13.五級薬師試験
私は問題を先延ばしにすることにした。
今集中すべきは、五級薬師試験に受かること!
お父さん卒業カミングアウトはそのあとだ。
ということで、私は勉強を名目に粛々と部屋に籠もって試験対策に打ちこんだ。まぁ、正直に言えば、五級の試験内容は基礎中の基礎だったので、そんなに勉強することもなかったんだけど。試験勉強とか言いつつ、ごろごろしながら復習してるだけだったり。
そんなこんなで迎えました、試験当日。
試験会場は王宮の一般開放区域にある専用の建物らしい。数日に一度、何かしらの国家試験があるそうで、その度に試験会場を確保するのが大変だった人たちが、合同出資して建てた建物なんだとか。すごく便利なものを建てたんだなって思うよ。
今日、その建物に集まっているのは五級薬師試験を受ける人たち。私も受験札を買って、試験会場にやってきた。
この受験札を買うシステムもすごいと思う。一週間前までにこの試験会場の建物に来て受験札を買わないと、当日試験が受けられないんだ。この受験費用がこの試験会場の運営維持費になっているらしい。日本も受験するにはお金かかるらしいしね。ほんと、合理的なシステムだ。
そんな試験会場に集まった人たちは年齢が若い人たちが多かった。
私よりも年齢が下っぽい子もいれば、ガエンより少し上かなってくらいの人もいる。五級薬師は見習い資格試験って感じらしいから、年齢的には早いほうがいいのかも。
五級薬師は筆記試験だけだし、実技がないから気が楽だ。肩の力を抜いて、ほどよく合格できればいいかな。
体調良好、試験勉強もばっちり。
早く試験が始まらないかなと私は席について待つ。
待つことしばらく、試験官が部屋に入ってきた。
渡されるのは一枚の紙とペンとインク壺。紙は白紙だ。問題が書いていなくて、ちょっとびっくりする。印刷不良かと思ったら、みんな真っ白だ。
「その紙は自由に使って構いません。口頭で読み上げた問題と解答が分かるように記入してください。裏面には受験番号と名前を記載すること。裏面を書き終わりましたら表に向けてください。全員が白紙面を表に向けるのが確認できましたら、問題文を読み上げます」
なーるほど! そういう感じなんだ!
そういえばこの世界、まだ印刷技術がないんだっけ。本は写して手に入れるものだから、凄く高価だってフェデーレから聞いたことある。だからこうして国家資格を受けられるほど勉強できる人も、お金もちに限られるって。今更だけどすごく納得した。
私は受験番号と名前を記入すると、表面を向けた。しばし待機。試験官が確認をして、試験が始まる。
「問い一。一般的に万能回復薬と呼ばれる薬の原材料、および作成法、および効果、注意事項を述べよ」
最初からかっ飛ばすね!
万能回復薬について、原材料と作成法、効果、注意事項、と。
万能回復薬は薬師の基本中の基本の調合だ。これが答えられなかったら見習いであっても失格ってことなんだろうな。
まずは原材料。これは『ミセリコルデ』という植物の葉が必要。この植物は別名『リュンの慈悲』とも呼ばれる。この世界の始祖と言われる神と人の子がリュンなんだけど、その人が傷つく人類のために育てたと言われている由緒ある植物だとか。それと煮沸した水。この二つだけでお手軽に作れちゃう。
次に作成法。ミセリコルデの葉を湯がき、煎じる。それだけ。めっちゃ簡単。だけど、効果の高い回復薬を作るには、若葉を使用すべき。枯れかけていると効果が薄くなる。
回復薬の効果は飲んだら熱冷ましや痛み止めになるし、患部に塗り込めば治癒能力が上がる。それはもう恐ろしいくらいの速度で効く。ただ患部に直接塗りこまないと効かないので、骨折とかには向かない。服用すれば、通常の三倍の速度で治癒するけどね。
最後に注意事項。まずは体力のない人、十分な消毒ができていない患部に使わないこと。なんでも治癒能力があがるということは、生命活動が活性化するということ。消毒しないまま使用すれば、悪化することもある。また、その育成。現状、種の採取が不可能な植物なので、株分けでしか育成できない。なので、必ず育成用の株を残すこと。そうじゃないとすぐに絶滅する。
とまぁ、こんな感じかな。
ふう、と私は息をつく。
試験官は問題をゆっくり三回繰り返して読み上げた。全員の手が完全に止まったのを見ると、次の問題を読み上げ始めた。
私は気合を入れてペンを握り直す。
よぉし、頑張るぞ!
「というわけで、五級薬師試験。無事、満点首席合格でーす」
「すごいじゃないか!」
試験結果は三日後にでた。
試験会場に合格した受験番号が張り出されるので、合格したら受験札を引換所で薬師資格書と交換という仕組み。
合格の番号は点数が高い順。
試験の手応えの感じ、楽勝だなって思っていたんだけど、さすが私。完全無欠の満点首席での合格だった。いぇーい!
これを帰宅したディオニージに玄関先で報告したら、彼は手放しで喜んでくれた。目を細めて嬉しそうに笑ってくれる彼に、私も照れる。
「ありがと。ディオ様のおかげだよ」
「いや、俺は何も……ん?」
ディオニージが気がついた。細まっていた目がみるみるうちに大きく見開かれていく。
「アユカ、記憶が戻ったのか!?」
「うん。……心配かけて、ごめんなさい」
「いや……いや、それは良かった。良かったなぁ。フェデーレも安心するだろう」
ディオニージが私の頭を撫でてきた。
だいぶ、だいぶ恥ずかしい……! 恥ずかしいけど、ちょっと前までこれが普通だったんだというのが、なんていうか、その、………あああ! 羞恥心!
