17.年齢詐欺をするつもりはなかった
あの日、海で出会ってしまった昆布。
私はその日からせっせと美味しい昆布出汁をとるための研究を重ねている。
ディオニージたちは視察の行程がある。彼らがいる間に美味しい昆布出汁が取れなかったのはすごく残念だ。次にサロモーネへ来たときに、美味しいお吸い物を作ってあげたいと思う。
「だからってうちの診療所にアルゲを並べんな」
「だって領主館でやってたら、ボロ雑巾だと思われて捨てられちゃったんですもん」
さすがのフェデーレもね、アルゲは見たことなかったらしい。洗濯物の隣でくったくたのアルゲを天日干ししていたら捨てられてしまった。なんてことをぉおおお! って絶叫したら謝ってくれたけど、一度あることは二度あるっていうからね。マリオ先生の診療所で干させてもらうことにしたんだ。
診療所の白いシーツの横に並べられる、でろんとしたアルゲたち。うーん、潮の香りがシーツに移りそうだ。
アルゲは漁師の人たちにお願いして、魚と一緒に採れたら譲ってもらっている。浜に打ち上げられているのももらっている。どうせ捨てるものだったから、と漁師の人たちは心優しく応じてくれた。その代わり、美味しくないアルゲが美味しくなったら、ちゃんと料理方法を教えて欲しいと言われたので、レシピができたら教える予定。
そんなアルゲ。なかなか思うように出汁が取れていない。
昆布って言えば乾物だと思ったんだけどなぁ。干してみても味は薄いまま。何が悪いんだろう?
私は真水でアルゲを洗いながら、出汁用アルゲの製造を考える。少なくとも、もう二ヶ月くらいはずっと昆布のことを考えてると思う。出汁。出汁が欲しい。日本の味が恋しいよぅ……!
わっしわっしと真水で海水と砂を洗い落として、物干し竿にまた一つアルゲを干した。うーん、一番端っこのアルゲはそろそろ良さげなんだけどなぁ。
天日干しする日数を変えてみたり、炙ってみたり。色々やってるけど、なかなか難しい。出汁って茹でて取ると思うんだけど、違うのかなぁ。
上手くいかないから、ため息もひとしおだ。
うーんうーんと頭を悩ませていると、私のアルゲたちを眺めていたマリオ先生が小さくぼやいた。
「やり方を変えてみればどうだ」
「やり方?」
「薬草にも茹でることで効能が出るもの、酒に漬けることで効能が高まるものがある。むしろ洗ってしまうことで効能が落ちる花とかもあるな」
マリオ先生の言葉は目からウロコだった。
そうか、研究するなら、まず根底から変えないといけないのか……。
私は今の今まで使っていた盥を見下ろす。言われてみれば、昆布出汁って茹でる前に水につけておくだけでも出汁が出てたような気もする。つまり、真水で洗いすぎるのは良くなかったとか……?
「洗わないアルゲで一度干してみようか。今あるアルゲも水につけて、茹でないまま出汁の抽出具合を確かめて……」
そうとなったら瓶を用意して、アルゲを切っていれておかないと。
私がぶつぶつと呟いていると、いきなり眼の前でぱぁっんっと音がする。
「うわっ、なに!?」
「アルゲも良いが仕事しろ!」
「はいっ!」
目の前でマリオ先生が両手を鳴らしたらしい。
でもマリオ先生の言う通り!
今は勤務中だから我慢しないとね!
そんなこんなで、アルゲの出汁取りに苦節すること数ヶ月。
ついに私はアルゲから出汁をとることに成功したどー!
