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天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される。  作者: 采火


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12/28

12.天降りの遺物

 イヴニング王立美術館は、いくつかある宝物庫のうち一つを展示場にしているそう。たまーに展示物が変わったりするらしい。


 展示のメインはイヴニング王族の肖像画だ。入って正面に初代国王様の肖像。それから左右に十人くらいの王様がいる。今の王様は第十三代国王様らしい。

 十三代かぁ。アーダムと頻繁に戦争をしてるって聞いてたから、もっと歴史が古いと思ってたや。日本の天皇様とか百代越えてるんでしょ?


 色褪せている肖像画を眺めたあとは、展示物を見てみる。何代目の王女様の首飾りとか、初代騎士団長の剣とか。由緒が正しそうなのがいっぱいある。


 王国に関連する宝物の展示物を眺めながら進むと、通路が別室へ続いていた。


「天降りの遺物はこの部屋にある。フーミャオが諸国を巡っていた時に鑑定して、安全だと証明されたものが置いてあるそうだ」


 お父さんの話を聞きながら隣の部屋へと入った瞬間、私の視界いっぱいにすごく場違いなものが見えた。


「……標識?」


 なんか、すごく大切なものですよって感じに壁に斜め掛けされてるけど、どう見たって車の一時停止の標識だよね? 白と赤の塗装がちょっと剥がれてるし、表面もボコボコだし、標識の棒のところがちょっと折れてるけど。


「あれは戦士の旗印だと伝わっている」

「いやいやいやいや」


 私は真顔で首を振った。さてはフーミャオさんとやら、よく分からないまま鑑定したな? 標識のない辺境の人だったの? 旗印じゃない。あれは旗印じゃないよ。看板だったらセーフなのに。なんでそうなったのかな!?


「あ、すごい。綺麗なコップ」

「ルリハリの酒杯だそうだ」


 次に目に止まったのは、割れてしまったのがもったいないくらい綺麗なガラスのコップだった。真っ青。すごく真っ青。くすんでしまっているけど、たぶん金細工で模様がついているっぽい。すごい高級そう。


「あ、筆だ」

「よく知ってるな。フーミャオの世界のペンらしい」


 毛筆の授業を思い出すなぁ。墨がはねたりするからちょっと苦手だったんだよね。可愛いお洋服を着ていった時に限って墨をはねちゃうから、悲しさ倍増だった。


「これは何?」

「なんだろうな……」


 なんだか私の背丈くらいはあるんじゃないかなっていう細工を見つけた。細い細工だったみたいで、折れたり、割れたりしている。

 見たことのあるような、ないような……。

 お父さんも知らないみたいだし、二人で仲良く並んで解説文を読んでみる。


「ふむ。神殿の屋根部分に使われた装飾なのか」


 あー、なんか見たことあると思ったら、修学旅行で見たんだ。五重塔のてっぺんにあるやつ? そんなものまで天降りで落ちてくるの?


