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天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される。  作者: 采火


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28.天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される

 ディオニージはフェデーレにめちゃくちゃ怒られた、らしい。


「行ってこいと送り出したのは僕だけどさ。せめて食事を待ってた僕にひと言ないわけ?」


 お互いに気持が通じ合ったその翌日、領主館に朝帰りしたディオニージは、般若の形相のフェデーレにこってりと叱られたとか。あらためて夕食会を設けてもらった時にそれを聞いて、私はちょっとだけ申し訳なくなったり。


 それでもフェデーレは、私とディオニージが恋人になったことを喜んでくれた。私は嬉しいやら、恥ずかしいやらで、落ち着かなかった。ディオニージはすごく嬉しそうにお礼を言っていたけど。


 それから私は、ガエンにもディオニージと恋人になったことを報告することにした。

 ずっと、ずっと、私に想いを伝えてくれていたガエン。

 彼に、不誠実なことをしたくなかった。





 燃えるように赤い髪はどこに行っても目立つ。

 ガエンが浜で領主軍と一緒に海賊を警戒していると聞いて、私は診療所の昼休みの時間を使って抜け出して来た。


「やぁ、ガエン」

「……セトじゃん」


 ちょっと不機嫌そうな顔。ここ一年くらい、見たことのなかった顔だ。

 その顔を見て、きっと知ってるんだろうなって思いつつも、私は彼を誘う。


「ちょっと時間ある? 話したいことがあるんだ」

「……分かった」


 ガエンはそう言うと、近くの人たちに声をかける。それから視線でついて来いって私に促した。

 向かったのは、石垣の陰になるところ。内緒話にぴったりな場所だ。私もガエンも、石垣を背中にして並ぶ。私は立ったまま、ガエンはしゃがんで。


 澄み渡って青い空と、境界の分からない青い海。それから白い砂浜に、さざめく黒い人影たち。

 美しい浜の姿を眺めながら、私は口を開いた。


「私、ディオ様と恋人になったよ」

「……おう」

「ありがとう。ガエンの、おかげ」

「……おう」


 ガエンは頷くだけだった。

 私はちらりとガエンを見る。ガエンはしゃがんでいて、顔が見えない。頷くだけだから、その感情も読めない。


 私はまた視線を前へと向けた。青い空と、青い海。境界線がどこにあるのか、分からないほどの青い風景。


「話ってそれだけ?」

「うん」

「なら俺、仕事に戻る」


 そう言って立ち上がると、ガエンは真っ直ぐに歩きだした。

 ……嫌われちゃった、かな。


 そうだよね。断っていたとはいえ、ガエンは期待してたんだもの。私の告白がうまくいくわけないって。だから待っててくれたんだと思う。それなのに私は自分だけ幸せになろうとしてる。嫌味にすら思われたのかも。でも私は、ガエンにだけは、ちゃんとけじめをつけたかった。つけて、ほしかった。


 赤い髪の青年の姿が遠ざかっていく。その背中を黙って見送っていると、くるりとガエンがこちらを向いて。


「俺が贈ったもの、全部捨てろよ!」

「え?」

「団長に失礼だろ!」


 そう言って、ガエンは走っていった。

 走って、行ってしまった。


 ちょっと、さみしい気持ち。ガエンと仲良くなった頃、私はいつまでもガエンと友達でいられると思ったんだけどなぁ。こうやって走り去られてしまうと、やっぱり関係が変わってしまったんだと実感してしまう。


 恋って、難しい。

 恋も友情も、どっちも大切にしたかったって言えば、欲張りなのかな。


 ガエンからの手紙だって、大切なものだ。彼の想いが詰まっている。それを捨てることは勇気がいること。でも彼の言う通り、それを持ったままでいるのはディオニージ二失礼かもしれないとは思っていて。


 捨てる勇気もないのにガエンを振ってディオニージを選んだのは、私の傲慢さだ。

 ガエンの言う通り、貰ったものは全部、捨てよう。捨てなきゃきっと、ガエンも私への想いを断ち切れないのかもしれない。そう、思って。


 私は青い風景をじっと目を凝らして眺めた。

 青い空と、青い海。混ざって見つからないと思っていた境界線は、よくよく見ればほんのりと濃淡が違っている。

 境界線の輪郭を目に焼き付けて、私は診療所へと戻った。




 ◇   ◇   ◇




 時間は目まぐるしく進んでいく。

 想いが通じ合った私は、ディオニージが王都へ戻るのを見送ると、せっせと診療所の仕事を頑張った。


 とにかく、診療所の薬の在庫を潤沢にすることに注力した。なぜって? 今年の月の日は王都に行って、ディオニージと一緒に過ごすためだよ!


