21.告白
フェデーレの言いつけで、少しずつ女性として見た目を変えていくことになった。
ので、せっかくお尻が隠れちゃうくらい伸びていた髪をばっさりと肩口で切りそろえてもらった。切ってくれた使用人さんは「せっかくの髪があああ」と全力で泣いていた。
胸はさらしを巻いて極限までつぶす。ちょっと息がしづらくて苦しい。二週間単位でさらしを一巻きずつ緩めていく方針だ。せっかく胸が大きくなったのに、このさらしで小さくなっちゃったらどうしよう……。
服装も、今はまだいいけど、徐々に子供服から女性服を着る機会を増やして行けと言われた。どうしよう、どんどんお洒落さんになっていく。急に色気づいて、とか近所の悪ガキに言われたらどうしよう。大人のお姉さんの色気で悩殺してやろうか。
その近所の悪ガキ筆頭のガエンと言えば。
「ガエンー、昨日は服、ありがとうね」
「お、おおおおう!?」
めっちゃ私を見ると目をそらすようになってしまった。なんで。
「ガエンー? なんで目を反らすの、ガエンー?」
「うううっるせぇ! 反らしてねぇし!」
「そう? はいこれ、昨日の服」
「お、おう……」
昨日あんなことがあったからと護衛に来てくれたガエンに、貸してくれた服を返す。ガエンはぎくしゃくしながら、私から服を奪うように取り上げた。あれだ。餌をしゅばっと取っていく動物みたいだ。
「……あの、さ。セトのそれ……」
「それって?」
「……団長が、セトはずっと成長が止まってたって聞いたんだけど、マジ?」
私は目を瞬いた。
そっか、ガエンには伝えてなかったもんね。
「マジだよ。って言っても、身長とか変わんないから自分じゃ分かんないんだけどさ。あ、でも胸は大きくなった」
「女がでかい声でそんなこと言うな!」
なんか団長とおんなじこと言われた。今はそんなに大きな声でもなかったと思うけどな。
「分かってるよ、ガエンの前でしか言わない」
「俺の前でも言うなよな!?」
「え? 駄目?」
「駄目だ!」
残念だ。私はもっとこの大きくなった胸を自慢したい。だって私だけ成長しないのに、周りのみんなは発育よく育っていって、大人のお姉さんになっていくんだもん。アーダムにいた頃、それがすごく羨ましくて。
私はどうやったらこの胸の自慢ができるのかと考える。
見よこの胸を! ってババーンしたらただの変質者だもんな。やっぱり服装? 服装をちょっとずつ大人にしていくべきか。
「よし、ガエンと次に会う時までに、大人のお姉さんになってやろっと」
「……その小ささじゃ無理じゃね?」
「なにおう!」
小さいって何がですかー! 胸ですかー! 身長ですかー!
こうなったらガエンが悩殺されちゃうくらいな美人なお姉さんにやってやるー!
そう思ってメラメラと闘志を燃やしていると、ガエンがほっとしたように息をついた。
「なんつーか、ちょっと安心したわ」
「ん?」
「見た目が変わったし、セトのほんとの歳を聞いて身構えてたけど……セトはセトだな」
「どういうこと」
「中身はお子ちゃまだってことだ」
ちょっと!? 私の年齢聞いたんだよね!? 私のほうがお姉さん! おーねーえーさーんー!
七つも年下のガエンにお子ちゃま扱いされるなんて。やっぱり私は大人の女性計画を着々と推し進めないといけないみたいだ。
今に見ていろ、ガエンめ。
そのうち大人の女性の魅力で、ガツンと認識を変えてやるんだからな!
