41 少年の名は
ルシアンはクルリと迂回して、反対側からベッドに上った。
ミランダの隣にルシアンの香りが近づいて、ルシアンが同じ布団を被ると、身体の温かさが増した。
ミランダはその近さにドキドキするのと同じくらい、安心感に包まれていた。触れたい、抱きしめたいと考える間もなく自らルシアンに抱きつき、ルシアンもミランダを抱きしめた。
しばらく無言のまま、ミランダは圧倒的な抱擁感に包まれて目を瞑り、全身でルシアンの存在を感じていた。温もりも鼓動もすべて重なるように。
「ミランダ。すまなかった」
ぽつりと呟く耳元の言葉に、ミランダはルシアンの胸に顔を埋めたまま応えた。
「……どうして謝るのです?」
「花嫁にあんな怖い思いをさせて。俺は竜王失格だ」
ミランダは慌ててルシアンを見上げた。憂いた黄金色の瞳はいつもと違って寂しげだった。
「そんな! 助けに来てくださったじゃないですか。どれだけ心強くて嬉しかったか……竜王様が失格だなんて、絶対に有り得ません!」
ムキになるミランダの額に優しく口付けをすると、ルシアンは微笑んだ。
「無事でいてくれて良かった。ミランダにもし何かあったら、俺は我を失ってこの国を滅ぼしていたかもしれない」
「だ、ダメですよ、そんな……」
言葉を遮るようにルシアンはミランダの唇に口付けをして、ミランダはぽわんと微睡むように静かになった。
「おやすみ。俺の大切な花嫁」
きっと興奮で眠れないと思っていたミランダだが、おやすみのキスがまるでおまじないのように効いて、すうっと寝落ちしていった。
ルシアンの言う通り、ミランダの身体は激動の一日によって疲れきっていたようだ。
「……ふぁ?」
気持ち良い眠りの中にいたミランダは、目を覚ました。
……と思ったが、ミランダはいつものワンピース姿だし、周囲の景色は真っ白だし、ここは明らかに寝室ではなかった。
「これは……夢の中だわ」
夢を夢だと自覚するのは珍しいことなので、ミランダは新鮮な気持ちで周りを見回した。どこまでも真っ白な景色はまるで雪景色のようで、何の色もない。
「せっかく夢なのに、何もないだなんて」
ミランダはガッカリして正面に視線を戻すと、さっきまではなかった物が目前に立ちはだかっていた。
「え!?」
それは大きく美しく、立派な竜だった。
夜空色の身体と角を持ち、黄金色の瞳が自分を見下ろしている。翼は星空のように輝いて神秘的だ。
初めて出会ったはずの竜なのに、ミランダはすぐに名前を口にしていた。
「プルートちゃん?」
あの小さくてお腹がポンとした悪戯っ子の竜とはかけ離れた大きさなのに、ミランダにはこの竜がプルートであると直感的にわかっていた。
「まあ! プルートちゃんが大きくなったのね。なんて立派なの?」
「ウム~」
夢の中の大きなプルートの声は現実と同じで、ミランダは笑顔になった。
「大きくても声は可愛いわ。これはプルートちゃんの未来の姿なのかしら?」
プルートに触れようと近づいたその時、プルートの身体の陰に隠れていた者が現れた。
「え……」
それはミランダが初めて出会う少年だった。
歳頃はカシュカと近く十四、五歳くらいだろうか。
肩まである夜空色の髪に、小さな角。華奢な身体。プルートと同じ黄金色の瞳がミランダを見上げている。
ミランダは自分よりも少し背が低いその少年を見つめて、思わず両手で自分の口を塞いだ。
「ル……ルシアン……様?」
少年は言い当てられた名を恥じるように、赤面して顔を逸らした。
その様子があまりに可愛らしかったので、ミランダはのぼせて大声を出してしまった。
「ルシアン様が少年に!? な、なんて可愛らしいの!?」
以前、仕立て屋のクレアにルシアンの少年時代の話を聞いて、自分も幼いルシアンを見たかったという願望を持っていたが、夢で叶ってしまったのだとミランダは嬉しくなった。
少年のルシアンは赤面して目を泳がせた後、もう一度ミランダを見上げた。
「不本意だ。こんな姿……痩せっぽっちで小さい僕を見られるなんて」
口調も声も、話し方まで少年のもので、ミランダは感激した。
「私はこんなに可愛いルシアン様にお会いできて光栄ですわ。ルシアン様が少年に戻って、プルートちゃんが大きく育っているなんて。不思議な夢ですね」
「夢じゃないよ」
「え?」
「これは竜王式の結婚式……つがいの儀式だ」
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