 天降りは何でも落ちてくるみたいだ。海外のお金もあるし、誰のかわからない身分証明証とかまである。じっくり見ていたら、一つのポスターが目に止まった。


「え……オールスターズ……?」


 映画のポスターだ。私も好きだった、日曜の朝にやっていた女子向けの変身アニメ。でも、私が知ってるのと違う。

 私が見ていたのは、主人公が黒の戦士と白の戦士、二人だけのものだった。アニメは新シリーズが始まるって次回予告が始まったばかりで、そっちも二人組。

 だけど、ポスターはオールスターズって書いてあった。変身する主人公が何人いるの? ピンク多すぎない? よくよくみれば端っこに私の見ていたアニメの主人公たちもいる。


 これ、絶対おかしい。

 私の見ていたアニメ、こんなにも人数いない。

 ポスターにぎっちり詰まっている変身する女の子たち。私の元クラスメイトよりも多そう。


「お、お父さんっ、これ、絶対おかしい――」


 振り返った時だった。

 お父さん、と呼びかけた人が、お父さんだと思っていた顔と、違って。


 黒髪の短髪に、黒い瞳。色合いは同じなのに、髪型も、顔立ちも、全然違う。

 思い出せなくなっていたのに。

 記憶の面影が、塗り替えられるように薄れていたのに。


 唐突に理解した。

 私が今、お父さんと呼びかけた人は、お父さんじゃないって。


 それと同時に、ぎゅうぎゅうに閉じ込められていた記憶がぱかっと飛び出してきた。

 捕虜として捕まっていた彼。

 血だらけ、怪我だらけで、命の灯火が消えようとしていた彼。

 勘違いで私の父親になろうとした彼。

 助けて欲しい時に、助けに来てくれた彼。


 目の前にいるのはディオニージだと、認識、した。してしまった。


「あ……ぁあああ!?」

「! どうしたアユカ!」

「ふぇあっ!? なっ、ナンデモナイデス!」


 あああああ!? やだ! むり! 恥ずかしい!

 記憶がっ! 記憶をっ! 抹消したいっ!

 年甲斐もなく甘えて、手を繋いで、抱っこされて、頭撫でられて! いやむり穴に埋まって視界から消えたい恥ずかしいー!


 混乱していた記憶の揺り戻しがひどい。十年前に戻ったような、地に足のつかないような感覚がずっと残ってた。それが今、ようやく地に足がついた瞬間、足元すくわれて大ゴケした気分! 最っ悪っ!


「頭痛がするのか? 顔が赤いぞ。本調子ではなかったか? 薬は持ってるか?」


 顔をずいっと近づけないで! 待って! その距離は近いっ! 近いからぁ……っ!

 口をパクパクしながら二の句を告げられずにいると、厳しい表情をしたディオニージはさっと私を抱き上げてしまって。


「すまない。まだ旅の疲れが残っていたんだろう。今日はもう戻ろうか」

「い、や。大丈夫ですぅ……っ」

「大丈夫ではないだろう。甘えておけ」


 あー! あー! 困ります困ります! そんな心を許したかのような笑顔を向けないでくださいやめてください心がきゅんきゅんしちゃって身体に悪いですーっ!


 ……って、そんなこと言えるわけもなく、私は無抵抗なまま抱き上げられて美術館を強制退館させられた。

 どうしよう、これはどうしよう……!


 というか、私ってば各位方面にものすごい心配かけちゃったよね。どうしよう。どうやって謝罪行脚しよう。まずは一番ご迷惑かけたディオニージに謝罪するべきだよね? でも今の状況で言える? このお姫様抱っこの状態で? えっ、むり、破裂しちゃう。恥ずかしくて心臓が破裂しちゃうよぉ……!


 ぐるんぐるん巡る思考に、知恵熱が出そうだ。どうしよう、どうしようと思っているうちに、ディオニージは足早に歩いて、西門まで戻ってきてしまった。門番に退城のチェックをしてもらう。あー、もー、どーにでもなーれ。


 そのままスタスタと歩くディオニージ。いや、走ってるか? すごぉい、馬車並みに早いぞ、ディオニージ。お願い、屋敷に着く前にもう少しだけ現実逃避させてぇ……!






 分かってる。分かってるんです。ちゃんと正気に戻ったんだと伝えたいんです。伝えたいんですけど、今までのことを思うとあまりにも恥ずかしくて言えなくて。


「ガエン、泊まらせて!」

「やだよ」


 非番だからと言って私のところに遊びに来たガエンに即答される。そんなぁ、無慈悲ぃ!


 美術館に行ってから早三日。あの日は結局、帰ってきて早々、ベッドに押しこめられた。食事も部屋で食べるかと聞かれたので、大人しく頷いておいた。その後はディオニージと顔を合わせていない。避けて過ごしている。


「私の心の平穏がかかってるんだ。お願いだ。助けてくれよ、親友!」

「いつから親友になったんだよ。それに俺、寮暮らしだからどちみち無理。女子禁制」

「薄情!」

「知るか」


 すっごい冷めた目でみてくんじゃん。やめてよ。その目、やめてよ。悲しくなる。お願いだから見捨てないでよぅ!


