23.三級薬師試験
今日はいよいよ三級薬師試験だ。
まともに勉強できていない日が続いていたけど、それから脱却した私はもう無敵だ。頭スッキリ、どんな難問にでも答えられそうな気がする!
「それじゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
フェデーレに見送られて、屋敷を出る。ちなみにディオニージは夜勤だったらしいので、私と入れ違いで帰ってくる予定。夜勤でよかったよね。昨日、ディオニージへの恋心をガエンにバレた状態で顔を合わせていたら、平常心がまたどこかに飛んでいっていたと思う。
私は試験会場を目指して悠々と歩く。昼の季節が始まったばかりだから、すごく過ごしやすい気温だ。風がそよそよとワンピースの裾を膨らませる。
王宮の一般開放区域に入った。私は受験番号を受付で見せて、建物へと入る。
三級試験は筆記と実技だ。筆記は主に経営関係の問題、実技は調合の難しい上級薬品が出題されるらしい。
経営関係も基礎はちゃんと学びきった。フェデーレ的には不満そうだったけど、マリオ先生から借りた教材の感じだと、かなりレベルの高いことを覚えさせられている気がするんだよね。試験でそれが役立つかはこれからだ。
試験会場で着席をして待つ。試験官がきて、紙、ペン、インク壺を配布しだした。そして口頭での問題出題。
試験を受け始めて、さっそく経営関係の勉強をフェデーレから受けて良かったことが一つ、見つかった。
言葉のイントネーション。教本だけで学んでいたら、耳慣れない言葉は認識できずに設問を聞き逃してしまいそうになる。ある意味、フェデーレの勉強は役立ったわけだ。
さくさくとメモを取りながら試験を進めていく。
だけど最後の設問で、私は眉をひそめてしまった。
「問い十。難病を患った患者がいます。治療には希少薬を使うためお金がとてもかかりますが、一生かかったとしても患者はその額を払えません。あなたは薬を作ることが可能です。しかしそのための材料は非常に高価で、薬代を徴収できない場合は店の経営が破綻します。この場合、どうしますか」
意地の悪い問題だ。
店を捨てて患者を助けるか、患者を捨てて店をとるか。
ちらりと顔をあげれば、受験生みんなが頭を抱えてる。そうなるよね。どっちを取っても困る。店が成り立たなければ薬師としての道は止まってしまうし、患者を切り捨てれば薬師としてのプライドが問われる。
薬師として店を構えるなら、その覚悟をしろってことかな。
私は考える。ペンのおしりをくるりとまわす。
フェデーレの講義がこんなところで役立つなんて。
私はペンにインクをつける。
問十。
難病患者を助けるか、店の経営継続を優先するか。
解答。
一、常時、高価医薬品積立として、代金原価と利益に上乗せして事前にそなえる。
二、寄付金を募る。
三、上記二点の差分が分割で支払い可能か審査。(踏み倒される可能性もあるので、連帯保証人必須。)
四、以上をもってしても支払えないと判断した場合、代替治療を提案。寄付金は代替治療代へと充当。
私が考えられる限りの最善は、こんな感じだろうか。
日本でも、難病の子供に向けて募金や寄付がたくさんあった。そういうことを、この世界でもやっていいんじゃない?
綺麗事だと言われて、試験に落ちたら落ちた時だ。でもたぶん、フェデーレも似たようなことを言うはずだ。最善を尽くしても駄目なら次善の策を。その繰り返し。
試験官が終了の声を上げる。
手応えはまぁまぁ。
午後からは実技試験。
油断なく、頑張ろう。
無事、試験が終わった。
試験結果が出るまでの数日間、フェデーレが出かけたいと言うので、それに付き合った。
向かう先は王立図書館だ。そこでひたすら、フェデーレが領地に持ち帰りたがっている本を写本させられた。当の本人は「書くよりも早いから」とひたすら読書。私が写本している分も読んでよ、って言ったら「君が写本したら領地で読めるから」とか言って取り付く島もなかった。ひどい。
一日で写本できる量なんてたかが知れている。薄いものなら数冊、分厚いものなら一冊。私はフェデーレが指定する本をひたすら写本した。ペンだこができるんじゃないかなっていうくらい、ペンを握ったよ。
そうして数日過ごし、三級薬師の合格発表日。
私はフェデーレと一緒に王宮の一般開放区に来た。図書館もこの一般開放区にあるので、合格発表を見たらそのまま図書館に行く予定。
試験結果が貼り出されている掲示板を見る。
私の受験番号は、と。
「よしよし。さすが僕の娘だ」
「ちょっと、偉そうな顔しないでよ。恥ずかしい」
フェデーレが鼻高々で胸を張る。みっちりと詰めこまれた経営の勉強が利いたのか、私は三級薬師試験もまた首席合格をしていた。しかも満点。
「次席とは筆記で五点差か。あれかな、問い十の分かな」
「難しい問題があったのかい?」
「難しいというか、答えにくい問題?」
ちょうどいいからフェデーレの解答も聞いてみたいなー、って思ってたら、私たちのすぐ後ろにいた青年が怒り狂ったように叫びはじめた。
「不正だ! これは不正に違いない! この僕が次席だと!? 満点合格なんてあるわけがない! 陰謀だ! この薬師の恥さらしめ!」
え、それってもしかして私のこと?
