一人のドクター
覚悟は出来ている。これから俺は“ドクター”として、人間の死を目の当たりにするだろう。…それでも、この命を、患者達に捧げるつもりだ。
初めての作品です。誤字脱字があるかもと思いますが、頑張って連載したいと思います!
「明日の試験、お前はどう?今回の結果によって、ドクターになれるかなれないか決まるけど」
手に汗ならぬマーカーを握る親友、「輪砂田 闇斗」に問う。
「うーん、やっぱり今までの集大成って感じだよね。…やっぱり緊張と不安があるかなぁ。でも、ここまで死ぬ気で勉強してきたんだ。僕たちなら、きっとドクターになれるよ。ね、慶次。」
「…そうだよな!俺たちなら、きっとドクターになれる!」
俺達がドクターになると決意を固めたのは、それぞれ似たようで、違う理由だった。
昔、俺の幼馴染が、奇病を発症した。それは、桜が空を埋め尽くすように咲き誇っていた、小学校の卒業式間近だった。
「私…奇病に、なっちゃった。」
今でも、彼女の悲哀を映す瞳は、俺の記憶に深く刻み込まれている。
「でも大丈夫。絶対、奇病なんかに負けないから。絶対、また戻ってくるから。」
未だに、俺はその言葉を待っている。その日から、俺はドクターになりたいと願うようになった。
闇斗もまた、身近な人が奇病を発症している。彼の姉だ。
彼の姉は、奇病を発症してからまもなく亡くなったそうだ。その経験を活かし、もう姉と同じような運命を辿って欲しくないと願い、ドクターになることを望んでいる。
しかし、俺たちは今まで、二人一緒に五回も試験に落ちて来た。
ここ、染野大学奇病研究医学部に通い始めて五年。奇病については、これでもかってくらい、頭に叩き込んだつもりだ。でも、それはもしかしたら俺たちのただの思い違いだったのかもしれない。
毎年行われる、“小児奇病科医師試験”。その合否結果を見る度、どれほど辛辣な思いを抱いたか。どれほど自分を責めたか。…もう、思い出せない。でも、俺達は前に進むしか、道は無いのだ。
そして六度目の試験当日。俺と闇斗は、同じ部屋だった。
「試験、始め!」
監督官の、ピリッと空気を轟かすような声が耳を劈いた。
問題は、今までの試験の中で一番に難しかった。それでも俺は今までの勉強の成果を結果にするために、必死になって解いた。
そして、合否通知の日。手元に握りしめた、1584番の紙に思いを込める。
(どうか、二人とも合格していますように。)
その場に、闇斗もいた。彼の番号は、1585番。
二人で顔を見合わせる。どちらも、表情から不安と焦りが伺える。
いよいよ合格発表の時間。教授たちが、でかでかと番号が書かれているボードを運んできた。
その直後、一気にざわめきがマックスに到達する。
ガッツポーズをする人、膝から崩れ落ちる人…
ざわめきを耳にしながら、死にものぐるいで1584番を探した。
それはあった。すぐに見つかった。
「やった…!!」
「え…」
ふたつの声は、ほぼ同時に重なった。
「やったよ…俺、やっと…!!ドクターになれる!!」
喜びが口から溢れ出る。塞ぎきれないほどに、喜びと嬉しさが喉の奥から込み上げてきた。
闇斗の方に目を向ける。だが、彼は俺とは真反対の表情を浮かべていた。
「う…そ。こんなに、こんなにも勉強をしてきたのに、なのに…!!」
1584番と1586番の間に、不自然に空いているスペース。本来なら、ここに彼の番号があったのだろう。
同じ時期に入学して、共に学んだ仲間と、離れた。俺がドクターになれて、闇斗はドクターになれない。
現実は、残酷だった。
かける言葉が見つからなかった。
「…慶次は、合格…なんだね。おめでとう。」
言葉をふりかけたのは、闇斗からだった。
「…ありがとう。闇斗は…残念だったな。」
彼は一瞬、はっとしたような素振りを見せた。やはり、かなりショックだったのだろう。
「…らめる。」
彼がボソッと何かを呟いた。
「僕、やっぱりドクター、諦める。僕にはきっと、ドクターなんて向いていないんだと思う。」
涙の跡が滲んだ顔で、彼はニカっと笑って見せた。しかし、それは諦めと絶望が分かるような、笑顔だった。
「…本当にいいのか?」
「うん、でも、ドクターはだめだとしても、奇病に関する職業には就こうと思う。…今までの知識を活かしてね。」
そう言うと、彼は肩を落としたまま、大学を去った。その後ろ姿と、顔は、俺の心を強く抉った。