
……となると。
(……あとは、肝心の料理よね)
「せっかくだから、テーブル席へどうぞ」
通された席では季節の花が小さな花瓶に飾られていた。
「注文は、どうする? おすすめはこのあたりだけれど」
指し示されたのは、魚のソテーだった。
「ええ、ではそれでお願いします」
「はーい」
厨房へと入っていった青年をぼんやりと見送る。
(他には店員はいないのかしら……)
でも、この客入り具合では一人で十分なのも納得する。
(……ジークハルト殿下)
明日、私はジークハルト殿下とデートをする。
私ーーアイヴィアナとしてではなく、エステルとして。
(でも、その後はーー?)
ハンカチを拾ってくれたお礼でデートをするのはいいとして。その後、会う口実を探さなければ。
会話が盛り上がれば、あるいは。
(エステルならーー、ヒロインならどうする?)
無邪気で可憐な、私の憧れ。
「難しい顔、してるね」
「!?」
至近距離で声がして、思わず俯いていた顔を上げる。
青年が、料理の皿を持って立っていた。
「はい、どうぞ。お姉さん」
「ありがとう。早いのね」
匂いは美味しそう。
見た目も悪くない。
「いただきます……?」
青年が私の向かい側の席に腰を下ろした。
「いやさぁ、お姉さんが僕のお客さん第一号なわけ」
「え!?」
だから客がいなかったのかと納得しつつ、続きを聞く。
「3番街って、意外と厳しいんだよね。通りから少し外れただけで、人がいなくなる」
「……たしかに」
「だからお姉さんにはぜひ、ウチを気に入ってもらって、お客さんを連れてきてくれないかなーと思ってるんだけど」
(……プレッシャーだわ)
もし、美味しくなかったらジークハルト殿下は連れて来られない。
「あ、そういえばまだ名乗ってなかったな。僕は、ユーリン」
「ユーリン……」
あまり、この国では聞かない響きの名前だ。
髪色が銀色のことと関係するのかしら。
「うん……ってごめんごめん。話しすぎちゃったね、料理が冷めちゃう」
そういいながらも、ユーリンは私から目を逸らさない。
お客第一号の私の反応が気になるのだろう。
なんとなく食事を摂る前からお腹が痛い気がしながら、ソテーを口に運ぶ。
「!」
(美味しい……。魚の身がほろほろと崩れていく)
「ふふ、その顔は大丈夫そうだね。まあ、僕は料理の天才だから? 当たり前なんだけどー!」
自賛しながら、ユーリンは笑った。
「それにしても、お姉さんの目いいね!」
「目?」
「うん、赤くてとっても綺麗」
「!?」
(赤くて、綺麗……)
頭の中で反芻し、はっと顔を抑える。
聖力は、まだ発動中だ。
つまり、対外的には私の姿は金髪青目の「エステル」になっているはず。
それなのに、なぜユーリンは、私の元の姿である赤目に見えたのか。
「あ、ごめん。禁句だった?」
「え、あ、……いえ、あなたの目には私はどう見える?」
「ん、紫の髪も綺麗だけれど。赤い目が一番綺麗だね。大丈夫、僕以外にはちゃんと見えるはずだよ。この髪見てもわかる通り、僕は異国からきたんだよね」
は、と息を呑む。
聖力が通じない相手がいるなんて、考えてもみなかった。
「……僕みたいなやつは、そうそういないから大丈夫。あとはー、君が何かをしてない限り、バレないよ」
「なにか?」
「ん。例えばーー、相手に姿がわかる魔法をかけるとか?」
そんな聖力を使うはずない。
この変身は一生隠し通すのだ。
「それにしても、お姉さん。何か訳アリそうだ」
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