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天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される。  作者: 采火


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14/28

14.夜の季節、月の日

 夜の季節、月の日がやってきた。

 前日から家に籠って掃除や料理に精を入れ、当日は充分な薪を暖炉に焚べて、私とフェデーレは領主館の離れに引きこもる。


 この日になると、フェデーレは私に繰り返し同じ話をする。

 それは、天降り人にまつわる言い伝え。

 暖炉の前にローテーブルを持ってきて、ご馳走を並べる。フェデーレが低めの椅子に座り、私はクッションをお尻に敷いた。さぁ、フェデーレの夜噺の始まりだ。


 昼と夜がちょうど同じになる、夜の季節、月の日の境の時間。

 神と人の間の子であるリュンは、天にいる父神に己の花嫁をこいねがって神殿に閉じ籠ったのだという。


 すると父神は、リュンに見合う人間の花嫁を異界よりもたらした。その花嫁はリュンを愛してくれたけれど、故郷が恋しくてよく泣いてしまう。


 可哀想に思ったリュンは父神に花嫁を故郷へ返してやって欲しいと願うけど、花嫁の故郷への道は一方通行で返してやることはできなかった。

 その代わりに、父神は花嫁の故郷のものをリュンへともたらしてやった。


 これが『天降り』の始まり。

 だからこの世界にはたまに、異界から物や人が降ってくるそう。


 ついでに言えば、このお話にはまだ続きがある。

 リュンは神と人の間の子であるから、天降りの花嫁とは寿命が違う。やがて先に亡くなった花嫁を想い、リュンは花嫁と出会った月の日の境の時間に神殿に閉じ籠るようになった。


 そうして今も、月の日の境の時間にリュンが神殿であの花嫁との幸福な日々を思い返しながら、再び彼女がもたらされるのを祈り続けている、とか。


 このリュンと天降りの花嫁の話は、この大陸中の国で知らない人はいないくらい有名らしい。暦は、それを基準にして天降り人が作ったのだとか。暦を作った天降り人の名前は伝わってないけど、暦の原型はリュンの時代にはあったのは間違いないというのがフェデーレの論だ。だってそうじゃなきゃ、月の日が毎年やってくるのをリュンは分からないはずだもんね。まぁ、そんな感じで、月の日が年の変わり目になったとさ。


「フェデーレ、ポテト食べていい?」

「君なぁ……いいけどさ」


 話、ちゃんと聞いてた? って言いたげに胡乱な目で見られるけど、私はどこ吹く風。だって十年も聞いてれば諳んじられるくらいに覚えちゃうもん。


 それよりも私は美味しいおつまみに夢中なのだ。

 久しぶりに味わうそれは、日本だったらジャンクに食べられたもの。

 私とフェデーレの月の日のご馳走は、じゃじゃーん、バーガーセットでーす。

 大量のフライドポテトとハンバーガー。ケチャップが欲しいなぁと思いつつ、トマトがこの季節に収穫できないので断念。塩味の簡素なバーガーセットだ。


 それでも日本ぽい味が堪能できるなら満足。これのどこが日本の味だって? 米も醤油も納豆も存在しないから仕方ないじゃん! 和食が恋しいよう!


 ちなみにフライドポテトは領主館で働く人たちにもレシピ提供した。厨房で作っていたら、料理人さんたちが気になって私の手元を覗き込んできたからね。レシピを売ってやったとも。代わりに危ないからって油で揚げるのは全部やってくれた。ありがたい。


 ついでにポテトチップスも教えてあげた。芋をうすーく切れば、また別の食感になって美味しいよって。そう言ったら、料理人たちはこぞって芋を切り出した。だから今年はポテトチップスもあります。芋の薄さが足りずに、チップスとフライドの間の子もいるけど。


 こうなると芋の無限の可能性を感じるよね。マヨネーズほしいな。そうしたらポテトサラダがさらに美味しくなる。塩味のマッシュドポテトも美味しいけど。マヨネーズ、誰か発明してくれないかなぁ。


 小学生だった私の知ってる日本の味レシピってかなり少ない。ほとんどが米、醤油を使うせいもあるけど、マヨネーズみたいに調味料だよりをしてたんだなってここに来てしみじみと思った。


 あ、でも唯一知ってるのもある。

 それはバター! 行って良かった夏休みの牧場体験! 乳搾りからバター作りまでの採れたて乳搾りコース! 楽しかったなぁ。ミルクアイス超美味しかった。


 そんなバターは暇な時に作るのにうってつけ。今もポテトをつまみながら、私の左手は密封した瓶でミルクをシャカシャカ振っている。家に閉じこもる月の日の恒例行事だ。シャカシャカシャカ。


「セト、この一年はどうだった」

「異世界の厳しさを一番学んだ年だったかな」


 フェデーレは天降り人の伝説と一緒に、月の日になると一年の振り返りをさせてくる。これもまた、私たちの恒例行事。


 今年は本当に色々なことがあったよ。そう言えば、去年は戦争で月の日はフェデーレと一緒に過ごせなかったんだっけ。戦場で大雪に見舞われて、兵士でかまくら作って寒さをしのいで。敵軍の隙をつくぞ、とかいう将軍の無鉄砲理論で凍死していった兵士も多かった。私たち治療兵はドミニク班長の判断で、色々と寒さをしのぐ算段をつけてもらえたけどさ。


