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天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される。  作者: 采火


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19/28

19.父神の奇跡

 もう一足、入り江の岩の隙間を狙って靴を落とした。

 名づけてシンデレラ作戦。シンデレラが落としたのはかたっぽのガラスの靴だけどね。私は大盤振る舞いして、両足とも落としちゃうよ!


 私を攫ったこの人攫い。たぶん海賊の一味なのかな。手際が良すぎるというか、タイミングが良すぎるというか。


 隠れるように停泊している船は、漁師の船なんか比べ物にならないくらい大きい。そもそも帆船だ。この世界にこんなにしっかりした船があるなんて、思ってなかった。


 さすがに海に行かれると困ると思って、船に乗せられる前にひと暴れしたけど、非力な私じゃどうにもならなかった。


「よし。目的は果たしたな。兄貴に合図を出せ」


 私は船の底に放り込まれた。ぐるぐるの簀巻きにさせられるのかと身構えたけど、梯子のない船の地下室に閉じ込められただけだ。突き落とされた場所に格子がはめられる。

 あぁもう、最悪。こういう状況、苦手すぎて冷や汗が出る。


「い、家に帰して!」

「せっかくの売りもんだ。帰すわけねぇだろ。黒髪の子供は天降り人だって言えば、それなりに買い手がつくからな。いい儲けなんだ」


 またここでも天降り人。

 そんなに天降り人が珍しいのか。それとも天降り人の知識が欲しいのか。


 私は一度、目をつむる。深呼吸をする。考えろ。何が最善か。何が勝利か。どうすれば私のほしい結果になるのか。そのための布石を考える。

 瞼を押し上げる。私が今一番欲しいものを明確にする。私が今一番欲しいもの。――それは時間だ。


 顔を上げる。格子の向こうでにんまり笑って私を見下ろしている男と目が合う。


「天降り人が欲しいの?」

「あぁ?」

「天降り人が欲しいのかって聞いてんの」


 私は立ち上がる。立ち上がって、こちらを見下げる男を見上げた。


 笑え。笑え、笑え、笑え!

 笑えば余裕を見せられる。怯えを悟らせてはいけない。こちらに有利になるように話を運べ。フェデーレがいつもやっている方法だ。


「天降り人がいるらしいよ」

「は? 何を言ってる」

「このサロモーネに天降り人がいるらしい。最近、新しいものをもたらしてくれたんだ。出汁っていう技術。海のものから作るらしいよ」

「……で? 何を言いたいんだ」

「連れてきてあげよっか」


 舌打ちされる。

 ガンッ、と格子を蹴られた。


「戯れ言は寝て言え」

「騎士団は知ってるよ。騎士団長が匿ってるらしいんだ」

「それがどうした。騎士団とは表立ってやり合うなって兄貴に言われてるんだ。そんな危険、冒せるか!」

「あんたがここの頭じゃないんでしょ? 勝手に判断して大丈夫?」


 またガンッと格子を蹴られる。

 我慢だ。震えるな。笑っていろ。信憑性を与えるために。


「去年の戦争、アーダムとイヴニングで天降り人を取り合ってたんだって。騎士のお兄ちゃんが内緒だよって教えてくれたんだ。すごい兵器を持ってるから、アーダムで悪用されないようにイヴニングに隠してるんだって」

「……それは本当か?」

「私が黒髪だからさ。天降り人と仲良くなれるかもって、教えてくれたんだ」


 私をさらった男が考え始める。

 それから顔を周囲に巡らした。


「おい! 兄貴に合図を出せ! 予定変更ってな! もう少し情報収集をして行く!」

「獲物はどうするんで?」

「餌をやってしっかり閉じ込めておけ」


 餌って。

 格子が開けられて、皮袋が二つ放り込まれた。一つは水で、一つは魚の干物だ。なるほど、餌。


 まぁ、これで時間稼ぎができたかな。

 船さえ出なきゃいいんだ。

 あとは、私の優秀な保護者たちが来てくれるのを待つだけ。


 もちろん、ただ待つだけじゃないけど。

 私は辺りを見回した。何か使えそうなものがあればいいんだけど……。


 木箱がいくつもある。これを使って脱出できるかなって思ったけど、私の力じゃ、びくともしなくて木箱を移動させられない。何が入ってるんだこれ。


 樽だったら転がせて移動させられたのに。樽はないかなって探すけど、樽は見当たらない。船なら樽くらい載せておきなよ!


 私はさらにうろうろしてみた。物音を立てすぎて、ちょこまかすんな! って怒鳴られたりもしたけど、少しだけ大人しくしただけで、私はまたすぐに船室をうろうろした。


 木箱を足場にしたら一番楽なんだけど、やっぱり重くて移動ができない。中身はほんとなんなんだ。一個壊してやろうか。その壊す道具もないんだけどさ!


 やっぱり救出待ちしかないかな……ってお手上げする。結構、いい時間だ。格子から差し込む日の光は消えて、だんだん暗くなる。もう夜が近づいている。そろそろ、私がいないことが知れ渡って、捜索が始まっても良い頃だと思うけど……。


 わずかな光が差す格子を見上げていると、俄に頭上が騒がしくなり、そのあと翳った。


「セト、いるか」

「えっ!? ディオ様!?」


 格子越しに私へと落とされた声にびっくりする。

 誰かが来てくれると思っていたけど、まさかのディオニージ!? えっ、領主軍のほうは大丈夫なの!?