やっぱ真水でゴシゴシやってたのが良くなかったみたい。さらーと汚れを流すだけで十分だったんだよ。で、干してからも沸騰したお湯に直接ぶち込むんじゃなくて、水に丸一日つけておく。で、調理寸前に温める。沸騰させたら風味が飛ぶから要注意。これが一番効率よくアルゲから出汁をとる方法だった。
約束通りに漁師さんたちにはこの出汁と一緒に、いくつかのレシピを教えてあげた。めちゃくちゃ好評で嬉しい限りだ。塩と香辛料くらいしかなかった味付けにレパートリーが増えたことで、領主館の料理人もうきうきだ。色んなレシピをこれから開発してくれそうな雰囲気。
フェデーレもアルゲの出汁でとったお吸い物を気に入ってくれた。濃い味よりも薄味でスッキリしてるほうがフェデーレ好みだもんね。
ちなみに私の夢は、このアルゲ出汁を応用し、茶碗蒸しを作ること。茶碗蒸しの作り方? 牛乳の代わりに出汁を入れるプリンでしょ? 作ろうとしてもなかなか理想の茶碗蒸しにはならないので試行錯誤中。湯呑みが切実に欲しい。ティーカップで作る茶碗蒸しはなんか違うんだよ。
そんなこんなでアルゲ出汁を完成させた私は、今度はアルゲ出汁料理のレシピに夢中になった。楽しい。本当に楽しい。久しぶりに生きてるって感じがするくらい、充実した毎日を過ごしていた。
そんなある日のこと。
「セト、ほらよ」
「え、なんですか」
「ああ? 四級薬師試験の推薦状だ。いらねぇなら捨てるぞ」
「いりますー!」
完全に忘れてたよ四級薬師試験! そうだよ、アルゲにメロメロになってる暇なかったよ!
マリオ先生に推薦状を渡されて、私は震える。
「どうしよう、全然勉強してなかった……っ」
「んなもん、いらんいらん」
「気休めはやめてほしいんですけど!」
「気休めじゃねぇよ」
きぃっとマリオ先生を睨んだら、呆れたようにチョップされた。ちょっと、なんでチョップしたの。痛いんですけど!?
「試験じゃなくて患者だと思え。薬師として必須な知識と技能を十分に持ってる。お前が落ちたら、誰も試験には受からねぇよ」
マリオ先生の激励に、心がすとんと落ち着いた。
……そうだよね、確かにそうだ。
試験は患者。患者のために何ができるか。この診療所だけじゃない、戦場での、アーダムの村での経験が、私の身体に染みついてる。
恐れるものなんて何もない。
私はマリオ先生の書いてくれた推薦状を持ち、王都へ向かうことにした。
フェデーレに四級薬師試験を受けに行くことを告げると、さっそく王都に行けるように手配してくれた。
前回と同じようにドミニクさんとガエンがサロモーネにやってきて、私を王都まで送ってくれることに。
ガエンに完成したアルゲ出汁のお吸い物を飲ませたら、すごく奇妙な顔をしていた。なんだその顔って言ってやったら、「美味しいと思うけど、なんか物足りない」って言いやがった。これだから味の濃いものに慣れきってる奴は! 日本食の味わい深さを理解してくれないなんて!
ちなみにドミニクさんもガエン側だった。サロモーネの人たちには好評だったのに。やっぱりお吸い物だけじゃ駄目だ。しゃぶしゃぶだ。茶碗蒸しだ。おでんだ! 出汁の旨さを思い知らせるにはこいつらしかいない……!
そんなこんなで王都にやって来た私は、去年と同じく、ディオニージの屋敷へ意気揚々と乗り込んだ。
もちろん、アルゲのお土産をごっそりと携えてね!
「久しぶり、ディオ様!」
「早かったな。元気そうで何よりだ」
笑って出迎えてくれたディオ様。いつぶりだろうかと思ったら、前に会ったのは月の季節の終わりがけだったから……視察でサロモーネに来た時以来じゃないか。
「ディオ様も元気そうで良かった。……ちょっと髭伸びた?」
「ぐっ。最近忙しくてな……。そういうセトも……、…………セトは全然変わらないな? ちゃんと食ってるのか? ガエンなんて今三人前ぐらい食うぞ」
ディオニージの話に私は神妙に頷いて見せる。
知ってるよ、今のガエンは食欲お化けだって。見ているこっちがお腹いっぱいになるくらい食べるって。サロモーネから王都の道中で散々見てきた光景だった。もうね、大食い選手権見てる気持ちだったよ。この世界にも大食い選手権ってあるのかな、なんて。
まぁ、ガエンの食欲については横に置いておいて。
王都に来る前にフェデーレに確認しておいたことがある。
それは私の成長について。
たぶん、何年も一緒にいれば気づかれる。ガエンが側にいて、にょっきにょきと成長しているから余計に目につくのが早いと思った。だからフェデーレと話し合って、私の身体のことを伝えておこうという話になって。