 あーだこーだとうだうだしていると、ガエンはベッドの上で大の字になっている私を見下ろした。


「心配してる奴、多かったんだぞ。さっさと教えてやればいいじゃないか」

「あの、その、心の準備がですね、できてなくてですねぇ……」

「俺にはあっさり話したじゃんか」

「ガエンはさ、なんかこう、話してもそんな恥じゃないかなって」


 真顔で言えば、微妙な顔をされる。

 いや、なんでも気軽に話せるんだよ。こう、兄弟に話す気楽さって言えばいいの? 兄弟いなかったけど。私ってば一人っ子だったんだけど。


 でもそういう人ってすごく貴重だと思う。よき相談相手というか。同じ悩みを分かち合える相手というか。ガエンは私の悩みを全然理解してくれてそうではないけど。

 腕を組んで椅子に座ってるガエンがため息をついた。


「お前が恥ずかしいかどうかはいいけどよ。団長が面倒くさいことになってるからさっさと打ち明けちまえよな」

「面倒くさいって?」

「娘が反抗期だとぼやいてるぞ」


 私はふっと仏の顔になる。まぁ、似たようなもんだよね。私の遅い反抗期だ。ディオニージごめんよ。


「団長がそんなんだから、お前のことを知らねぇ連中がまさか隠し子がってざわついてる」

「ぶふっ」


 笑っちゃったけど、笑っちゃ駄目なはなしだよね。ディオニージ、ほんとごめん。すごいおかしな飛び火してる。わざとじゃないんだ。わざとじゃなかったんだ。隠し子じゃないよ、ほんとごめん。ていうか、騎士団の人にも謝らないといけない? ディオニージの不名誉を挽回するべき……?


「笑いごとじゃねぇぞ。隠し子のせいで元婚約者に婚約破棄されたって囁かれ始めてるから。そっちのほうが不名誉だ。裏切り者を正当化しやがって……!」


 ガエンが苛々と膝を揺らした。貧乏ゆすりやめたほうがいいよ。でもそうしないとやってらんねぇってくらい苛々してるんだろうなぁ、と他人事でそれを見る。

 元婚約者かぁ。


「グランディーネだっけ。アーダムにディオ様が捕らわれたのは彼女のせいだって聞いたような」

「そうだ。あの女が人質に取られたフリをして、団長をおびき寄せたんだ。クソが」

「口、悪い」

「うるせぇ」


 ガエンも口が悪くなっちゃうくらい腹を立てていると。

 でもなぁ、そもそもなんでその人がイヴニングを裏切ったのか知らないんだよね。


「あのさ、なんでグランディーネはイヴニングを裏切ったの? アーダムに脅されてたりとか?」

「単純に金目的」


 うわぁ。

 なんでもグランディーネの生家は金回りのいい家だったらしい。豪遊するのが生きがい、みたいな。富と名声と権力があれば満足、みたいな。

 だから若くして騎士団長になったディオニージにグランディーネが嫁ぐためにあれこれ手を回されたらしいんだけど……残念ながらデォオニージは質素倹約、質実剛健を体現したような人で、金回りがお気に召さなかったらしい。

 だからアーダムで一攫千金、成り上がってやろうと裏切ったのだとか。金の亡者って救いがないなぁ。


「まぁ、そんな女だから、戦場に天落香を持ち込んでいたんだろうって話。金持ちの間で超有名な嗜好品だから」

「そのとばっちりを受けた身だと、笑えないんですけど」


 うっかり目が据わってしまう。ほんと大変な目にあった。心に深い傷を負った。慰謝料要求すべき!


