18.海賊アゲイン
四級薬師試験は五級薬師試験よりも早い時期に行われる。昼の季節真っ盛りの頃だよね。
無事、首席合格を果たした私はサロモーネにさくっと帰ることにした。
メンバーはディオニージ、ドミニクさん、ガエン。ディオニージは視察があるそうなので、一緒にサロモーネに行くらしい。
王都を出てすぐに、ガエンが私とディオニージの距離感に気がついた。なんというか、私自身持て余してしまっている、この微妙な間の感じを奴は敏感に感じとったんだ。
「セト、団長と喧嘩したのか?」
「してないけど」
「そうかぁ? なんかすごいお互いに避けてね?」
ガエンに指摘されて、私は曖昧に笑う。まぁ、お互い気まずいんです。主に年齢やらそれまでの言動やら、互いに反省点が多すぎて。
とはいえ、まったく交流がないというわけじゃない。二人きりになっちゃうのを避けちゃう程度だ。私は基本ガエンと行動してるし、ディオニージはドミニクさんと話していることが多いから、そう簡単に二人きりにはならないけどさ。
まぁでも、故意的にガエンと行動を一緒にしている自覚があるので、それを気取られたのかもしんない。
そんな道中を過ごしながら、私たちはサロモーネに到着。領主館に着いて早々、私はフェデーレに泣きついたのだった。
「フェデーレ〜! やっちゃったよー、年齢の話はできたけど、成長のことまでは話せなかったよー」
「あー……そっか。そうかぁ……まぁ、そうなるよなぁ……」
離れの私の部屋に戻って、椅子に座ったフェデーレの膝にぐりぐりと頭を押しつける。王都滞在初日の出来事を話したら、あちゃーと言いたげにフェデーレは天を仰いだ。
「話せるかどうかは五分五分だと思ってたけど、やっぱそっちにいったかあ」
「フェデーレ、分かってたのに私に話させたな!」
「だって大切なことだろ? 君自身のことだ。君がちゃんと話すべきだと思ったのなら、君が話さないと」
この養父は〜!
フェデーレの悪いところが出た。フェデーレはそういうとこある。道理を通さないところを嫌うっていうか。
まぁ、フェデーレの言う通りなんだけどさ。私が言わなきゃ駄目なことだと思う。誰かに言われるよりも、私自身がちゃんと伝えたほうがいいのは間違いない。
私は深くため息をついて、ぐりぐりとフェデーレの膝に額をこすりつける。
あーあ、ほんとどうしよう。もう一度話すにしても、気まずいしなぁ。
「まぁ、まだ出会って二年だしな。今はまだ、年齢を伝えられただけでも良しとしよう」
「そんなこと言ってぇ……私、ディオ様に気持ち悪がられたらどうしよう……」
「そんなことになったら、サロモーネを出れば良いさ」
笑顔でそんなことを言うフェデーレは、有言実行の男だ。やると言ったらやる。だから、安心……のはずなんだけど。
それはそれで、なんだか寂しい気持ちになってしまった。
サロモーネに帰ってきたので、マリオ先生に四級薬師になったと報告しに行った。
マリオ先生はすごく悪い顔をした。
「よし、じゃあ来年は三級だな。これを読んでおけ。分からんことはフェデーレに聞け。俺より詳しいと思うぞ」
渡されたのは経営の本だった。めっちゃ字が汚い。これ、写本したのはマリオ先生だな。こんなのを渡されても……。
あ、でも。三級薬師は試験内容に経営関係も増えるんだっけ。三級薬師になれば店を持つことができるから、取っておきたいと思ってたけど。
「めっちゃ嬉しそうですね、マリオ先生」
「セトは筋がいいからな! 三級薬師持って医師資格もついでに取ってくりゃ、この診療所を一人で切り盛りできるぞ!」
「嫌ですよ!? 医師資格までは取らないです!」
「取っとくと便利だぞ」
「薬師だけでも十分じゃないですか……」
この世界には回復薬っていう便利なアイテムもあるし。医師になる必要はほとんどない。ぶっちゃけ、回復薬で治療できない病気は治療法が確立されてないし。
医師のやることは回復薬が使えない怪我人や病人を診断して、薬だけじゃどうにもならないものを適切に処置をすることだ。傷の縫合とかね。回復薬で治るならいいんだけどさ、患者の体力を見て回復薬を使わないときもある。そういう時に必要とされるのが医師。
