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3.通じない言葉

 なんとかポーチを返してもらった私は、ちょっとずつ、ちょっとずつ、回復しだした。

 それにしても居心地が悪い。病室になるような個室を与えられたけれど、当然、見張りつき。見張りをつけてまで私を捕まえておく利点がなさすぎるんだけど。そこんところどうなんですか、責任者さん。


 ちなみにここは予想通り、イヴニング王国。

 私がもともといたアーダム帝国と敵対していた国だ。


 養父の話を思い出す。この世界には大きな大陸が二つあるんだけど、イヴニング王国は西の大陸の西海岸線沿い北側に位置する国だ。アーダム帝国は内陸側に位置していて、海に面しているイヴニング王国を領土化したくて戦争をしているらしい。めっちゃ強欲な国だよね、アーダム帝国。


 で、そんな戦争中な国で、敵対していたわけなんだけどさ、私たち。

 どうやら私、イヴニング王国の騎士団長ディオニージという人に気に入られてしまったらしい。なんでだ。


「セト、果実水をもらってきた。これなら飲めるだろうか」


 ディオニージも忙しい人だろうに、こうして暇を見つけては私のところにニコニコとやってくる。薬を使っているとはいえ、私の身体の治癒速度はこの世界の人よりずっと遅い。退屈しのぎにはちょうどいいんだけどさ、偉い人がこんなところに頻繁に顔を出していいのだろうか。


「ありがとうございます。でもディオニージ様、あまり私ばかり構っていると、良くないんじゃないですか? 私、敵国の人間ですよ」

「それがどうした。お前が好き好んで戦争を起こしていたわけじゃないだろう」


 頭をぽんぽん撫でられる。それからようやく果実水の入ったグラスを渡された。

 めっちゃ言いたいことがある。事あるごとに頭を撫でてくるこの人は、いったい私の何!? なんで頭を撫でるんだ!?


 居心地が悪いというか、きまりが悪いというか。もぞもぞしそうになる身体に、果実水を流し込んだ。甘酸っぱい味はアセロラに似ている。美味しい。


 私がここに連れてこられて、もう半月ほど経ってるらしい。逆に言うとここまで回復するのに半月かかったとも言う。一次治療がちゃんと的確だったら、こんなに長引かなかったんだけどね。薬による二次被害がひどかったんだよねぇ。


 怪我といえば。

 眼の前にいるディオニージ。右手に後遺症が残りそうなほどの怪我だったんだけど、イヴニング王国騎士団の救出手際が良かったお陰で、なんとか無事治療ができたらしい。他の、私では処置しきれなかった傷も治りつつあるようで、みるみるうちに覇気を取り戻していった。張りのあるお肌と豊かに動く表情筋を見ると安心するよね。この人もやっぱり人間だったんだなって。


 よくわからないのは、私をここに連れてきたことだけだ。本当に。なんで?


「ディオニージ様。なんで私にここまでしてくれるんですか? こうしてもらえる理由がありません」

「俺を、親身になって治療してくれたじゃないか」

「それが仕事ですから」


 なんだ、ストックホルム症候群か? 拷問の日々にあった一筋の優しさ(仕事)に脳がやられたのか? もしそうなら重症です。今すぐ私から離れたほうがいい。


 そう言ってやろうかとグラスから顔を上げたら、存外優しい顔でディオニージは私を見ていた。なんだその慈悲の顔。仏様? 仏の顔は三度まで的ニュアンスの表現?


 その表情の真意を計れずに沈黙していると、ディオニージが先に口を開いた。


「父の代わりに戦場に来たんだろう。可哀想に。俺を、父親だと思って甘えるといい」


 ……………………なんでそうなる!?

 えっ、もしかして私、父が戦争で死んだから代わりに出兵せざるを得なかった可哀想な子とでも思われてる!?


 呆然としていたら、またディオニージは私の頭を撫でだした。


「幼いのに立派だ。しかも女の身では男所帯で苦労しただろう」


 あっ……察し。

 なるほど、私の容姿か。精神年齢に見合わないこの外見は、幼い少女が従軍せざるを得なかったお涙頂戴展開の主人公として相応しい、と。

 これは誤解させる見た目の私が悪いのか……とはいえ、実年齢教えても信じてくれないし、呪いの話なんてもっと信じてもらえないだろう。

 どうしようかなって視線をそらす。でもなぁ、いつまでもこんな感じだと困るし……捕虜じゃなくて保護とかだったら、もっと困る。

 とりあえず知らせておいたほうがいい事実だけを先に述べておくことにしよう。


「あの、ディオニージ様」

「ディオでいい。牢にいた時のように気さくに話してくれて構わない」


 気さくか? あれを気さくと言っていいのか?

