44 湯の中の惚気
寝室付きの浴室では、ミランダが山々の景色を眺めながら小さな露天風呂に浸かっていた。
東屋の風呂場は開放的で、ガレナ王国の雄大な自然が眺められる贅沢な作りだった。
「ダメだわ。私、にやにやしちゃう」
ミランダが緩む頬を手で押さえながら湯に肩を沈めていると、背後から甲高い声が近づいて来た。
「ウーーム」
振り返ると、寝室からプルートが宙を泳ぎながら、こちらに向かって来ていた。
「プルートちゃん!」
ミランダが風呂の中で手を広げると、プルートはそのまま湯に突っ込んだ。
「まあ! 一緒にお風呂に入りに来たのね?」
「ウ~ム!」
竜王式の儀式で見た大きなプルートと違って、小さなプルートはやはり丸っこくて可愛らしい。
ミランダはプルートが湯で溺れないように身体を支えた。
「プルートちゃん。つがいの儀式で私に光の玉をくれたわね。どうもありがとう」
「ウムゥ」
夜空色の顔から覗かせるピンク色の口内を、ミランダは不思議な気持ちで眺めた。
「こんなに小さくて可愛いのに、プルートちゃんは凄い子なのね。光の玉を出しちゃうし、あんなに立派で美しい竜になるのだから」
ミランダが抱きしめると、プルートは嬉しそうに目を細めた。
ミランダはその顔を眺めながら、誰かに言いたくてたまらない気持ちを吐露した。
「あのね、私と竜王様は本当の夫婦になったの。人間式の結婚式も、竜王式の結婚式も挙げて……つがいとして結ばれたの。ずっと一緒にいられるのよ」
「ウム!」
「大好きって気持ちが溢れて胸が苦しいくらい、私はルシアン様を愛してる……だからとても幸せなの。プルートちゃん。生まれてきてくれて、ありがとう」
「ウ~ム」
ミランダはプルートと一緒に湯に浸かりながら、青く晴れ渡るガレナ王国の空を見上げた。
♢♢♢
「あっという間でしたねぇ」
アルルは名残惜しそうに荷物をまとめている。
ガレナ王国での一週間の滞在を終えて、竜族一行は竜族の森への帰国の準備をしていた。
「うむ。しかし凄い量の荷物だな」
市場や町の店で購入した織物、書物、宝飾品に調味料……帰りの荷物は大幅に増えていた。とても持ちきれない量だ。
「ルシアン様。私もがんばって持ちます」
ミランダが張り切って腕を捲ったので、ルシアンは笑った。
「大丈夫だ。船まで王国の兵士たちが運んでくれるし、到着後は船員に下ろしてもらった後、港で待つスコーピオに乗せるから」
「スコーピオ……久しぶりに会えますね」
竜王のことが好きすぎてストーカーする火竜スコーピオの顔が浮かんで、ミランダは懐かしい気持ちになった。
竜族の森の竜たちにも一週間ぶりに会えると思うと、帰国も楽しみになってきた。
荷造りを手伝っている侍女たちは寂しそうに何度も同じ言葉を繰り返している。
「またガレナ王国にいらしてくださいね。いつでもお待ちしておりますから」
ミランダは侍女たちの手を一人ずつ握った。
「心の籠もったおもてなしをありがとう。素敵なお風呂とお料理と、それに綺麗なお部屋に癒されました。私はガレナ王国が大好きです」
ゆっくりとガレナ語でお礼の言葉を述べると、侍女たちは嬉しそうな笑顔になった。
「竜王様」
王の従者が離宮にやって来て、ルシアンは頷いた。
「別れの挨拶に来たか」
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