それに私は自分のために必要だから薬師になっただけで、医師になりたいかと言われたらちょっと微妙な気持ちになる。戦場で治療兵として働いていたけど、ぶっちゃけ医師として働くのは無理な気がした。
だって私は、見切りがつけられない。
助けられない人に対して、はっきりと「あなたは死ぬ」と告げられない。
医師として、それは致命的じゃないかって思う。
「ま、三級薬師資格はとるんだろ。勉強はしておけよ。医師試験のほうは、まぁぼちぼち考えてくれ」
マリオ先生はそう言って診療室に入って行った。
あーあ、どうしようか。
私ってばマリオ先生にも、成長の話をしてないんだよなぁ……。
たぶんマリオ先生は私の将来性を買ってくれたんだと思う。マリオ先生もまだまだ現役とは言え、五十歳くらいだったかな。自分が診療所を運営できなくなってからのことを考えているんだろうけど……その頃まで、私がいられるか分からない。
年を取らないことを気味悪がられてしまえば、診療所を運営どころじゃないからね。
店を持ちたいから三級薬師になりたいけど……その店だって、永遠に続けられるわけじゃないんだろうなって思ってる。たぶん街を転々して……私の特異さを隠しながら生活することになるんだろうなぁ。
また、胸がチクリと痛む。
どうして私だけ、成長しないんだろう。
天降り人が理由なら……他の天降り人たちはどうなったの? 老いずに死んでいったの? それとも老いていったの?
私以外の天降り人……五十年前のフーミャオさんはどうだったんだろうか。
私は、かつていたという天降り人へと思いを馳せた。
最近、考えごとが多いから、今日は気晴らしに海へとやって来た。護衛? そんなのはいらない。一人になりたいのにそんなのは邪魔だからね。私はマリオ先生に休みを都合してもらい、漁師の家を訪ねた。
この漁師はアルゲ出汁レシピを交換に、アルゲをとって来てくれている漁師さんだ。レシピ一つにつき、一ヶ月分のアルゲを融通してくれる。長期保存ができるから、一ヶ月分もアルゲをもらえば、三ヶ月くらいは保つ。でも今回はディオニージにお土産としてあげちゃったから、ちょっと数が足りなくなってきてたんだよね。
「おう、ご無沙汰だったな」
「お久しぶりでーす。元気でした?」
「おうよ。そっちも元気そうだな。で、今日はレシピをくれるんか? 女房が新しいのを寄越せって煩くってな」
「あは、気に入ってくれて嬉しいよ」
前回教えたのはお吸い物だったからね。基本の基本だから、あそこからレパートリーを増やそうと思えばなんだって作れる。でもそれはそれとして、出汁を教えた私だからこそ、真っ当で美味しい食べ方をしっているということで。
「今日はしゃぶしゃぶの食べ方を教えちゃいます」
「しゃぶ……? なんだそれは」
「それはですね……」
私は鯛のしゃぶしゃぶの話をした。この世界に鯛があるかは知らない。でも似たようは魚があれば、間違いなく美味しく食べられるのが昆布出汁だ。海の幸同士は最高に美味しいと思うよ。
「そのタイって魚がわかんねぇなぁ……ちょっと小屋に行ってみるか? ちょうど沖まで漁に出てた奴らが戻ってる頃だ。仕分け前の魚がわんさとあるはずだ」
「おぉー」
どうしよう、私だってちゃんとした鯛の見分けつかないんだけど。赤くて平べったいのが鯛っていうイメージがあるけど、この異世界でも同じか? 同じでも見分けつかないけど!
浜に建っている漁師の小屋。そこに案内される。小屋の前に漁師の船がいくつも並んでる。あの、ほら、社会の授業でやったアレだ。丸木舟だっけ……縄文時代の……あんな感じの船が多くて、ちょっと良いやつだとそれに帆がついている感じだ。
ちょうど網にかかった魚たちを仕分けしていたようで、漁師たちが外で作業していた。
「おーい、どんなもんだー」
「まぁまぁよー」
網の近くまで行くと、そこそこの魚が網に引っかかっていた。あ、アルゲも引っかかってる。これはあとで貰いたい。
「魚を探してるんだが。アルゲ出汁で食うと美味いんだと」
「ほぉ、どんな魚だ」
おぉう、漁師たちの目がギラッと光った。
私は鯛の説明をする。私だって鯛なんて食べたことないもん! 白身魚で、淡白な味で、臭みがそんなない魚! そういう魚がいれば鯛って命名しちゃえ!