 そのドミニク班長と言えば、実はイヴニングのスパイで。

 昼の季節、太陽の日の近づく頃、ディオニージが捕虜として捕まって。

 そのお世話をして。

 ディオニージ救出作戦に巻きこまれて。

 一度はフェデーレのもとに帰ってこれたのに、今度はアーダムのクズ将軍に拐われて。

 なんやかんやあって、イヴニングに来て、薬師になって。


「厳しかったけど、色んな出会いのある一年だったとも思うよ」

「そうだな。セトにしては知り合いがいっぱい増えたもんな」


 フェデーレが喉の奥をくつくつと震わせて笑う。ちょっと嬉しそう。今まで私の世界はアーダムの辺境の村だけだったからね。なんなら、敵国だったイヴニングの人たちとこんなにも繋がりができるなんて思ってもいなかった。


「そう言うフェデーレはこの一年どうだった?」

「僕かい? 僕かぁ。まぁ、セトに心配させられっぱなしだったかな」

「不可抗力ですー」

「僕の代わりに戦争行くって言って出てった時が一番心配した」


 う、それはごめんなさい。

 でもさぁ、フェデーレは足が悪いじゃん。そんなんで戦場に行かせられないし……それに恩返しができると思ったんだもん。


「なんだ、その顔。なんか言いたげじゃないか」

「なんでもないでーす」

「なんでもあるだろ」

「あっ、私のポテト!」


 食べようとしたポテトをフェデーレに取り上げられてしまった! むむむ、としていたら、ポテトの入っていた皿をさらに遠くに追いやられてしまう。無慈悲!

 渋々、私は思っていたことを話す。


「まぁ、あれですよ、恩返し、てきな。恩返しだけじゃなくて、こんな気味の悪い子供がいると、フェデーレの迷惑かなぁ、って……」


 分かっていたことだった。

 最初の一年目でフェデーレが気づいたんだ。私の体が成長してないってこと。同じ年頃の子供たちが成長していく中で、私だけが成長しない。周りの、同世代の子たちが結婚して、子供を産んでいく中で、自分が異質なものになっていく感覚が怖かった。


 要するに、私は逃げたかった。

 私を連れてきたフェデーレに、村長が事あるごとに気味が悪いだのなんだの言っていたのも知っている。


 これ以上、フェデーレに迷惑をかけたくなかった。

 だからフェデーレが楽になるように洗濯機とか、色々たくさん考えて。そのうちどこかにふらっと出て行こうかなって思ってたんだけど。


 そんな時に起きた戦争と徴兵はかっこうの手段だったわけで。

 そんなことをぽそぽそと話していたら、フェデーレが大きくため息をついた。


「馬鹿だなぁ、セト。捨てられると思ってたのか」

「だってぇ……」

「違うな? この場合は僕がセトに捨てられそうになってたのか」


 呆れた声に、思わず下を向く。

 私の言い分じゃ、確かにそう聞こえるかも。

 フェデーレの次の言葉が怖くて俯いたままでいたら、フェデーレが笑う気配がした。


「だったらセト、最初にイヴニングに連れて行かれた時、ディオニージの養子になっちまえば良かったのにな」

「あ」


 言われて、つい顔をあげてしまう。

 にんまり笑っているフェデーレはすごい悪い顔をしていた。


「セトってば可愛いよね。自分から出ていこうと思ったくせに、結局、僕のところに帰ってくるんだからさ」

「ぐ、ぐうの音もでない……っ」


 やっちまったー! って頭を抱えれば、フェデーレがますます笑う。

 そうしてひとしきり笑ったあと、優しく言い足して。


「寂しかったんだろ。一年いた戦場は、怖かっただろ」


 今度こそ、私はぐうの音どころか、何も言えなくなった。

 フェデーレの言う通りだ。私には覚悟が足りなかった。十年は長かったんだよって、あの時実感したんだ。


 戦場は寂しかった。

 戦場は怖かった。

 だから帰りたかった。

 フェデーレのところに、家族のところに。


 何も言えずにいると、フェデーレがゆったりとした動作で椅子から降りた気配がした。クッションの上で膝を抱えている私の肩にぬくもりが触れる。


「安心しな。僕はセトを見捨てない。僕が拾った、僕の天降りなんだから。君の幸せを一番に考えてる」


 優しい言葉。

 優しすぎるほどの言葉。

 私はその言葉に少しだけ笑ってしまって。


「愛の告白みたいじゃん。ごめんだけど、私、フェデーレは恋愛対象じゃないよ」

「おーおー、そんなこというのかこの馬鹿娘は。僕だってお子ちゃま過ぎて守備範囲外だっての」

「あだっ」


 ひどい! デコピンした!

 むぅ、と唇を尖らせれば、フェデーレに鼻で笑われる。遺憾の意〜!


 でもまぁ、それでも一緒にいたいって思うから。


「フェデーレ、来年もまた一緒に月の日過ごそうね」

「来年は恋人と一緒に過ごしてくれてもいいんだぞ」

「こんなお子ちゃまに恋人の申し込みきたら、だいぶやばいと思うけど」

「見た目はな。セトの中身を見て恋人になってくれる奴なら、僕は認めてやるよ」

「なにその上から目線」

「父親の特権さ」


 胸を張るフェデーレに、私はますます笑みがこみ上げてくる。


 そうだ、フェデーレはこういう人だ。

 自信に満ちていて、ちょっと意地悪だけど懐に入れてくれたら優しくて。


 元の世界のお父さんとは似ても似つかない養父。

 それがフェデーレ。

 私の、この世界のお父さんだ。


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