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天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される。  作者: 采火


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15/28

15.海賊

 月の日を過ぎて新年を迎えると、私は五級薬師として領主館直営の診療所へ武者修行に出ることになった。

 それもこれも、四級薬師試験に必要な実務経験を積むためである。


 フェデーレはアーダムの薬師資格という必殺技を使って四級試験を簡単スルーしたけど、私はそうはいかない。四級薬師試験では三級薬師の推薦状が必要なので、三級薬師の元で働いて経験を積まないといけないのだ。イヴニングの制度ってすごくよくできてるよね。


 というわけで、夜の季節になり雪がまばらに降り始めるなか、私は領主館からマリオ診療所に通っている。


 最初に名前を聞いたときに、赤い帽子を被った髭のおじちゃんを想像した私は悪くないよね。マリオ診療所のマリオ先生はすごいムキムキマッチョな先生だった。大きいキノコを食べなくても身体が大きかった。元軍医だそうで、二級薬師資格を持っているらしい。三級以上の薬師なら推薦状を受諾してもらえるから、渡りに船というわけだ。


「セト、あかぎれ用の薬、在庫が減っている。作っておけ」

「はーい」


 大きい身体で小さな扉をくぐっていく様はクマだ。ディオニージも逞しい体型してるけど、マリオ先生ほどじゃない。マリオ先生はボディビルダーも羨むマッチョなのだ。たぶん。


 もともとマリオ先生が一人で切り盛りしていた診療所。やることを探せばいっぱいある。薬の在庫は元から品薄で、材料の発注もぎりっぎり。むしろ休みの日にマリオ先生が街の外の林に入って直接採取していたとか。すごいワイルドだよね。


 私はあかぎれの薬を作るために、材料を置いてある地下倉庫へ降りた。

 ちなみに今の私の格好は男子薬師スタイル。スカートよりズボンのほうが動きやすいからね。そのせいか、髪も短い私は患者さんによく男の子と間違われる。マリオ先生にも初対面で間違われたくらいだ。別に慣れっこなので、いちいち訂正するのもめんどくさくなって放置してる。


 と、まぁ。無駄な回想はここまでにしておいて。

 あかぎれの薬を作らないと。

 ランプを掲げて、暗い地下倉庫の棚の合間を進んでいく。

 地下倉庫にある材料を幾つか見繕っていると、ふと上の階が騒がしくなった。


「なんだろ?」


 ひょっこりと地下の階段から顔を出せば、診療所にマリオ先生の怒声が驚いた。


「怪我人だ! セト、消毒液と傷薬持って来い!」


 ぴっと全身が跳ねちゃうくらいの大音量!

 私は慌てて地下倉庫に戻ると、棚から消毒液と傷薬をひっつかむ。ついでに、あれば便利な回復薬。それを持って、大急ぎで治療室に駆け込んだ。


「薬持ってきました!」

「そこ置いとけ! 怪我人がまだ増えていく! 消毒液と傷薬、増血薬、回復薬、在庫切らさねぇようにありったけ調合しろ! 材料足りねぇなら領主館に伝令させる! 余裕あれば使用済み器具綺麗にしろ!」

「はいっ」


 治療室に入ってびっくりした。血だらけの男性が三人いた。一番重症なのは診療台に乗せられて、マリオ先生が応急処置してる人だ。

 ぼさっとしてる暇なんてない。私は言われた通りに薬を調合し、薬の在庫を増やす。増やす側から消えてくけど! 消費速度早くない!?


 目が回るような忙しさで薬を調合。やばい、使用された治療器具がたまってる。洗って、煮沸して、消毒液つけて。あああっ、薬の材料足りない!


「領主館から来ました! 状況を確認させてください!」

「へっ!? あ、ま、マリオ先生ーっ!」

「治療中だ! 重症患者八名! どれも剣での傷だ! 毒はねぇ!」

「他の患者は!」

「いつも通り軽症者を、臨時診療所立てさせて分散させてる!」

「承知しました!」

「セト! 足りねぇ材料あればこいつに言え!」

「はいっ」


 まじで嵐。ほんとに嵐。すごい勢いで、領主館でよく見かける執務官の人が診療所に入って出て行った。

 私は思わずぽかんとしながら見送る。

 そんな私の目の前に、また一人、怪我人が運ばれてきた。


「すみません……っ、助けてください!」

「はいっ! こちらですっ」


 おぶわれてきた男性は背中が血だらけだった。剣でざっくり斬られたみたいだ。なに、なんなの? 街で何が起きてるの?


「セト、今日は帰れねぇかもしれんぞ。覚悟しとけ」

「この状況で放りだしたりなんかしないよ!」

「よく言った! それじゃあ消毒液と縫合器具持って来い!」

「はい!」


 満員になったらしい処置室から出てきたマリオ先生が、新しく運び込まれた怪我人を廊下で治療し始めた。あっという間に小さな診療所が野戦病院になっていく。

 私はマリオ先生の指示に従って、消毒液や器具を持って、診療所を駆け回った。






 ようやく治療が落ち着いたのは深夜もとっくに回る頃だ。

 ああ、もう、くったくた。

 器具を煮沸するために井戸へ水を汲みに来てそのまま座りこんでいたら、診療所からマリオ先生が出てきた。

 立ち上がろうとしたら、手で静止される。


「ご苦労さん。よくついてこれたな」

「まぁ……一応、戦場で治療兵としていたんで……」

「ほぉ。ちっこいのによくやるな」


 敵軍側だけど、とは言わないでおこう。

 夜の季節は雪が降るような季節だから、外はずいぶんと冷えこんでいる。でもその冷えが心地よいくらいに身体がぽかぽかだ。診療所のなかを駆け回っていたからなぁ。


 マリオ先生は井戸から水を汲み上げると、頭から一気にざぱっと水をひっかけた。うっわ、寒いのによくやる。ちょ、頭振らないで、髪の水滴飛んでくるって!


