39 労いの湯
ガレナ王との話し合いも終わり、竜族一行はようやく離宮に戻って来た。
心配して帰りを待ちわびていた侍女たちは温かくミランダを迎え、早速労いの湯を、ということで花嫁は浴室に連れて行かれた。
ルシアンとプルートを抱えたアルルはリビングでお茶を飲んで、ようやく一息吐いた。
「はあ。あんな無邪気で大雑把な交渉は、竜王様じゃないと無理ですね。人間から見ると竜族は何を考えてるかわからないから、出された条件を飲むしかないですし」
「互いに目的が叶うのだからいいだろう。やっかいな交渉に時間を割≪さ≫くのも面倒だし、疲れているミランダを付き合わせるのも可哀想だしな」
アルルはまじまじとルシアンの顔を眺めた。
「ルシアン様はカシュカさんに同情されたのですね?」
「俺の花嫁を攫ったのだから、頭には来ているぞ。だがミランダがカシュカの身をひどく案じていたからな」
ルシアンは複雑な顔をして茶碗を呷った。
「それに、俺を信じてみろとカシュカに言った手前、嘘を吐きたくない。更生できているか否かは、俺がガレナ王国に定期的に確認しに来ればいい」
アルルは「は~」と感心して、抱いているプルートに向かって独り言のように話しかけた。
「凄いですねぇ、プルート。ルシアン様は引きこもりが治った上に、頻繁に国外を訪れるおつもりです」
「ウム~!」
「それどころか、人間の少年の面倒まで見るなんて。人見知りも治ったのかもしれませんね」
「ウムム~!」
わざとらしいアルルとプルートの会話に、ルシアンはお茶を咽せている。
「それにしても……。アルルよ。よく透明のまま花嫁を守ってくれたな」
「はい。ホテルで透明化してからずっと、気配を消すのが大変でした。馬車の中は狭いし、山羊は揺れるしで。何より背中にいるプルートが声を出さないか、ひやひやしました」
「うむ。俺との約束を守って剣の鞘も抜かなかったな。お前は大した配下だ」
アルルは途端に輝かしい笑顔になって、肌身離さず持っている剣を掲げた。
「僕、物語の主人公みたいでした!?」
「ああ。勇ましかったぞ」
照れてぐんにゃりするアルルからプルートは抜け出して飛ぶと、ルシアンの膝の上にでん、と座った。まるで褒められるのを待っているようで、ルシアンは笑った。
「プルートよ。お前も身を挺して俺を守るとは、勇ましい竜だな」
「ウムー!」
撫でられるプルートは満足げに叫んだ。
♢♢♢
湯上がりのミランダに、ルシアンはまたもや見惚れていた。
ゆっくり時間をかけて湯に浸かり、湯番の侍女たちに全身を癒されたミランダは、疲れが消し飛んだように艶々としていた。天女のようなベールを被って、髪も美しく編まれていた。
花の香りに包まれたミランダに思わず触れようとして、ルシアンは手を引っ込めた。
「いや、せっかく綺麗になった花嫁が汚れてしまうな。俺も身を清めよう」
「うふふ。ゆっくり疲れを癒してくださいね。竜王様」
「うむ。今夜は竜族だけでゆっくり過ごせるよう、夕食も離れに運んでもらうことにした。あとで一緒に食事をしよう」
ミランダはようやくゆっくり会話ができたルシアンに抱きつきたい気持ちだったが、侍女たちの手前それを我慢して、浴室に向かうルシアンとアルルを見送った。
遅れてプルートが空中を泳いで追いかけながらミランダと目を合わせて、まるで笑うように飛んで行った。
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