「今、縄を下ろす。もう少し待っていろ」


 ディオニージは格子だけ先に外すと、頭上でごそごそと動く。しばらく待っていれば、するすると縄が降りてきた。


「先の輪に片足を引っ掛けて、縄を握れ」


 降ろされた縄は確かに先っぽが輪っかになっていた。私は言われた通りに輪に片足を引っ掛けて、縄を握る。


「いいよー」

「引き上げるぞ」

「あいよ」


 ずんっ、ずんっ、と縄が持ち上がっていく。気持ちはアスレチック。ちょっと楽しい。童心に帰ったような気持ちになるね。


 ひょっこりと私の頭が地表に出る。わ、すごい、足だ。あれ? これこのまま手を離せばいい感じ? でもそんなことしたら、バランス崩しそう。え、どうすればいいの?


 縄はずんっ、ずんっと、まだまだ持ち上げられていく。えっ、これどうやってディオニージは引き上げてるの? 大きなカブ引っこ抜くみたいに、うんとこしょ、どっこいしょを想像していた私は、仁王立ちしているディオニージにびっくりした。


 ディオニージは仁王立ちして、聖剣を引っこ抜くような要領で私の乗ってる縄を引き上げていた。ぽかんとしたまま、ディオニージと同じくらいの視線にまで引き上げられると、そのまま身体をくるっとまわされて、地面に着地させられた。


 なんかちょっと衝撃的な光景だったけど、無事、脱出。


「あれ? ディオ様だけですか」

「ドミニクもガエンも領主軍の指揮に当たらせた」

「えっ、ディオ様は混じらなくて大丈夫なんですか?」

「道中でこんなものを拾われたら、それどころじゃなくなるだろう」


 ディオニージが差し出したのは私が落とした靴。なんでもドミニクさんが陣形を取ろうと石垣を迂回しようとした時に見つけたらしい。私の靴だと気がついらしいドミニクさんはディオニージに報告し、一時戦線離脱。海賊の一味が町に紛れこんでいるのが発覚したので、領主軍総出で現在捕縛中だとか。


「海賊のほうはどうなったの?」

「領主軍で威嚇射撃したら逃げた」


 まぁ、威嚇射撃される中で上陸してきたら、ある意味勇者だよね。引き際の分かる海賊らしい。私を誘拐しようとしたやつは、まんまと欲かいて捕縛中だけど!


「ちょっと待ってろ。気絶させた見張りをここに放り込む」

「はーい」


 ディオニージはそう言って、ふらっとどこかへ消えると、宣言通り気絶した見張りたちを引き摺ってきた。ずるずると引き摺られてきた見張りをどさっと船の地下に放り込んで格子をはめ込む。ついでとばかりに、格子の上に甲板の隅にあった木箱を積もうとする。容赦ないな。


 ディオニージが二つ目の木箱を積もうとした時に、ふっとこちらを見た。木箱が放り投げられて、私の腕を思いっきり引く。


「逃げろ!」


 足がもつれて転んだけど、慌てて振り返ったらディオニージが剣を振り抜き、襲いかかってきた男の剣を弾いたところだった。


「ディオ様!」

「浜へ行け! 自衛団か領主軍がいるはずだ!」

「逃がすかよ!」


 襲った男の声は、私を攫った奴の声だった。

 私は慌てて甲板を走って、船を降りようとする。うわっ、運ばれてた時はそんなに思わなかったけど、この渡り板、けっこう急だ。走ると転がって落ちてしまいそう。


 改めて、この船が相当大きい船だったんだって思い直す。あんだけ重そうな木箱を沢山積んでても沈まないんだもんね。そりゃ大きいよ。


 私は慎重に船から降りようとして、前から人影が来るのに気がついた。


「船をだせぇ!」

「遅れるなぁ!」


 領主軍に追われてきた人攫いの一味らしい。彼らは私が渡り板を降りている途中にも関わらず、血相を変えて登ってきた。


 揺れる渡り板に私の足が竦む。このままだとぶつかるから、戻らないと……!


 私は甲板に戻ろうと振り返る。

 一歩を踏み出そうとした瞬間、渡り橋が大きく揺れる。


 ――あ。


 一瞬の浮遊感。

 あるべきところに着地点がないという恐怖感。

 ずるりと落ちる身体。

 ぐるりと視界が変わる。


「アユカ――!」


 ディオニージが私の名前を呼ぶ。

 月が私を見下ろしている。


 落ちる。

 落ちる。


 天から落ちる。


 星の瞬く濃紺の夜空を眺める。

 星へと向けて手を伸ばす。


 助けて、と願う。

 たった一瞬だ。

 水面に、岩場に、叩きつけられる衝撃がすぐにくると思った。


 私の視界が陰る。

 ディオニージが私に向かって手を伸ばしてくれた。


(――この手を、取りたい。取らないと、いけない!)