 結構、侮っているととられても文句は言えない態度だったと思うけど。


 ぶっちゃけ、敬語を使うより普段の言葉を使うほうが楽なのは間違いない。だけどさ、ここは一応敵陣地。これで馬鹿正直にタメ口で話して不敬! 処刑! みたいな形で首ちょんぱされるのも困る。せっかく繋いだ命は大事にしたいじゃんね。


 自分から言い出したんだし、なんだか私に対して甘い? ディオニージはいいだろう。でもなぁ、他がなぁ。特にあの赤髪のクソガキだよね。あいつ、うるさそう。


 今後の面倒と、話しやすさを天秤にかける。天秤は左にがったんと傾いた。


「ディオニージ様」

「様はいらない」

「……ディオニージ様」

「強情だな。ディオと呼ぶといい」

「…………ディオ様」

「まぁ、いいだろう」


 だから頭を撫でないでって。

 どうしよう、全然話が進まない。だれかこの騎士団長様をどうにかして。

 かいぐりかいぐり、頭を撫でられて揺れていると、誰かが私の病室の扉をノックした。


「失礼します! クレート副団長がお呼びです!」

「分かった、行こう。ガエン、お前は」

「自分はここで団長が戻ってくるまで待機してるっス! ドミニクさんがこのガキに用があるそうなんで!」


 おおぅ、私を敵視してる赤髪小僧ガエンだ。

 ディオニージが複雑そうな表情で私を見る。大丈夫かって言いたそうなんだけど、まぁ適当にいなすだけ。しっしっと手を振れば、ディオニージは部屋を出ていく。入れ替わりで、ガエンが入ってきた。


 扉がパタンと閉められる。

 さぁ、試合開始のゴングが鳴るぞっ!


「てめぇ、団長に取り入ろうとしても無駄だからな!」


 ガエンが速攻私を睨みつける!

 ぶっちゃけ相手するのはめんどいよね。

 がるがるとガエン少年は私を威嚇してくる。ここは精神年齢の高い私が謙虚さを忘れず、無難に回答しておくべきだろうか。


「別に取り入るつもりなんてないよ。家に返してもらえるならありがたいけどさ」

「図に乗るんじゃねぇぞ! 団長をあんな目にあわせやがって……! アーダムなんかさっさと滅びればいい!」


 私はディオニージを治療してたんだけど。こいつに聞く耳はなし。

 それはともかく、アーダム帝国滅べはそれなりに同意。私は思い入れがあるわけでもないし。養父もどちらかといえばアーダムから出たいって思ってるんじゃないかな。今は戦時中だし、足が悪いから無理って考えてるだけで、たぶん内心ではそう思ってると思う。だって帝国を治める皇族のことが嫌いらしいし。


 だけどそんなことを言っても、このお子様は信じてくれなさそう。目先のことしか考えられていないっていうか。それを捕虜っぽい立ち位置の私にぶつけてくるとか。色々アウトだよね。ま、いいけど。


「戦時中だからね。そういうの承知で皆戦ってるんでしょ? 君、違うの?」


 こてんと首を傾げてみる。

 ガエンは顔を真っ赤にした。


「そりゃそうだ! じゃなきゃ前線になんか立たねぇよ!」

「それはあの人だって同じじゃない?」

「団長は強いんだぞ! なのにてめぇらがあんな卑怯な手を使ったせいで……!」

「卑怯?」


 何があったのか知らないけどさ、私に言われても困る。後方支援部隊の私は、前線の作戦なんてこれっぽっちも知らないんだもん。


「あんなの卑怯じゃねぇか! 団長の婚約者が裏切ってたなんて……!」


 あの人、婚約者がいたんだ。

 で、アーダムに寝返ったと。

 その時になんやかんやあって、捕虜として運び込まれたって感じか。策士だな、アーダムの将軍。

 とはいえ。


「どういう経緯でそうなったのかは知らないけどさ。裏切るような女を信頼してたほうが悪い。分かったうえで負けて、捕らえられて、捕虜になっちゃっただけ。私のせいでもないし、私は私の仕事をしただけだ」

「うるせぇ……! 捕虜のくせに生意気だぞ!」


 すっごい、ガキ。

 ああ言えばこう言う典型。すごいな。脳みそ足りてる? 相手するのも疲れちゃうんですけどー。


 どうしようかなって思っていたら、タイミングよくまた扉が開く。入ってきたのはくすんだ金髪を無造作に一つで縛っている男性。


「よっす、セト。元気そうだな」

「ドミニク班長」


 なんとびっくり、やっぱりスパイだったか、なドミニク班長だった。二足のわらじ班長ともいう。私がつけた、今決めた。

 そのドミニクにガエンが駆け寄る。あーあ、告げ口? 別にいいけどさ。


「ドミニクさんっ! こいつやっぱり牢に入れるべきですっ!」

「なんでだ。セトはけっこう良い奴だぞ?」

「い、色目を使って団長に取り入ろうとしてるんです! そんな奴、こんなところに置いておくべきじゃない!」

「色目ねぇ……」


 ドミニクが残念そうな目でこっちを見てくる。

 ちょっと。文句があるならはっきり言いなよ。ねぇ、どこ見てんの。胸か? 胸見てんのか? ああ?