海賊騒動がひと段落したら、私を攫おうとしてた人たちの処遇も決まったらしい。彼らはやっぱり海賊の一味の人たちのようで、余罪をきっちりかっちり調べられた。
で、最終的に奴隷に落とされて、どこかの鉱山に送られることになっているらしい。知識としては知ってたけど、実際にこの世界にも奴隷がいるんだと実感した瞬間だった。
ディオニージたちも海賊騒動が終わると、領主軍や自衛団の警備強化体制を再構築し、王都に帰っていった。次に会えるのはまた年を越したあとになるだろうと言っていた。騎士団長として忙しいディオニージは年に一回か二回、この領地に顔を出せれば良いほうらしい。
騎士たちが帰ったあとは、日常に戻る。
海賊からの仕返しが来るかもと警戒態勢を敷いたり、船職人が偶然手に入った大きな海賊船を研究したり、私は浜に行くことを禁止されたり。
入手が安定してきたので、昆布の取引は領主館が正式に行ってくれることになった。今まで網にちょこちょこと引っかかることでしか入手できなかったアルゲだけど、海賊船が停まっていたあの入り江。あの辺りでアルゲの生息地帯が見つかった。
まぁまぁ深いところの岩に寄生するようにしてアルゲは生えていた。この生え方を見た植物学者たちが「アルゲは苔の一種……?」とか言い出して、このアルゲに『海苔』と名付けた。なんか違う食べ物になったような気がする。私は今まで通り、昆布もしくはアルゲと呼ばせてもらおう。
アルゲ出汁料理のレパートリーも着々と増えている。
とうとう理想の茶碗蒸しとおでんを作ることに成功した。茶碗蒸しは具材にかまぼこっぽい何かやきのこをいれることで、ぐんっと日本の茶碗蒸しに近づいた。おでんも、干物魚から出汁っぽい何かが抽出されたので、それとアルゲ出汁を混ぜ合わせることで、深みのあるおでんの出汁が出来上がった。今年の月の日は染み染み大根もどきと染み染み卵と、竹輪の代わりに染み染みかまぼこっぽい何かでおでん大会をした。フェデーレが大絶賛したので、夜の季節の風物詩として食卓によくのぼるようになった。
そんな感じで、アルゲの研究に精をいれ、たまにやってくる海賊によって突発的に増える怪我人を診療所で看る日々。
瞬く間に一年が過ぎていって、私の髪も肩くらいまでだったのが、ちょっと複雑な編み方もできるくらいに伸びた。
胸のさらしもすっかりとれて、服装もフェデーレプロデュースで女性らしいものを着るようになった。ご老人の溜まり場となっている診療所では「セトちゃんもすっかり美人さんになっちゃって〜」と注目のまとだ。もう男の子に間違われることもない。
順風満帆にいっていた私だけど。
三級薬師試験に必要な、店舗運営、経営の知識。
フェデーレから合格をもらえず、べそをかきながら勉強する日々でもあった。
今もまた、夜の談話時間が鬼教師フェデーレの三級薬師試験対策会になっている。
「わからん……わからん……」
「分からなくない」
私は知恵熱が出そうなくらい頭をぷすぷすさせていた。
マリオ先生が貸してくれた三級薬師向けの教本、字が汚いのをなんとか読解して自分なりにまとめなおして覚えたんだけど、それだけじゃ足りないってフェデーレ直々に講義が始まったんだよね。それがことの始まりだった。そこから毎日あれやこれやと談話室でフェデーレが教鞭を執るようになってしまった。フェデーレは学校の先生にでもなればいいと思う。
ぐずぐずしながらフェデーレの出す問に回答していく。回答できなかったら延々と解説される。地獄の時間だ。薬草と違って話を聞いても面白くないから眠くなる。夜だもん。このまま寝させてほしい。
「こんなんじゃ三級に合格できないぞ」
「マリオ先生、あれで合格したもん……」
「よそはよそ、うちはうち」
「ぴぎぃ……!」
鬼だ、本当に鬼だぁ……!
べそべそしながらも、フェデーレの話をメモして、教本を充実させていく。ああ、アルゲのこととか薬草のこととかだけ考えて生きていたい……!
「よし、今日はこんなもんかな。明日からは復習だからな」
「明日からって……明後日にはガエンたちが迎えに来て、私は王都に行くんだけど?」
「今年は僕も着いて行く」
え。
「なんだよ、その顔は。すごーく、嫌そうなのが顔に出てるぞぅ」
「え、いや、そんなことは……」
そんな話聞いてない。フェデーレが領を出ても大丈夫? 領主館の仕事まわる? というかなんでフェデーレは王都に行くの?