「あんなクソ女のことよりもお前のことだよ。なにがきっかけで正気に戻ったんだ?」


 ふと気になったらしいガエンが問いかけてくる。あー、まー、気になるよね。


「王立美術館で天降りの遺物を見たんだ。で、私が知ってるのに知らない物があったんだ。それに触発されるように、思い出せなくなってたお父さんの本当の顔を思い出しちゃって……」

「そういうことか」


 ガエンってばあっさりしてるけど、私にとっては大事だったんだぞ。分かってくれてるかな、そのあたり!


「で、知ってるのに知らない物ってなんだ?」


 私の心情よりもそっちのほうが気になるのか。いいんだけど。話題の提供ができるならなんでも話すよ。


 私は、私が見たポスターのことを話す。

 いつの間にか増えに増えていたアニメキャラクターたちのことを。


「いや、分からねぇよ。なんだよ、あにめって」

「こう、動いてしゃべる絵。劇みたいな絵って分かる?」

「分かんねぇ」

「まぁいいや、で。まぁ、このことから考えると、もしかしてなんだけどさ。天降りって時間や場所が関係ないのかもって思って」

「時間や場所が関係ない?」


 そう。

 私が見たポスター。たぶんあれって未来のものなんだよ。つまり女児向け変身ヒロインは私が転移したあとの未来でめちゃくちゃ増える。黒と白の正義の味方だけじゃなくて、ピンクとか増える。


 そんなものが五十年前に既に存在し、フーミャオに鑑定されて美術館にあって飾られてる。私より未来にあるものがこの世界で過去に落ちてるってこと。つまり、地球とこの世界じゃ、時間軸がねじれてるんじゃないかって思うんだ。標識だって分からなかったみたいだしね。


 筆だってそう。私のいた現代は鉛筆やボールペン、シャーペンが主流だった。筆なんて書道家しかしない。それに筆を使う文化って、日本と東アジア諸国くらいしかない。


 名前からして、たぶんフーミャオさんは日本人じゃない。日本のお隣の、どっかの国の人だと思う。だから場所だって日本に限らない、って思った。


 これらの根拠をつらつらと挙げていたら、ガエンがぽかんとしていて。

 私は目を瞬く。


「どうしたの。何か言いたいことある?」

「いや……セトはほんとに天降り人なんだなって改めて思っただけだ」

「どういうこと?」

「俺も、天降りの遺物がどんなもんか見たくて美術館に行ったことあるんだよ。だけど、どれもそんなもんなんだって見ただけで終わってさ。……でもセトは、それらの正しい使い方を知ってるんだなって思って」


 感心したように言われて、なんだか居心地が悪くなる。

 私にとって当たり前だったものを、当たり前のようにガエンに共有ができない。

 それがほんの少しだけ寂しいような、虚しいような。


「……私も知らないものはあるよ。ルリハリ? のコップなんて、こっちの世界で作られたものじゃないのって思ったし」

「なんだっけそれ」

「なんかすっごい青いコップ」

「あー、なんかそんなのあったな」


 ガエンが思い出すように話をする。でもガエン曰く、色つきのガラスはこの世界じゃまだまだ未知の技術らしい。だから天降りの遺物だって思われたみたい。


「……なんだかあれだね。これからどんどん天降りの遺物って減っていきそう」

「どういうことだ?」

「未知の技術がこの世界で形にできるようになったら、もう天降りかどうか区別ができないってこと。案外人間もそうかもしれないね」


 たとえば、現代日本じゃ髪を染める人がいた。この世界じゃ金髪の人が多いから、もし金髪の人が天降り人としてやってきたら見分けがつかない。現代人なら服装で見分けがつくけど。


 でも現代日本人じゃなくて、中世ヨーロッパとかの人が天降り人としてやってきたら。

 逆にこの世界の衣服がどんどん現代日本みたいになってしまって、そこに現代人の天降り人がきたら。

 言葉が通じないだけで、この世界に天降り人だって知られないまま溶け込んでしまう可能性がある。


 そうなったらもう、この世界は天降りなんてもの、忘れてしまうんじゃないかなって思うよ。


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