 私は精一杯手を伸ばす。

 届かない。届いてほしい。もうあと、少しでいいからぁ……っ!




 ――ようやく届いた。寂しがり屋の君に、父神が忘れてきたものを返してあげる。




 誰かの、声。

 私の視界が明るくなる。まるで海が明るくなったかのように発光している。背後から溢れた光が幾重もの帯のように私の身体を包んでいく。


「なにこれ……!?」

「アユカぁあああ!」


 光の繭に包まれた私を、それでもディオニージは追いかけて、私と一緒に海へと落ちる。

 光の繭は私を包んだまま、浅い海底まで落ちていく。私を包む光が視界を明るくする。ごつごつとした岩礁で、ディオニージの身体に傷がつくのがよく見えた。


 それでもディオニージは私を包む繭にしがみつく。眩しそうに私を見ている。自分の怪我なんて、二の次で。


 このまま沈んでしまうと、ディオニージの呼吸が持たない。

 私は光る繭を、内側から剥ぎ取っていく。

 早くここから出ないと。ディオニージが死ぬ前に……!


 そう強く願いながら光の繭を掻き分ける。

 だんだんと繭は薄く溶けていくけど、同じようにディオニージの身体からも力が抜けていって。


(――死なせない!)


 繭の殻を蹴り破り、ディオニージの手を握る。岩礁を蹴って、私は無我夢中で水面を目指した。


「ぷはっ」

「セト! 団長!」

「ガエンっ! ディオ様引き上げて!」

「おう! ……おうっ?」


 よいしょっと岩場に這い上がる。ガエンの声がしたからディオニージを引き上げるようにお願いするけど、こっちにくるガエンの足がぴたりと止まった。


「え、セト、か……?」

「何言ってんの。セトなんて名前が、私以外にいると思ってんの!?」

「いや、そうだけど、待って、ちょ、服着て、待ってくれ」

「服!? そんなことよりさっさとディオ様! 重くて引き上がんないからっ」

「だあああああ! これ被ってろ!」


 ガエンが何やら頭を掻きむしってから自分の服を脱ぎ捨て、私に投げつけた。顔面キャッチした私はむっとしながらガエンを睨みつける。でも夜の海に落ちたせいで全身びしょ濡れ、身体が冷えそうだったのでありがたくその服を着た。


 ……あれ? 思ったより服の丈が余らない。

 膝丈ワンピースになるかなって思ったのに太腿くらいまでしかない。しかもなんだか、胸が突っ張ってるような……?


 ボタンがおかしいのかと思って下を向いてびっくりした。

 なんか山がある。山が二つある。

 私は二つの山をわし掴んだ。痛い。これ、私の胸か。


「えっ!? 海落ちたら胸が大きくなった!?」

「でかい声で変なこと叫ぶな! 俺の目の前で胸揉むな! 気が散る!」


 ガエンに怒鳴られた。

 ガエンはディオニージの背中をどかどか叩いて水を吐かせている。ディオニージが咳き込みながら、私のほうを振り返る。


「セト、か……?」

「う、うん。ディオ様、大丈夫?」

「平気だ。ガエン、あの船の一味は」

「え、セトのことはガン無視っすか」


 ガエンも私も困惑気味だ。そんな中でディオニージだけは船の一味のほうを睨みつけるように見ていた。


「奴らを絶対に逃がすな。セトの秘密を言い触らされると厄介だ」


 私の秘密? ……いや、これですよね。海に落ちそうになって光ったこととか、なんか私に胸ができたこととか。あと、濡れて背中にべったりくっついている服じゃない感触もあるんですけど。これ、髪も伸びてるよね。日本人形の妖怪もびっくりな勢いで髪が伸びてるよね。


 ガエンもディオニージの言いたいことを理解したのか、神妙な表情になる。


「逃亡した奴を追ってきた領主軍で制圧させました。聞き取りした人数より三人ほど足りず、捜索中です」

「甲板の地下室に三人閉じ込めてある。その数は含んでいるか」

「ドミニクさんに報告してきます!」


 ハッとした様子のガエンが立ち上がって駆け出そうとする。でも、二歩三歩と足踏みしたところで、おもむろにこちらへと振り返った。


「えっと、あの、セトのこと、は」

「先に領主館へ戻る。後始末が終わったらドミニクと一緒に報告に来てくれ」

「承知しました!」


 今度こそ、ガエンは走って行った。

 それを見送っていると、ディオニージが体勢を変えて私のほうを見た。


「セト、抱いて移動する」

「えっ、私、歩けるけど」

「その足じゃ歩かせられない」


 言われて足を見たら、履いたばかりの靴はどこかに消えてしまっていた。もしや海の底か? せっかく戻ってきたのに、残念なことをしてしまった。


 素足だと怪我するからと、ディオニージが私の膝裏に腕を差し込んだ。もう片腕は私の背中に回る。優しい力で、私の身体を持ち上げた。


 こ、これはいわゆるお姫様抱っこでは……!

 私が目を白黒させているうちに、ディオニージは歩き出す。


 今まで片腕抱っこだったのに、なんで?




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