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天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される。  作者: 采火


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16/28

16.これはたぶんきっと昆布

 サロモーネでの生活は忙しくて、瞬く間に日が過ぎていく。


 マリオ先生の言うように、昼の季節が近づくと海賊がちらほら湧き出した。領主軍が出てくると蹴散らされるけど、怪我人が続出するのでいい加減にしろって、怒鳴りこんでやりたい気持ちでいっぱいになる。そのおかげか、切り傷用の薬を作る熟練度がぐんっと上がった。もう目分量で正確な分量を量れちゃうくらいだ。


 そんな合間を縫うように、ディオニージも領地に帰ってきた。とはいっても滞在は数日ほどで、すぐに王都へとんぼ返りするらしいけど。


「久しぶりだな、セト」

「お帰り、ディオ様」

「フェデーレも、留守の間よくやってくれたと聞いている」

「まぁね。当然だよ」


 ディオニージだけじゃなくて、ドミニクさんとガエンもいる。騎士団は副団長のクレートさんに任せて来たらしい。


 今回は海賊対策のために来たのだとか。

 サロモーネ領を筆頭に海岸沿いの領地を視察して、海賊を想定した戦闘訓練をするのだとか。すごい、騎士っぽい仕事だ。


「そうだ。セトに土産だ」

「あ、ありがと」


 小さな花束を渡される。可愛らしい花。

 なんだかもう懐かしい。

 記憶が混乱していた時、ディオニージは何かにつけて花を贈ってくれたなって思い出した。

 受け取った花束をじっくりと見ていたら、こちらを見下ろしていたガエンが鼻で笑う。


「ちっこいセトには似合いだな」

「可愛いってことかな?」

「ちげーし!」


 むっとしたらしいガエンが唇を尖らせる。いや、もうその年で唇を尖らせないでよ。顔がいいな。なんだこいつ。

 ガエンはすっかり身長が伸びていた。半年でそんなに伸びる? みたいなくらい伸びてた。成長しない私からしてみると、脅威の伸び代だ。もうこれ以上は伸びないよね? ね?


「それじゃ、団長。俺は師匠んとこ行ってきまーす」

「分かった。マリオによろしくな」


 ドミニクさんはそう言って、ひと足早くこの場所から離脱した。なんていうか、あの人は見た目変わらないな。年齢的には私の実年齢と近いって聞いたことがあるんだよね。成長期はもうこないってことなのかな……悲しい……。


 ちなみにドミニクさんはマリオ先生の弟子だそうだ。ドミニクさんも二級薬師の資格を持っているらしい。軍医ではないけど、あると便利だから取ったんだとか。ちなみにアーダムでは医師資格と薬師資格も持っていたらしい。だから治療兵になれたのか。しかも班長。すごいよくできたスパイだよね。


「ディオ様、今日の予定は?」

「溜まってる領主の仕事をするつもりだ。フェデーレが捌いて緊急分は王都に送付してくれていたが、大雪で溜まっていた分やら、急ぎじゃないものが溜まってるだろうからな」

「まぁ、まずは報告からだけど」

「手柔らかに頼む……」


 王都でも仕事、領地でも仕事。仕事ばかりでディオニージは大変そうだ。反対にフェデーレは村で何もしていなかった頃よりもいきいきしている気がする。今年四十になるのに、お肌にハリツヤが出てきたというか。まぁ、楽しそうなのはいいことだけどさ。


 連れ立って執務室に向かってしまったディオニージとフェデーレを見送る。すると、この場に残るのは私とガエンだけで。


「ガエンは何するの?」

「護衛の仕事」

「誰の」

「てめぇのだよ」


 私はきょとんとする。


「護衛なんていらないけど」

「引き籠もってばかりだって聞いてるぞ」

「誰から」

「フェデーレ様から」

「どうやって!」

「団長宛の手紙に書かれてる。セトの近況報告的な」


 いつの間にそんなことをしてたんだフェデーレは。しかも話を聞くに、一行二行じゃなくて、紙一枚、ひどいと三枚四枚びっしりと私のことで埋まってるらしい。そんな書くことある?


「せっかくだから外に出ろってことじゃねぇのか。俺がいるから、海のほうまで行けるぞ」

「海!」


 それはたしかに魅力的だ!

 サロモーネに来てから、海は危ないからとあまり近づかせてもらえなかったんだよね。しかも海賊騒動があってからはなおさら。

 皆忙しいし、私のわがままで振り回すのもしたくなかった。だから海はそのうち近くで見たいなぁ、くらいに思ってたんだけど……ほほぅ、これは護衛という名のお供というわけですね。振り回してもいい人ってことですね!