 そしてそのまま王都に滞在して、夜の季節の半ばくらいにある二級薬師試験を受験する気満々だ。二級薬師は新種の薬草や新薬の調合に関わる知識も問われるらしい。そういうものは王都じゃないと勉強できないって、マリオ先生に言われたからね。


 そのマリオ先生に、長期不在する代わりの課題として出されたのが各種薬品の在庫化だ。長期保存できるものを中心に、色々と作らされている。


 そういうことで、せっかく借りた家なんだけど、長期不在を理由に引き払うことにした。満喫していた一人暮らしも一瞬だった。王都出立に合わせて引き払い、荷物は領主館の離れに移してもらう手筈になっている。


 そんな感じで忙しくしていた私だけど、いよいよ王都へ向けて出立し。

 昼の季節の終わり頃、夜の季節へ移り変わるより少し早く、ディオニージのもとへやって来た。






 夜の季節、月の日は、基本的に家に引きこもる人が多いけれど、当然例外もある。

 それが騎士だ。


「騎士になってから、この日はいつも仕事だったからな。なんだか不思議な気持ちだ」


 しみじみとつぶやくディオニージは、王都の屋敷の談話室のソファーですっかりとくつろいでいる。お酒のグラスをゆらゆらと揺らして香りを楽しんでいる姿がめちゃくちゃかっこいい。私はその様を眺めながら、せっせと腕を動かした。


「仕事、抜けちゃって大丈夫?」

「今年はクレートに任せている。基本、独身の奴らで回してもらっているしな。だが、毎年騎士団長が不在というのも体裁が悪い。だから、来年は……」

「だめだめー、来年の話は来年しよう!」


 申し訳なさそうな顔になるディオニージの言葉を遮った。せっせと腕を動かすのもやめない。しゃかしゃかしゃか。


「そうだな。来年のことは来年にしよう。……ところでアユカ。アユカはさっきから何をしているんだ?」


 ディオニージの視線が、床にぺたりと座り込んだ私の手に向いている。私はにんまりとその手の物を見せつける。


「バターさ。月の日はいつも、フェデーレと話しながらバターを作ってたんだよ」

「ばたー?」


 不思議な顔をするディオニージに、私はしゃかしゃかと瓶を降りながら頷く。これが私とフェデーレの恒例行事なのです。


「バターができたら、ディオ様にも美味しいもの食べさせてあげるね」

「それは食べ物なのか」

「油の代わりになるんだ。普通の油よりも、味がまろやかになるんだよ」


 ただ卵焼きを作るだけでも風味が変わるし、芋にかけて塩を振ったらもう最高。砂糖さえ手に入れば、クッキーだって作れる。

 アルゲ出汁よりも無限の可能性を秘めているバター。その難点は、根気と体力と時間がいるってことです。なので普通の日に作るのはわりとしんどい。月の日の引きこもってる時に作るくらいがちょうどいいんだ。


「アユカは本当に色んなことを知っているな。……食べ物ばかりな気もするが」


 ディオニージの視線がテーブルに向く。テーブルの上には私がレシピ提供したフライドポテトやポテトチップスが並んでる。私は瓶をしゃかしゃかする手を止めて、ポテトをつまむ。


「だって、食べ物だけは駄目だったんだ。他の色んなものは諦められたけど……食べ物だけは、諦められなかったんだ」


 つまんだポテトを持って立ち上がり、ディオニージの口もとへ寄せる。ディオニージは大人しく口を開いて、ポテトを咀嚼した。私は指についた塩をぺろっと舐め取る。


「これがアユカの故郷の味か」

「これが故郷の味って言われると微妙だけどね。どっちかというと、アルゲのほうが故郷の味だよ。伝統の味だから」

「あれか……いまいち旨さが分からん……」

「日本の味は繊細だからねー」


 やっぱりディオニージはアルゲの美味しさにぴんとこないみたいだ。そういう私も、小さい頃は味が薄くてあんまり美味しくないと思っていた。大人になって、二度と食べられないはずだったものに再会して、ようやくあの美味しさに気がついた。失ってみなければ分からない、故郷の優しい味。