私はフェデーレと顔を見合わせる。とりあえずなんか叫びまくっている青年からは一歩離れた。合否を見に来た他の人たちも、迷惑そうな表情で彼を避けている。
「これは絶対に不正だ! 満点があるのであれば僕の解答だって完璧だっただろう! 意義を申し立てる!」
うわ、めんどくさそうだ。
意義を申し立てるのは採点者? それとも私? 青年は合格者用の受付所に堂々と怒鳴り込みに行ってしまった。
「あー……どうする? フェデーレ」
「面倒になる前に片づけようか」
おぉ……にっこり笑っているけど、フェデーレの目が笑ってない。間違いなく怒ってる。そりゃ、言いがかりにもほどがあるような論を間近で聞けばねぇ。しかもその火の粉が私に降りかかってきそうな勢いで。
あーあ、と思いながら、杖をついてゆっくりと歩くフェデーレの歩調に合わせて、合格者用の受付へと向かう。
「これは不正に違いない! このアユカ・セトという人間は何らかの方法で不正をしたんだ! そうでなければこいつが満点で、僕が九十五点なんてあるわけがない!」
うわぁ、めっちゃ白熱してるぅ。
あそこに割り込みたくないよぅと、フェデーレを見るけれど、行ってこいと無言の笑顔で圧力をかけられた。背中を押されるおまけ付き。容赦がない。
なんで受付窓口は一個しかないかなぁ。まぁ、合格者自体が少ないからだろうけど。私は渋々、不正がどうのこうと叫ぶ青年の脇から、受付の男性に声をかけた。
「あのー」
「は、はいっ」
「合格したので資格書を頂いてもいいですか?」
窓口の男性が救世主に出会ったかのような表情になる。うん、めっちゃいちゃもんつけてくるクレーマーって厄介だよね。ほんと、私なんかが満点合格しちゃったばかりにごめんね。
私は窓口の男性が資格書と受験番号札を交換する手続きに入ったのを見て、騒ぎを起こしていた男性を見る。
「貴方もこんなところで大声を上げては他の受験者に迷惑ですよ」
「なんだと? そういう君こそ、横入りは迷惑だと思わないのかね」
「やだなぁ、普通に手続きしてる人のところに横入りはしませんよ」
秘技、大人のスマイル。でも悲しいかな、私は成長しても身長がちっちゃいままだから、フェデーレからしてみるとただの愛嬌になるらしい。大人ってむずかしい。
それでもないよりはマシだと思って笑顔を浮かべていたら、受付の奥から窓口の男性と一緒に、筆記試験の時に試験官だった男性がやって来た。
「アユカ・セトは……貴女ですか」
「あ、はい」
「お前がか!?」
試験官に名前を呼ばれて、つい返事をしてしまった。面倒くさいことに、隣のクレーム野郎もばっちり聞いてしまっていた。胸倉をつかんできそうなくらいの憤怒の形相でこっちを見てくる。
「試験官! 合否の再検討を申し出ます! この女は絶対に不正をしました! じゃなければ満点合格などできるはずがない!」
「黙りなさい、二コーロ・コレッリ。彼女に不正はない」
「なぜそう言い切れるんです!」
「筆記試験の解答が完璧だったからだ。こちらの想定を上回るほどにな」
おっと、これはよろしくない感じがするぞ。
私はちらっと少し離れたところにいるフェデーレを見る。フェデーレはにこりと笑ったままで、まだ何も言わない。いいんだけどさ……。なんていうか、このまま黙っていると、おかしなところに話が行きそうな気がするんだけど……。
「試験官の想定を上回る? そんな解答があり得ると?」
「あり得たんだ。だからこそ、彼女は見事満点合格となったんだ」
次席合格者ニコーロの納得いきませんという問いかけに、試験官は頷く。
「まず、君はどの問題で点数を落としたと思っている」
「最後の問題でしょう」
試験官はこれにも頷いた。なんだろ。この二コーロっていう男、すごい自信に満ち溢れてるな。ケアレスミスとかした可能性は考えないのかな。
「君はそれに何と答えた」
「あれは他を救うための薬師としての心構えがあるか、利己的な思考で試験に臨んでいるのかを問う問題だ。当然、店よりも患者を救うと答えました」
おおう、あの意地の悪い問題ってそういうことだったのか。それなら店を捨てても患者を救うと解答するべきだったのかも。
でも現実問題として、そう解答したニコーロが減点され、私が満点だ。
試験官はうんうんと頷いている。
そしてここからが本番だと言うように真っ直ぐにニコーロを見据えた。
「その具体的な方策は?」
「具体的……? 書いてはいませんが、薬の材料、作り方を知っているのであれば、薬を作って助けます」
「そうだな。事実、他の受験生の大概がそう答えた。だが、彼女は違う。君、解答を覚えているかね」