「そのことで、ちゃんと話をしたい。今、良い?」
「話か? フェデーレは何も言っていなかったが……」
手紙に書ける内容じゃないもんね。うっかり誰かに見られでもしたら大変だってフェデーレは思ったのかも。だから私は笑ってその言葉を聞き流した。
話すなら談話室へ、と促される。談話室に行く前にお土産のアルゲを使用人に預けた。もちろん、アルゲ出汁のレシピ付き。と言っても、まだお吸い物やスープとしてくらいしか使えないけどね。
ディオニージに連れられて談話室へ向かう。部屋に入ると、ソファーに座るように誘導された。ローテーブルに紅茶が入れられる。私はちょっと緊張してきた。
ディオニージがローテーブルを挟んで、私の前の一人掛けソファーに座る。紅茶を淹れてくれた使用人が部屋を出たところで、私は深呼吸した。
「ディオ様は私のこと、どれくらいフェデーレに聞いている?」
「十一年……いや、十二年前に出会い、保護としたと」
ディオ様は私が天降り人だってことを知っている。その上で私がいつ頃この世界に落ちてきたのかも知っているってことか。フェデーレはそこまで話したんだね。
「じゃあ、私の年齢は?」
「ドミニクから十六……いや、もう終戦して一年経つか。十七だと聞いたが」
ドミニクさんは私が軍に自己申告した年齢を知ってたってことか。
私はぺこっと頭を下げた。
「軍に入るために、年齢詐称しました。ごめんなさい」
「そうか……どおりで」
え、あれ?
ディオニージから感じるのは納得の雰囲気。あれ? 私もしかして、どこかでボロが出ていた?
ちょっと焦っていれば、ディオニージは一人でうんうんと頷いていて。
「十七にしては小さいと思っていたんだ。もしかしてもう少し、下だったのか? だがすまない。国民権はそちらで申請してしまっていた。今から修正するには手続きが――」
「あ、いや、逆。そうじゃない、そっちじゃない」
ディオニージの言葉に、私はぶんぶんと首を振った。私っては同年代の子と比べたら身長が高いほうだと思っていたんだけど。それでも小さく見えるのか? 私、背の順だといつも一番後ろだったんだけど……。
と、そうじゃなくて。
「私がこの世界に来たのは十二歳の時なんだ」
「十二歳! 若いな……、………ん? 十二歳……? 来たのが……?」
ディオニージが首を傾げる。それから耳をとんとんした。なんだよ、耳に変なものが詰まってるかもって思ったの?
理解できないような顔をされたので、私はもう一度分かりやすく言ってやる。
「私は十二歳の時にこの世界に来た。それから十二年経ってる。今の私は二十四歳」
「にじゅ……っ!?」
ぎょっとしたディオニージがソファーをひっくり返す勢いで立ち上がった。
わなわなと震えて、私を見下ろしている。
そうだよね、不気味だよね。十年経ってるのに子供のまま、成長しない人間なんか――
「俺は……っ、歳がそう変わらない女性に父親と呼ばれていたのか……!?」
「そっち!?」
いや待ってそんなこと言われると私もちょっと困るんだけど!? 歳がそう変わらない人にお父さんって呼んでたのを改めて言われると恥ずかしいんだけど!? 半年以上かけて心の整理をしてきたのに、今更蒸し返されるのきっついんですけど!?
ぽぽぽと頬が火照ってしまう。駄目だ、まともにディオニージを見られない。恥ずかしい。無理だ。やっぱりカミングアウトするのは時期尚早だったのかもしんない……っ!
真っ赤な顔を見られたくなくて頬を抑えて俯けば、ディオニージが深く深呼吸する気配を感じて。
「二十四……」
「何度もそう連呼しないで」
だいぶショックを受けているみたいだ。私もショックを受けてるんですけど。ねぇ、この話もうやめない??
二人で悶々としていたら、使用人が私を呼びに来た。ディオニージじゃなくて私? って思っていたら、アルゲ出汁の使い方についてほんとにこれで良いのかと聞きたかったらしい。私はこれ幸いと談話室を退室した。
その日の夕食はアルゲ出汁のお吸い物が出て、ディオニージが未知の味に遭遇したような顔で味わっているのが興味深かった。でも私もディオニージもなんだか気まずくて、話が弾むことなく夕食が終わる。
その後も、私たちはなんだか気まずいままで。
そんな状態だったけれど……というより、そんな状態だったからこそかな。
私は余計なことを考えないように、追い込みで薬師の勉強に取り組んだ。その結果、四級薬師試験に見事首席合格してみせたのだった。




