11.甘えん坊症候群
ガエンが王都に帰ると一緒に、私もまた王都に行くことになった。
と、言うのも。もうすぐ五級薬師試験があるからね!
一ヶ月切ったので、そろそろ王都に行って体調を整えたりするのも大事だってフェデーレに言われた。
ガエンだけじゃなくてドミニクさんも来ていて、この二人は私の護衛らしい。フェデーレが領主館の仕事が忙しいのもあるし、道中私だけで旅をするのも不安だってことで呼ばれたんだとか。みんな、心配性なんだから。
そういうわけで、私は数ヶ月ぶりに王都に来た。
前回は宿に泊まったけど、今回はお父さんの家に泊まって良いって!
「お父さん、久しぶり!」
「アユカ。元気だったか。成長……してないな?」
一ミリも身長伸びてないです。
私の成長期は十年前に終わったのだ。
お父さんは、笑うと私の頭をぽんぽんと撫でてくれて。
「ちゃんと食わないと大きくなれないぞ。見ろ、ガエンなんかまだ成長期だ」
「確かに。その身長、分けてくれない?」
「やだね」
べぇってされた。
ガエン、身長伸びてるかなぁ、気のせいかなぁって思ってたんだけど、やっぱり伸びていたか……。羨ましいな。その身長、私に分けて欲しいよ。私の身長、一五〇で打ち止めされてるからさぁ。
お父さんの王都の家はすごい豪邸だった。外の見た目が。あとものすごく広い。だけど中に入ると、落ち着いた雰囲気の家具と内装だった。雰囲気は、サロモーネ領の領主館離れにあるフェデーレの部屋に近いかも。
こういうのが好きなのかな。なんだか意外。お父さんならもっと渋くてごつくてかっこいい感じのが好きだと思ったんだけど。あ、私室とかはそうだったりするのかな?
その大きな御屋敷に、私も一人部屋を借りることができた。内装は淡いグリーン系で可愛い感じになってる。私、サロモーネの部屋よりもこっちの部屋のほうが好きかも!
案内された部屋に荷物を運んで、ちょっと休憩。
ガエンとドミニクさんとは玄関でお別れした。二人はこれから騎士団に戻って報告があるんだってさ。
お父さんは早上がりさせてもらったようで、このあとは一緒にいてくれるそう。
そんな感じでひと息。夕食までどうしようかなぁ。
ベッドでだらーっとしていたら、扉がコンコンとノックされた。どうぞ、と言えば、入ってきたのはお父さん!
私はベッドから跳ね起きる。
「お父さん、どうしたの?」
「せっかくだから話をしにな。サロモーネでの話を聞かせてもらおうと思って」
屋敷を案内するついでに談話室へ行こうと誘われる。私はもちろんって頷いた。
「屋敷は広いからな。疲れてるだろうし、抱き上げてやろうか?」
提案されて、ぐらっと心が揺らぐ。
抱っこ。
お父さんの抱っこ。
してほしい、してほしいけど……!
ちょっと汗かいてるかもしれないし、しっかり食べろって言われてサロモーネに行ってから体重がちょっと増えたような気もするし、なによりなんだか恥ずかしいし……!
ぽっぽっと頬が火照る。乙女心は複雑なのです。私ってば反抗期? お父さんに抱っこされるのは恥ずかしいという結論。丁重にお断りした。
お父さんはそうか、とだけ言う。そっけなくされるのも、なんだか寂しくて。
私はお父さんの大きな手を握った。
「手、つなご?」
「………………いいぞ!」
お父さんが天井を向いて、何かに耐えるような表情をする。え、私、何かやらかした? 何かやっちゃった?
「お父さん……?」
「いや、なんでもない。さ、屋敷を案内しよう」
そう言うと、お父さんはすたすたと歩き出した。
食堂、書斎、お父さんの私室。ちょっと期待していたお父さんの私室を覗かせてもらったけど、思ってたのと違って、このお屋敷の雰囲気にあっている無難な感じの部屋だった。やっぱり意外な気持ちがなくならない。そして最後に談話室。ゴールまでたどり着くと、私たちはソファで隣同士になるように座る。
「体力がだいぶ戻ってきた感じだな」
「そりゃ、サロモーネから王都まで旅してきたからね。前と違って、馬できたんだ」
前は体力が戻りきらなかった時期だった。それにフェデーレもいたし。それを考慮してくれたお父さんが馬車を手配してくれたので、うとうとしながらサロモーネへの旅をしたんだよね。
今回は馬車じゃなくて馬。ドミニクさんとガエン、交互に馬に乗せてもらった。初日は筋肉痛がすごかったよ。ガエンに乗り方のコツを教えてもらってからはマシになったけど。
私はサロモーネての生活や王都までの道中の話をたくさんする。もちろん勉強もしていましたとも。その間に、色々と楽しいことや面白いこともあったんだよ、とお父さんに話をする。
お父さんは目を細めて、柔らかい表情で私の話を聞いてくれた。
「ずいぶんガエンと仲良くなったんだな。年が近いからか?」
「近い……近いかな。まぁ、近いからかも? ガエンって何歳なの?」
「十六になったはずだ」
「なるほど〜」
誕生日が来たのかな? 前に聞いた記憶のある歳と違う気がする。それでも高校生くらいか。若いねぇ、いいねぇ。私なんか二十三だよ。見た目は十二歳のまんまだけどさ。
うんうん、と一人で頷く。頷きながらふと思う。
お父さんもけっこう若く見えるよね。
「お父さんは、今いくつ?」
「俺か? 今は……二十九だな」
「そっか」
今、頭の隅で何かがぐらっとした。開けてはいけない箱の蓋が開くような感覚。
……あぁ、この話題はよくない気がする。
話、変えちゃえ。
「お父さん、あのさ。アルプスで躍る歌あるでしょ。あれの歌詞、わかる?」
「あるぷす? いや、分からんな」
女の子向けの手遊び歌だからかな。
お父さんが知らなくてもしょうがない。
それならこの話題もおしまいで、それから、それから……。
一生懸命話題を探していると、今度はお父さんのほうから話しかけてくれた。
「明日、一日だけだが非番をもらったんだ。せっかくだから王都観光でもするか?」
王都観光!