「よし行こう、すぐ行こう、今行こう! 海行きたい!」

「おー」


 そういうわけで、私は海へと繰り出したのである。







 サロモーネの西は海岸になっている。

 領主館のある町からちょっと離れたところがもう海岸になっているので、行き来はすごく簡単。領主館が小高い丘にあったり、三階建てとかだったら、領主館からも海が見えたかもね。


 そんな町と海の間には石垣が高く積まれている。海岸の浜から風で飛んでくる砂を遮ったり、海賊に対する最終防衛線みたいな役割を果たしているそう。あんまりにも無骨で味気ないなって思っちゃ悪いかな。


 だって記憶の中の海は道路と海の間に沢山の松の木が並んでいる。防風林って言うんだっけ。石垣よりも林のほうが風流なのは間違いないじゃん。


 まぁ、ここは異世界だしね。これが異世界流だというのなら、そっかぁで終わる話だ。これで問題ないならわざわざ防風林作らなくてもいいしね。


「おお、これが海……!」

「海風はやっぱ冷てぇな。風邪引くなよ」

「分かってるって」


 海が青い。風が強いせいか、波が白立っている。潮の匂いが強いね。これが海。

 私は胸いっぱいに潮の香りを吸い込んだ。あー、海だ!


「すごいな! 海だ! 広い! すごい! あはっ」

「ちょ、走ると転け……って、おいおいおい」


 ガエンの注意もむなしく、私は砂に足を取られてべしゃっと転んだ。あーあ、なんてこった。砂まみれだ。海の砂って落ちにくいんだよなぁ……。


「顔面からいきやがったな」

「口の中じゃりじゃりする……」

「だろうな」


 ぺっぺっと口の中の砂を吐き出す。気分は貝だ。アサリの砂抜き……アサリ!


「どうして気づかなかったんだ……! 海があるってことは貝がいるじゃん!」

「はぁ?」

「ガエン! 貝を探そう! 貝! 貝食べたい!」


 海の近くで魚が食卓にのぼりやすいな〜、おいしいな〜って思ってたけど、海の幸は魚だけじゃない。貝だってあるし、ハッ、潜ればタコやイカもいるんじゃないかな……!?


「海入ろう、ガエン!」

「馬鹿か!? 夜の季節の海は冷たいんだぞ! 入ったら心臓が止まるぞ!?」

「だめ?」

「上目遣いすんな。気持ち悪い」


 ちょっと、女の子になんて言い草。気持ち悪いって。ひどすぎない? フェデーレに言いつけるぞ!

 とはいえ、ガエンの言い分も分かるので渋々諦める。もっと暖かくなって、海水の温度が上がったら絶対に潜ってやるんだからな……!


 今日のところは砂浜を散策して貝を探すか……。私は砂浜を丹念に見つめながら、あっちへふらふら、こっちへふらふら歩き出す。


「……そんな落ちこむなよ。昼の季節になったら入ればいいじゃねぇか」

「へ? 何が?」

「けろっとしてんな!? 落ち込んでんじゃねぇのか!」


 なんで私が怒られてんの? え、ガエンてば怒るようなことあった?

 首をひねっていれば、ガエンはもういいと言わんばかりにため息をついた。変なやつだな。まぁいいや、貝探しを続けよう。


 私はまた俯いて歩き出す。貝、貝〜。貝はあるかね〜?

 しばらく歩いてみても、貝っぽいものは見つからない。砂の模様が全部貝に見えてきた。これはもう駄目だと顔をあげたら、少し先でべろんちょっと伸びている黒い塊を見つける。なんだなんだー?


「なんだろ、これ。どこかで見たことあるような……」

「アルゲっぽいな」


 アルゲって何?

 黒のような、緑のような、茶色のような、へんな色合いの塊。なんかどろっとしてるっていうか、ぐちゃってしているっていうか……。藻、っていうか……いや、藻にしては芯があるっぽいし……。

 草、海の草、海藻……。


「海藻! これ、わかめとか昆布じゃない!?」

「ワカメ? コンブ?」

「ガエン、これ食べれるかな!?」

「食うのか!? これを!?」


 すごいドン引きされた。ドン引きされたけど、食べれるなら食べるよ。久しぶりの日本食に出会えるかもしれないんだ。食えるもんは食ってやる!


「これ、運ぶから手伝って」

「本気かよ!?」

「本気本気」


 嫌がるガエンを無視して、私は海藻と思われるそれに手を突っ込んだ。うぁ、ぶよぶよぬるぬるしてる。


「アルゲを食うなんて聞いたことねぇよ……」

「そのアルゲって何」

「海に生えてる草だよ。ここらの海に多いらしくて、魚を捕るときにくっついてきたりする。食べ物に困ったら食うこともあるらしいけど、あんまり旨くないらしい」

「食べ方は?」

「あー……焼いたり、湯がいたりとかじゃないのか?」


 食べられなくもないけど、それを食べるくらいだったら野菜食べるよね、くらいのものなのかな。あと、美味しい食べ方を研究されていないと。わかめも昆布も焼いて食べるのは聞いたことないしな〜。

 湯がくのはある意味正解だけど、わかめにしろ昆布にしろ、食べ方ってものがあるわけで。


「たしか、昆布は乾燥させるんだっけ。わかめだったらこのままでもいけそうだけど……」


 うーん、見分けがつかない。あんまりわかめと昆布って見分けつかないよね。佃煮とか味噌汁に入ったら見分けつくし、乾燥したやつを見るのも一発でわかるけど……異世界だし、わかめの見た目して実は昆布とかもありえるだろうし、逆もしかり。


 嫌がるガエンにもアルゲを持たせて、私は領主館に戻る。道中、色んな人に不思議な顔をされた。そんなにアルゲを鷲掴みにしている赤髪イケメンが奇妙ですか。うん、めっちゃ奇妙だ。ウケる。


 で、私は領主館に戻ると、盥にアルゲをぶちこんで、井戸の真水で綺麗に洗った。うーん、この真っ直ぐな感じは昆布か……?