「いつ戻ったんだ。気づかなかった」
「……美術館の時に、天降りの遺物を見たら、ぶわーっと」
「なるほどな。フェデーレの読みが当たって良かった」
え、フェデーレ?
「なんでフェデーレ?」
「彼が天降りの遺物を見せるように言ってくれたんだ。良い方向に作用するか、悪い方向に作用するかは分からなかったが……」
良い方向に作用してくれて良かったとディオニージが屈託なく笑う。
なんていうか、見事にフェデーレの手のひらでころっころされた気分。この策士め。知ってた。
ずっと玄関で話しこむわけにはいかないので、ディオニージが私室に向かって歩き出した。私とすれ違いざま、優しい表情でもう一度頭を撫でてくる。
もう撫でてくれなくてもいいのに。
癖になってるじゃんか。
気恥ずかしくて赤くなりそうな頬をむにむにと手で抑えれば、それに気づいたディオニージが首を傾げた。
「どうした」
「なんにもぉ」
「そうか?」
不思議そうにしていたディオニージがまた前を向いて歩き出した。私はその後ろをてってっと追いかける。
「晴れて合格になったから、今日はご馳走にするべきだったか」
「料理人さんがディオ様ならそう言うだろうって言って、美味しいものいっぱい作ってくれたよ」
「ははっ! さすがうちの使用人は優秀だ」
うむうむと嬉しそうに笑っていたディオニージだけど、その声が段々と小さくなって、やがて声が聞こえなくなると肩がほんのりと下がった。
「ディオ様どうしたのさ」
「いや、寂しくなるなぁと思ってな。今年はもうずっと王都にいるから、次に会えるとしたら来年だ」
あー、そっか。もうそんな時期だもんね。
戦争が終わったのが昼の季節に入ってすぐ後くらい。
この世界は季節が二つしかない。太陽が出る時間が長い温かい季節が昼の季節。その始まりの、日本で言う春分の日を太陽の日という。
反対に、月が出る時間が長い日を夜の季節。その始まりの、日本で言う秋分の日が月の日。
特に夜の季節の月の日は年越しの日でもある。お正月みたいなもので、家族で過ごすことが多いそう。私もこの日はいつもフェデーレと一緒に家に引きこもっていたっけ。なんでもこの世界の始祖であるリュンに倣ってのことだとか。天降りにも深く関わるから、耳にタコができるくらいフェデーレから聞かされたよ。
「例年通りなら、王都はあと月の日が過ぎるとすぐに雪が降り始める。サロモーネに帰るのも、半年は先になるだろうなぁ。アユカも年をまたがないうちに帰ったほうがいい」
確かに。イヴニングもアーダムもどちらかといえば北国だ。夜の季節になると雪がドバっと降る。アーダムがそうだったから、たぶんイヴニングも同じなのかも。
「そうだね。荷物の片付けもあるから……明後日には発とうかな」
「……寂しくなるな」
ちらっ、ちらっと、大きな身体でこっちを伺ってくるディオニージ。可愛いかよ。……じゃなくて。
「仕事がんばってね、ディオ様」
「……もう一声!」
「サロモーネで待ってるよ、お父さん!」
「よし!」
よし、じゃないよ。突っ込みどころいっぱいだよ。なんかちょっといたたまれないよ。私より役にハマってないかい!?
しばらく会えなければ、お互いに色々と気持ちの整理がつくはず……だよね? そう信じたい。私も気まずいけど、たぶん向こうも接し方の距離感が分からなくなってる気がするんだよ。王都を出て、次に会う時にはその距離感がなくなっててほしいなぁ。
二日後、王都を発った私の護衛は行きと同様、ドミニクさんとガエンだった。
雪の足次第では、サロモーネを出られなくなるんじゃないかって言ったら、想定内だそうで。まだ雪の降り初めだったら、王都にとんぼ返りできるから大丈夫だって言われた。男の子の体力って怖いね。
そうして雪がちらつき始めそうになる頃、私はサロモーネ領に帰ってきた。
領主館ではフェデーレが部屋を温かくして待っていてくれた。
「お帰り、セト」
「ただいま、フェデーレ!」
やっぱりフェデーレのいる場所が、私の帰る場所な気がする。
フェデーレの足は寒さで痛みやすい。私は暖炉の前で足を温めているフェデーレへと近づいてしゃがんだ。椅子に座っているフェデーレの、膝掛けがかけられた大腿にこてんと頭を乗っける。
「五級薬師になってきたよ」
「当然だ。セトはやればできる子だからね」
「うん」
鼻高々に胸を張るフェデーレに自然と笑顔になる。
私における絶対の信頼感。私がもらってる絶対の信頼感。
「この世界でのお父さんは、やっぱりフェデーレだね」
「お。その感じだと正気に戻ったか」
「おかげさまで」
このあっさりしてる感じがフェデーレっぽいっていうか、なんていうか。
でも、このさっぱりとしている雰囲気に、私は間違いなく救われてる。
「今年の月の日も、一緒に過ごそうね」
「僕は別にいいけど、セトはそろそろ恋人作ったらどうだい?」
「いきなり何。キモいんですけど」
「口が悪いぞ」
これはフェデーレのほうが悪いと思いますけど??
帰ってきて早々、恋人どう? とか。ますます親じみてきてる。独身なのに。
「そういうフェデーレこそ、良い人いないんですか〜?」
「やぶ蛇だったや。この話はおーしまい」
自分で振ったくせに。
半眼でフェデーレを見れは、ハハハと乾いた笑顔。相当嫌な話なのか、目も合わせやしない。
ま、良いんだけど。
私はフェデーレの膝に寄りかかり、長旅で冷え切った身体をのんびりと温めた。