私の気持ちが一気に浮上する!
「したい! 行きたい!」
前回王都に来た時は体力がぼろっぼろだったからね! ずっと宿屋で寝てたから、観光なんてできなかった。薬師試験のために来たけど、一日くらい遊んでもゆるされるよね!
私がうきうきしていると、お父さんは私の頭をぽんと撫でててくれて。
「それなら、夕食をちょっと早めにしてもらうから、今日はゆっくり休め。明日は朝から出かけよう」
はーい、と私は元気よく返事した。
翌朝、私は目が覚めると、朝から気合を入れて身支度した。
フェデーレ曰く、私の髪は目立つらしいから帽子を被る。男の子の格好なら髪が短くてもいいらしいけど、女の子の格好の時は帽子を忘れないように言い含められているからね。ただでさえ黒髪は珍しいのに、女の子で髪が短いのは注目の的なんだってさ。
そういうわけで今日は帽子を被ります。服はワンピースだ。サロモーネから王都に来る時は動きやすさ重視で男の子の格好をしていたけどね。今日はお父さんとのお出かけだからオシャレしたい。
お父さん、可愛いって言ってくれるかな。どうかな。
姿見の前でそわそわしながら全身を見る。
本当はもっと大人っぽい格好をしてみたいけど、子供体型な私じゃ背伸びしてるって笑われるだけなので、見た目年齢相応の格好だ。
「準備できたか。先に玄関に行っているぞ」
「今行く!」
部屋の扉の向こうからお父さんの声。
私は慌てて部屋を飛び出すと、お父さんに抱きついた。
「おはよう、お父さん!」
「おはよう。可愛いじゃないか」
ちょっと目を丸くしたあと、お父さんは笑顔になる。
やった、可愛いって言ってもらえた!
今日は素敵な一日になりそうだ。
「今日はどこ行くの?」
「アユカが興味あればだが、王立美術館に行こうと思っている」
美術館?
「似合わない」
「似合わないってなぁ」
「お父さんの柄じゃない」
「……まぁ、自分からは行かないが」
お父さんはちょろっと目をそらしたけれど、こほんと咳払いする。
「フェデーレに言われてな。我が国の美術館には天降りの遺物が飾られているから、アユカの気晴らしになるだろうと」
天降りの遺物。
私はびっくりして声が出なかった。
天降りって、私みたいに異世界から降ってくる現象のこと。物だったり人だったりするってフェデーレに聞いたことがある。
その物が、飾られてるなんて。
私はごくんと唾を飲みこんで、ぴんっと挙手した。
「行きたい!」
「よし、それなら決まりだな」
お父さんと並んで邸を出る。
馬車がいいか、徒歩がいいか聞かれたから、徒歩と答えた。だって王都の景色をじっくり見てみたかったんだもん。
だけど残念かな、私の歩幅じゃお父さんと並んで歩けなかった。少しもしないうちに歩きづらそうにしていたお父さんが、私を片腕で抱っこしてしまう。恥ずかしい。
「お、重くない?」
「軽すぎるくらいだ。ちゃんと食ってるのか?」
「食べてるよぉ」
食べても成長しないし、だからといって食べ過ぎるとお腹が痛くなる。私なりに食べてはいるし、フェデーレによって食事管理もされてたからね。これでも戦争が始まる前の体重に戻ってきたんだよ。
まぁ、重いって言われたら、それはそれでショックだったんだけど。
お父さんは王都の街の中を真っすぐ歩いて、王立美術館を目指す。
王立美術館は王宮の一般開放区域にあるらしい。王都のど真ん中にある大きな壁の内側が王宮。お父さんのお屋敷は王宮の西側にあって騎士団本部に近い場所に建っているらしい。一般開放区域は王宮の南側なんだけど、お父さんはズルをした。
「回り道をするよりも近いからな」
顔パスできるからって西門から入って、王宮を突っ切るらしい。これぞ騎士の特権って感じだ。
「騎士団長ではありませんか。今日は非番と聞いていましたが」
「ああ。美術館に行こうと思ってな。通らせてくれ」
「かまいませんが……あの、そちらの子供は?」
門番さんがお父さんに抱っこされている私を不思議そうに見る。
お父さんは言いあぐねるように私を見た。
そんなに困らなくてもいいじゃないか。正直に言えばいいんだよ、正直に言えばさ。
私はドヤ顔で門番さんに言う。
「騎士団長のムス……むぎゅ」
「身内だ。美術館に興味があるらしくて連れてきたんだ」
「そうでしたか。一応、名前を書いてもらっても良いですか? 規則なので」
私は門に隣接してるちょっとした屋根付きの記帳台に案内された。もちろん抱っこのままだ。これに名前を書いて、と言われたので帳面に「セトアユカ」と書いた。
「セトちゃんか。珍しい名前だね。楽しんでおいで」
門番さんがにこにこと笑いかけてくれる。
帰りもここから出るように言われて、私とお父さんは王宮の中に入った。
美術館、楽しみだ!