「さすがの団長も、こんなちんちくりんに対してそれはねぇよ」

「でっ、でも!」

「団長は巨乳が好きだ。安心しろ」


 ガエンが私を見る。

 それから、はんって鼻で笑ってきた。

 ちょっと待て。


「ドミニク班長」

「ドミニクでいい。もう班長じゃねぇし」

「念のために聞くんですけど」

「おう」

「キョニュウってなんですか」


 ドミニクの顔がギョっとした。ガエンも、私を二度見する。

 女性の容姿を嘲笑できるような、たぶんろくでもない単語なんだろうなって思うんだけど。それを好きだといわれているディオニージに、なんだか軽蔑の気持ちが湧いちゃったので。


 本人がいないところでさ、勝手に悪口聞いて勝手に印象悪くするのって、なんか違うじゃん。だからさ、ここはきっちりみっちり教えてもらおうかなって。


「私の故郷、アーダムじゃないんだよね。だからさ、本当は母国語違ってて。養父に拾われてこっちの言葉を覚えたからさ。まだ私の知らない単語ってあるんだって思ったよ。で、キョニュウって何?」


 私の言葉は養父に教えてもらったものだ。最初は単語から覚えて、養父の話し方を真似して覚えた。言葉遣いが男寄りになってしまったのを養父は申し訳なさそうにしてたっけ。


 十年経った今ではだいぶ言葉に慣れてきたけど、こうして養父が使わなかった言葉とかは知らないままだ。

 なのでここは一つ、教えて欲しいんだけどさ。


 私は笑顔で尋ねる。

 ドミニクがちらっとガエンを見る。

 ガエンはぶんぶん首を振る。


「ガエン、お前が売った喧嘩だ。喧嘩相手に分かりやすく教えてやれば?」

「えっ。いや、あの、ドミニクさんが言ったんじゃないッスか!」

「馬鹿言え! こんな純な子にそんなことできるか! 俺が言ったらなんかやばい! 絵面がヤバい! お前なら年が近いからいけるだろ!」

「嫌ですって! なんで俺がわざわざこいつなんかに!」


 なんでそこで喧嘩してるんだよ。

 私そっちのけでキャンキャン言い合う二人。えー、私そんなに聞いちゃいけないこと言ったの? それとも何? 人に聞くのがためらわれるような単語だった? それなら人に向かって使うのもどうかと思うけど?


 言い合う二人を見て、さてどうしたものかと天井を見上げていたら、病室の扉が開いた。


「廊下にまで声が響いていたぞ」

「団長!」

「ディオ様」


 話しが終わったのか、ディオニージが戻ってきた。部屋の中をぐるりと見渡して、ドミニクに視線を固定する。


「ドミニク、何があった」

「えぇ〜……? あると言えばあったし、ないと言えばないというか〜」


 のらりくらりとするのはドミニク班長の悪いところだな。よし、ここは私が告げ口がてら暴露してやろ。


「ディオ様、質問です」

「なんだ」

「ディオ様はキョニュウが好きだとドミニク様が言ったのですが、キョニュウってなんですか」


 ディオニージがぴしりと固まる。その後ろから、ドミニクがこっそり部屋を出ようとする。あ、ガエンも逃げようとして物音を立てちゃった。ディオニージが振り返る。


「……ドミニク」

「うっす!」

「別に、私は、胸が大きい女性が、好きなわけじゃ、ない」


 あ、キョニュウって巨乳か。ははぁん。なるほどね? ようはドミニクは、ガエンに対して私は騎士団長の守備範囲外だって言いたかったってことか。なるほどなるほど。……腹立つな。好きで胸が小さいわけじゃないやい。


「あ、はは……いや、あの、グランディーネ様はお胸が豊かだったので……団長の趣味なのかなー……って……」

「グランディーネとは政略による婚約で、容姿は関係ない。余計なこと言ってる暇があれば訓練しろ! 潜伏任務で腕がなまってないか、クレートに見てもらえ!」

「うっす!」

「ガエンも行け!」

「はい!」


 ディオニージの一喝で、二人は部屋を出ていった。

 それからディオニージはおもむろに私のほうを振り返って。


「女性は容姿じゃない。気にするな」


 ……なに? 慰められた? 慰められたの?

 待って、慰める対象はなに? 今の会話から胸? 胸のこと?


 私の額に青筋が浮かぶ。

 第二次性徴期はこれからなんだから、黙ってろ!




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