「……アユカは今、何したい?」


 しみじみとアルゲに想いを馳せていたら、ディオニージが優しい声で尋ねてきた。

 それはいつか、私がサロモーネに来たばかりの頃に聞かれた言葉と同じで。


 ソファーに座ったままのディオニージを見下げれば、黒曜石の瞳が甘い熱を宿しながら、私を優しく見つめ返してくれる。彼の腕が伸びて、私のお腹へと回された。力を抜けば、彼の膝の上へ引き寄せられる。私は甘えるように彼へ抱きついて。


「やりたいこと、いっぱいあるよ。まずは二級薬師になる。私、騎士団の専属薬師になって、ディオ様や皆の力になりたい」

「それは初耳だな。店を開きたいんじゃなかったのか?」

「店はマリオ先生みたいに老後の楽しみでもいいかなって」

「そうか」


 ディオニージが楽しそうに目を細める。

 私もつられて笑う。


「やりたいこと、まだあるよ。アルゲのレシピを改良したいし、故郷の味がもっと再現できないかやってみたい」

「それは良いことだな。美味いものができたら食わせてくれるか?」

「もちろん! 味噌ができたら……そうだなぁ、毎日お味噌汁を作ってあげる」

「なんだ、そのオミソシルというのは」


 不思議そうに首をひねるディオニージに、私ははにかんだ。だって、ねぇ? 通じないのを承知で言ったんだけど、実際に聞き返されちゃうとさ、やっぱりさ、恥ずかしいよね?


「お味噌汁はね、私の故郷のスープなの。家庭の味の代表格。……お父さんは、お母さんにこれでプロポーズしたんだって」

「どういうことだ?」

「毎日、お味噌汁を作ってくださいって。……毎日、あなたのお味噌汁が食べられるような関係に、なりたいです、って」


 大工で、口下手だったお父さんの、渾身のプロポーズだったらしい。毎日毎食出てくる味噌汁にうんざりしてた時もあるけど、今思うと、とても恵まれていたんだなって思う。二度と食べられないと分かっていたら、お母さんの味噌汁をもっといっぱい、飲んでいたのにね。


 懐かしいなぁと思っていたら、ディオニージが私を抱きしめる腕に力を込めた。


「ミソができるまで待っていられないな」

「へ?」

「そんな可愛いことを言われたら、俺だって欲がでると言うことだ」


 どういうこと? と首を傾げていれば、ディオニージの掌が私の頬へと添えられる。

 私はその手に、自分の手を重ねて。


「今度、靴を買いに行こう」

「靴? なんで?」

「男性が女性に靴を贈るのは、この辺りの求婚の風習だ。どんな靴を贈るかで意味も変わるが……アユカは踵の高い靴が良さそうだな」

「え、なんで?」

「身長が低いのを気にしてるだろう?」


 めっちゃ全力で頷いた。

 それを見たディオニージがくつくつと喉を震わせる。

 それから唇を私の耳へと寄せてきて。


「踵の高い靴を贈る意味はな、私は貴女を守る、だ」


 私はびっくりして目が丸くなる。そのままディオニージが、不意打ちとばかりに私の額へと口づけて。


「俺に贈らせてくれ」

「もちろんだよ!」


 私は嬉しさのあまりに、ディオニージの首に腕を回して抱きついた。


「ずっと守ってよ、私の騎士様」

「言われずとも」


 今度は私の唇に、優しく口づけてくれたディオニージ。

 私はますます嬉しくなって、もっと、ぎゅうっと、ディオニージにくっつく。






 日本にいるお父さん、お母さん。

 サロモーネにいるフェデーレ。


 私を育ててくれたあなたたちに伝えたい。


 私はこの世界で、素敵な人を見つけたよ、と。





【天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される。 完】



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