「白身か。白身はほれ、それとそれとそれ……これもか。今回は赤身いねぇな」
「うわ、結構ある」
「これとこれは毒あるから無理やな」
猟師に毒がない魚を教えてもらう。今回は赤身魚はいなかったらしい。なんていうか、小さい魚が多いなっていう印象。大きい魚もいるけど、私が想像してる鯛のサイズ感じゃないな。
「うーん、これはみんなで食べ比べしたほうが早い……?」
「食べ比べ?」
「出汁とたくさんの種類の魚を用意して、どれが一番出汁にあう魚なのかを食べて比べていくんです」
「ほぉ、そりゃ面白いな! 沖漁だったからな、今日の宴はそれにすっか!」
なんかちょうどいい感じに食べ比べ大会が開かれそうな感じだ。よしよし、私もこれに参加させてもらえるかな。フェデーレにはあとで帰るのが遅くなるって伝えておかないと。
そうと決まれば仕度をしないと。と、いうことで、猟師たちは保存する分と今日食べる分に魚を仕分けていく。はーいはいはい、アルゲはこちらへどうぞー!
猟師に混じってわちゃわちゃ作業をしていたら、不意に浜へ怒声が響き渡った。
「船だー! 海賊船だー!」
「海賊船!?」
えっ、どこっ!? って思って海を振り返る。
遠くにぽつんと幾隻かの船。
隣にいた漁師のおっちゃんが舌打ちする。
「先頭にいんの、ヨークの船じゃねぇか! 海賊にどつき回されてんな、あんのクソッタレ!」
沖漁に出ていた一隻が海賊船に狙われたらしい。それで全速でこの浜に帰ってきてるけど、そんなの海賊に道案内しているようなものだそう。漁師たちはカンカンだ。
「領主館に連絡入れろ! セト、お前も帰れ!」
「診療所に待機してるよ! 怪我人いたら連れてきて!」
「ハハッ、頼もしいな!」
自衛団たちがざわざわと防衛体勢を取り始める。漁師たちも慣れているのか、次々と自衛団に加わっていく。
マリオ先生に伝えて、診療所の薬品在庫を確認しないとな。
私は浜に背を向けて、町のほうへと走って戻る。
海賊がこの真っ昼間に来るのって珍しい。だいたい、夕方から朝方にかけてくることが多いから。あ、でも。私が初めて海賊騒動にぶち当たった時も昼だったっけ。
そんなことを思いながら、石垣を抜けようとして。
「坊や! 海賊がでたって! 一人じゃ危ないよ!」
「あ、うん、だから今からマリオ先生のところに」
行くんです、と言おうとした。
石垣の脇から飛び出して、走ってきた青年。自衛団の人かと思ったんだ。その人がすれ違い様、私の胴を掴んで口を押さえられてしまう。
「んぐっ!?」
「大人しくしてろよ!」
「んぐぐ〜!?」
えっ、ちょっ、待って!? 拐われてる!? 私、誘拐されてる〜!?
そんなことあるっ!? って混乱していれば、青年は石垣や民家の影に隠れるようにして一心不乱に走っていく。
「んぐっ、ぷはっ! ちょ、何すんのさ!」
「黙ってろ! 黒髪の子供は高く売れるんだ……!」
「ひ、人攫――むぐっ!」
「黙れっつってんだ!」
だめなやつ、だめなやつ、これはだめなやつ!
もしかしなくてもこれは人攫い!? 海賊が来たこの忙しい時に人攫いか!
私はえいやっと身をひねり、靴を片方落とした。
誰か気づいてくれるといいんだけど……!
たぶん最初に気づくのはマリオ先生かフェデーレだ。
海賊が出れば、私は基本、診療所待機をしている。その私が診療所に来ない。マリオ先生がそれに気づいてフェデーレに連絡を入れるか、フェデーレが安否確認のためにマリオ先生に連絡を入れるか。そのどっちかのはず。
ドクドクと跳ねる心臓をなだめながら、私は冷静に、冷静に、考える。
いつかのように取り乱しちゃいけない。あの時だって助けてもらえたんだ。彼らを信じて待つべき。
そう思って、機を待とうと思ったんだけど。
猟師でも近づかないような入り組んだ入り江に停泊している一隻の船を見て、私は絶望した。
うちの保護者たち、海まで捜索に来てくれるかなぁ……。