「フェデーレは王都に何か用が……?」
「用がないと行っちゃいけないのか? たまの息抜きだよ。僕だって王都の最新の本を読んだり、美味しい食べ物を食べたいしね」
左様ですか。
観光目的かぁ。いいんだけどさ。いいんだけどさ、私の道中の平穏がぁ……!
「そういうわけだから、道中もみっちり勉強できるね」
「やだあああ!」
試験前の息抜きにもなる旅程が、一瞬で修羅の道になった。
予定通りガエンたちが迎えに来てくれて、王都へと出立する。
今回はフェデーレもいるので、馬車の人口密度がちょっと高めだ。私はフェデーレの特別授業でぷすぷすと湯だつ頭を休めるため、休憩時間になると馬車を真っ先に抜け出す。馬車に乗りたくない、もう少し休みたいとごねれば、ガエンに担がれて馬車に強制送還された。裏切り者め!
そんなガエンはますます男前になっていた。まだ成長するのかこいつ、と思った私は悪くない。
すらりと伸びた手足に、健康的な色合いの肌、無駄のない筋肉。それはもう、宿を取ろうと町や村に寄れば女の子たちが色めき立つほどだ。涼しそうな顔をしてるけどさ、数年前には子供にも容赦なく蹴り飛ばすやんちゃ男だったんだよね。誰も信じてくれなさそうだ。
そんなガエンが、休憩を少しでも引き延ばせないかとちょろちょろうろうろしている私の首根っこを捕まえに来た。
「セトー」
「あ〜、ガエン〜! 後生だから、後生だから見逃してぇ!」
「そんなこと言われてもなぁ」
王都入り目前の最後の休憩だ。絶対王都についたら監禁状態で勉強させられる。今しかないんだ。最後の自由は今しかないんだ……!
ガエンに泣きつけば、彼は困ったように肩を竦める。だめだ、こいつは私の味方じゃない気配を察知!
かくなる上はどうしてくれようかと考えていると、ガエンが不思議なことを言い出した。
「セトが俺の婚約者になってくれるならいいけど」
「は?」
今なんつったこの男。
空耳か? と思って振り返ったら、ガエンがぐっと顔を近づけてきた。
びっくりして一歩後ずさる。ガエンが一歩迫る。私はまた一歩下がる。
「なんで逃げるんだよ」
「え? あ、いや、それは、そのぅ……」
背中が木にぶつかってしまって、後ろに下がれなくなる。三年で身長がぐっと伸びたガエンは、私の頭上に腕をついて、私を見下ろしてくる。
「俺、けっこう優良物件だと思うけど」
「優良物件って」
「セトの秘密も知ってるし、騎士だから稼ぎも良い。長男だけど、家は弟が継ぐからめんどくさい縛りもない。セトが薬師として働きたいなら、別に文句も言わねぇ」
私は絶句した。確かにめっちゃ優良物件だ。聞くだけなら優良物件だ。だけど待って。ちょっと待ってほしい。なんでそんな話になったのか、まずはそこから教えてほしい。
「あ、あの、ガエン? なんで今、そんな話を言い出したの?」
「なんでって、セト、このままじゃ行き遅れるだろ。本当の年齢、俺なんかよりずっと上とか聞いてねぇよ」
「そりゃ、まぁ、聞かれなかったし……って、じゃなくて、行き遅れだからって、ガエンが私をもらう必要、なくない?」
そう、それ。そこだ。
私が行き遅れる云々は私の話で、ガエンに関係ない。関係ないから、別にガエンが私を嫁にもらう必要もないわけで。
「お前、本気で言ってんの」
「何が」
「必要かどうかじゃなくて、俺がしたいと思ってんだよ。この鈍感」
ど、鈍感って……。
かまされた罵倒にむっと唇を尖らせる。
そうしたら、またぐっとガエンの顔が近づいてきて。
睫毛長い。目が近い。吐息が触れる。
そんな距離で、ガエンは。
「俺、セトのことが好きだ」
炎のように情熱的な瞳で、私を見つめた。
※この作品のヒーローはディオニージです。
 