「おい、これ洗ったらどうするんだよ」

「湯がいてみようと思う」

「はぁ? お前、聞いてなかったのか。湯がいてもそんなに美味しくなかったって」

「自分で確かめるまでは信じませーん」


 よし、こんなもんでいいかな。

 私は盥ごとアルゲを持ち上げようとする。おとと、やばい、盥ごとひっくり返りそ――


「無茶すんなよ。何のための俺だ」

「さすがガエン! ありがと!」


 むすっとしていたガエンが、盥を持って歩き出した。なんだかんだ言って、こういうところ優しいよね。

 で、アルゲを持って厨房に行ったら、夕食の仕込みをしていたらしい料理人さんに眉をしかめられてしまった。


「何か御用でしょうか。申し訳ありませんが、今は立て込んでおりまして」

「鍋を貸してください」

「鍋ですか」

「これを湯がいてみようと思って」


 ガエンが持っている、盥入りのアルゲを見せると、料理人は微妙な顔になる。


「アルゲですか。もしかして食べられるおつもりで?」

「うん。だから鍋を貸してください。邪魔にならないように、暖炉の火で湯がくつもり」

「それくらいでしたら……まだ、火は使わないのでこちらでどうぞ」


 やった! 場所も貸してもらえることになった!

 私はうきうきでアルゲを鍋に入れる。水も入れる、それからぐつぐつと煮込む。湯だつ頃には、アルゲはくったくたになっていた。


「こんなもんか。食べてみよう」

「怖いもん知らずだな……」


 ガエンが呆れたように言うけど、料理人さんが食べるのオーケーしてくれたから食べられるのは間違いないんだよ。食べ物の認識がなかったら、お鍋も場所も貸してくれなかっただろうしね。


 私はトングでアルゲをつまんだ。これを一口でいくには大きすぎるから、まな板に乗っけて、一口サイズに切ってしまう。

 さぁ、熱々のアルゲ、いただきます!


「……なんかもちゃもちゃする」

「食えなくはないけど、うまくはねぇな」


 食感も良くないなぁ。間違いなく、わかめじゃない。昆布にしても、こんなんじゃなかったと思う。お正月の昆布巻とか、もっとこう、ぎゅっとしてたし……。

 うーん、と悩む。わかめでも、昆布でもない……いや待って、昆布といえば出汁が取れるんじゃなかったっけ。遠い彼方の記憶にある家庭科の調理実習。出汁のとり方でお吸い物を作った記憶がある!


 こっちか! って思って鍋を振り返ったら、料理人さんが鍋の汁を捨てようとしていて。


「待ってー! 捨てないでー!」

「うへぇ!? 何事で!?」

「汁! 汁飲ませて!」

「えぇ? こんなもの飲むとお腹を壊しますよ」

「いいから! ちょっとだけ! 味見だけ!」


 料理人は渋っていたけど、ひと口飲ませば済む話だと割り切ったようで、鍋を置いて、私に匙を渡してくれた。

 私は匙でアルゲの汁をすくう。ふぅふぅと熱を冷まして、飲んでみた。

 汁を舌の上で転がす。薄い。びっくりするほど薄い。薄いけど。


「出汁だ……たぶんこれは、出汁の原石だ……!」


 惜しい。だいぶ惜しい。すごく薄いんだ。薄いけど、どこか懐かしい味に近いような気もする。

 これなら、ちゃんとした出汁の取り方をすれば、お吸い物が作れるはず……!


「ガエン! 出汁だよ! 出汁だ! もっとアルゲ採ってこよう! それで出汁の研究しよう!」

「ダシぃ……? なんだよ、それ」

「私の故郷の味! 水につけたり、煮たりすれば、このアルゲから美味しい汁が取れるんだよ!」


 ガエンがよく分からないと言いたげに首をひねる。


「水につけたり煮たりするだけでそんな美味しい汁になるなら、海の味もこれじゃなきゃおかしいだろ」

「その発想はなかった……!」


 じゃあやっぱり出汁にするための手順があるんだ……! 調理実習で使ってた昆布はどうみてもこんなにぬるぬるしてなかったし! あれだよね、かぴかぴのからからだったよね!


 たぶん、出汁としての昆布……もといアルゲから美味しい成分を抽出するには、まずは乾燥させないといけないのかも。きっとそうだ。そうしよう。乾燥させよう!


 私の目が爛々と輝く。

 十年ぶりだ。十年ぶりの和食の味に出会える……!


 こんなにも心が躍るなんて、いつ以来だろう!



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