「サロモーネにいると、今日みたいなことがたまにある。今の季節は珍しいがな。昼の季節になると、ちょこちょこあるから覚悟しとけ」

「え、なんですか、その恒例行事みたいな言い方」

「ま、恒例行事だ。海賊はいくら潰しても、どっからか湧いてくるからな」

「海賊!?」


 えっ、海賊いるの!? ということは、今日来てた怪我人たちは皆、海賊にやられたってわけ!?

 びっくりしてマリオ先生を見たら、濡れた髪を後ろに撫でつけながら頷いている。


「サロモーネは海に面して、貿易も盛んだからな。海賊に襲われるのも当たり前だ。夜の季節は南の暖かいほうにいくが、油断してるのを狙ってきた意地の悪い奴がいたんだろうな」


 しれっと言ってるけど、めっちゃ大事だと思う。季節外れの風物詩みたいな言い方しないでほしい。


「海賊対策、強化しないの」

「してないわけじゃない。運ばれてきたのは自衛団の連中だ。うちの領は王国騎士団長の領だからな。戦闘訓練はけっこう力を入れている。とはいえ、あくまで自衛団だからな」


 自衛団の役割は、領主軍が到着するまで海賊を足止めすること。海賊がきて領主館に伝令が行って、軍兵に召集がかかって、領主軍が出てくるまで約半刻。それまで耐えないといけないんだとか。


 そのせいで、無駄に怪我人が増えるとマリオ先生はぼやく。引き際を見れない素人集団だとまで言うものだから、命をかけて戦ってくれる彼らに対してひどい言い草だとも感じる。


 でもそれは、あくまで自衛団である彼らのためを思ってのことなのかな、とも思って。

 訓練を受けているとは言え、軍人じゃない民間人だ。彼らは本来、守るべき人たちなんだ。元軍医のマリオ先生はそれを理解しているから、こんなきつい言い方になってるんじゃないかな。


「海のほうに領主軍を置けないんですか」

「一昨年くらいまでは置いていたがな。戦争が始まって、領主軍の大部分が騎士団として組み込まれた。そのまま功績をあげて王都暮らしをしてる奴らもいるし、戦場で散った奴もいる。今は自衛団と協力して内側を防衛しているくらいに軍兵が少ないんだ」


 戦争か……。

 やっぱり戦争って何も生まない。ただ奪うだけなんだな、と思う。戦争で人出が不足するのは知っていたけど、こういう形で実感するなんて思ってもいなかった。


「……ちなみに海賊はなんで襲ってくるの?」

「ほとんどの理由は食糧だな。あとは宝。たちの悪い奴は殺すことが目的だったりする奴もいる。海賊にまともな理由を求めちゃいけねぇぞ」

「ほんとだね。聞いて損した」

「セトも海側に行くときは気をつけたほうがいい。近くに船がなくても、こっそり上陸して女子供を拐ってく奴もいるからな」


 マリオ先生の言葉に肩をすくめる。

 女子供ねぇ。


「私でも拐われそう?」

「人間なんざ、売り飛ばして奴隷にすりゃ金になるからな」

「ちょ、怖いこと言わないでくださいよ」


 その発想はなくてぎょっとした。そっか、この世界は奴隷制度があったな……身近になかっただけで。アーダムの首都にいるという貴族たちは奴隷を飼ってたってフェデーレも言っていたっけ。


 この世界はまだまだ私の知らないことがあるなぁ。ぼんやりしながらそう思っていると、マリオ先生は水を汲んだバケツを持って診療所のほうへ歩き出した。あ、そのバケツ、私の!


「海賊側の被害は知らねぇが、明日はたぶん平気だ。数日は領主軍が見張りこむだろう。その間に海賊は別の場所に行っちまう。いつもの常套手段だな」

「引き際が良すぎじゃん」

「海賊も腕自慢が多いが、正規兵と真っ向からやり合うほど馬鹿じゃねぇってこった」


 なるほどねぇ。

 私はふーん、と頷きながら、マリオ先生の手のバケツを奪おうとする。あ、避けられた。このっ、寄越せっ! 私の仕事っ!


「そういうことだから、明日は仕入れから始める。今日はもう帰れ」

「でもまだ片付けが……」

「迎えが来てる。子供はさっさと帰って寝ろ」


 迎え? と思っていたら、診療所の待合室に疲れた表情のフェデーレがいた。


「えっ、フェデーレ!? ちょ、外出ていいの!? ていうかどうやって来たの!? 歩きじゃないよね!?」

「さすがに馬車を使ったさ。外に待たせてあるよ。まだ部屋に戻ってなかったみたいだから、心配して見に来たんだ」


 私はフェデーレに駆け寄った。杖をついて立っているフェデーレの腕に触れながら、見上げるように視線を合わせる。


「ごめん、怪我人が沢山いてさ」

「知ってる。領主館で報告を聞いていたからな。さ、帰るぞ」

「う、うん」


 ちらっとマリオ先生を振り返れば、さっさと行けと言うように手を振られてしまう。仕方ない、片付けが途中だけど、明日やろう。


 私はフェデーレと一緒に馬車に乗り込んだ。

 ちなみに相当疲れていたらしくて、馬車に乗ったあとの記憶がとんと抜けている。起きたら朝で、自分の部屋だった。

 誰が運んでくれたのか。フェデーレに聞いたら御者さんだった。

 そういうわけで、私は朝イチで御者さんに謝罪とお礼を言いに行ったあと、マリオ先生の診療所に出勤したのだった。


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