うわ、こっちに振られた。
私は居心地の悪い中でおずおずと後ろを振り向く。フェデーレが良い笑顔で親指を立てていた。口パクしている。「かましたれ」? 何をだよ。
仕方ない、さっさと場を収めるためにも簡潔に解答する。
「店舗として事前に高価薬のための備蓄を持つこと、難病患者のために寄付を募ること、差額を分割払いさせること、それでも無理な場合は代替治療を患者に提案、と書いたはずです」
「な……!?」
「店を継続させつつ、患者に寄り添う。実に興味深い解答だった。どうしてその答えに行き着いた?」
どうしてって。
「患者にも選ぶ権利があるからです」
「ほう」
すべての人を助けるのは理想的だ。だけど自分の身だって滅ぼすわけにはいかない。店を潰して、今後何人、何十人、何百人の人たちを助ける可能性を潰しちゃ駄目だ。
その上で目の前の助けを求めている人に向き合うべき。完璧じゃなくても、その人が納得できるところで治療すれば良い。
私たちは薬師だ。医者じゃないし、ましてや神様じゃない。
この世界に、万能回復薬のような便利なものがあるせいで、どんな病気や怪我も治せるような存在に思われるかもしれない。でもそれは違う。本来なら薬だって万能じゃないんだ。
私の身体のように、薬が毒にだってなることもある。
「患者に選ぶ権利だと……? そんなもの、薬が欲しいから薬屋に来るんだろうが! 最初から薬を欲しくて来ているんだろう!」
「これは尊厳の話さ。君は不治の病が治療できるなら奴隷になってでもお金を支払う? 患者を治すために自分が奴隷になってお金を払う? 私はどっちも嫌だけど」
大枚はたいて治療した患者が奴隷になって酷使されて死んでしまうくらいなら、私は別の手段をとるよって話。当然、自分が奴隷になるのも嫌だし。
「それなら、完治できなくても、患者に猶予を与えたい。痛みを取り除くとか、病気の進行を遅くするとか。そういうことだってできるはずだ。その上で患者に選んでもらう。私たちが助けるか助けないかを選ぶんじゃない。患者の身体は患者のものだ。彼らが選ぶべきでしょ?」
そう言い切れば、二コーロは絶句したようだった。試験官がぱちぱちと拍手を送ってくる。フェデーレは後方でよくできましたと言わんばかりの満面の笑みだ。
三者三様の中、私はそわっとする。すごい演説かましちゃったけど、それがきちんと実現できるかはまた別だ。
そわそわとしていれば、拍手をしていた試験官が私のほうへと向き直る。
「実に素晴らしい解答だった。私たち現職の薬師も襟を糺させられる解答だったよ。さぁ、これが資格証だ。持っていくと良い」
「あ、ありがとうございます!」
「それと、これは私の推薦状だ。ぜひ君のような逸材は宮廷薬師まで昇ってきてほしい」
そう言って、資格証の他に手紙も渡される。私はひぇええって思いながら受付を離れて、フェデーレのもとへと戻った。
「よぉーし、あのクソ生意気そうなガキの鼻っ柱をよく折った!」
「クソガキって……あの人、私よりちょっと上くらいじゃないの?」
「僕からしたらクソガキだよね」
フェデーレは満足気に私の頭を撫でる。まぁ、フェデーレのお眼鏡にかなったから良いか。
「ちなみにフェデーレだったら、あの問題、なんて答えた?」
「問題内容は患者をとるか、店の存続をとるかって話だっけか。まぁそれなら……薬師試験なら患者を取ると回答したうえで、患者の経済状況に合わせた薬を提供する、かな。だけどこれだと僕も満点はもらえなさそうだ」
「え? そう?」
「試験だからね。あのガキも言っただろ? 薬師としての心構えを問う問題だったって。寄付とか分割後払いとか、そんなことまで書かないさ」
言われてから気がついた。私、問題文で問われたことに対して、過剰に答えていたんだ。その分の加点をもらえたからこその、満点と。
「ま、それで満点を貰えたなら、それが正解ってことさ」
フェデーレの言葉に私も頷く。
何はともあれ、三級薬師試験に合格したわけだ。
次の目標は、二級薬師試験。
ガエンに宣言したからね。二級薬師になるって。
私はふんすっと気合を入れ直す。
それから資格証と一緒にもらった推薦状をちらりと見た。
宮廷薬師かぁ。
かっこいいとは思うけど……。
フェデーレを見る。
アーダムの時の話だけど、国の真ん中はひどく面倒くさいって、フェデーレはよく話していたっけ。ディオニージだって、騎士団長としていつも忙しそうだ。それを見たり聞いたりしちゃうと、宮廷薬師になるのに必要な一級薬師資格までは別に良いかなって思う。
この推薦状はお蔵入りになりそうだ。




