38 土色のガレナ王
ガレナ王国の宮殿にて。
煌びやかな広間の装飾とは対照的に、ガレナ王の顔色は悪かった。もはや土色のようになって身体が傾いているので、王の両隣にいる王妃たちはそっと肩を支えている。
対面に座るミランダも、ガレナ王がこのまま卒倒するのではないかと内心ひやひやしていた。
今回のシダを中心とする過激集団による竜族一行の誘拐事件は宮殿を揺るがす大事件となり、ガレナ王はひたすらに謝罪を繰り返した。
その後集団は重傷者の治療を経て全員が監獄送りとなり、それぞれに重い処罰が下されるらしい。シダにはテロ活動や殺人などの前科が多くあり、極刑は確実だという。
この状況下において、ミランダの心に引っかかるのはカシュカの処遇だった。ガレナ王国の法律に則って裁かれる以上重罪は免れないが、ミランダはなんとか減刑できないか懸命にガレナ王に頼み込んでいた。
ガレナ王は悩ましげに頭を抱えている。
「ミランダ様のおっしゃることはご尤も……カシュカの不幸な生い立ちと、シダが率いる過激派によって洗脳された背景と、若い年齢を考えても考慮したいところじゃが……宮廷で働く身でありながら反体制に内通していた上に、国賓であるミランダ様を誘拐したとあっては、あまりに罪が重い。国としては到底看過できませんのじゃ」
ガレナ王の周囲に同席する法務省の議員たちも渋い顔を見合わせて頷いた。王はさらに悔やむように俯いた。
「そもそも、優秀な職人だったカシュカの父親との誼≪よしみ≫があってな……孤児になり、職を求めて宮廷を訪れたあの子に恩情をかけて雇ったのはこの儂じゃ。優秀な子だったがこうなってしまっては、責任の一端がある儂から恩赦を与える訳にはいかん」
カシュカの代わりの通訳から、王の難しい立場を聞かされたミランダは肩を落とした。
その隣で、ルシアンは堂々巡りの対話に飽きたようにソファにふんぞり返った。
「ああ、もういい。俺は人間の国の法律だとか刑罰には興味がないのだ」
ガレナ王は竜王が機嫌を損ねている様子に怯えている。
ルシアンは傲慢な言い草で続けた。
「カシュカは俺を騙し、俺から大切な花嫁を攫った。だからカシュカの罰は俺が決める」
ルシアンの言葉にミランダは驚いて振り向いた。
いったいどんな罰を与えるつもりなのかと、反対側に座るアルルも息を飲んでルシアンを見上げた。
ガレナ王は身を乗り出して、汗塗れの顔で何度も頷いた。
「も、勿論、竜王様の下す罰なら、竜族の法に則るということで誰もが納得するでしょう!」
ルシアンは室内の議員たち全員が頷くのを見回した。
「ふむ。ならば一つ。カシュカの更生は王が責任を持て」
「は、はい!」
「二つ。今後俺がこの国を訪れる時は、必ず通訳にカシュカを付けろ」
「は……えっ?」
ルシアンは指を二本上げたままで、周囲は沈黙となった。
三つ目がなさそうなので、ガレナ王は首を傾げた。
「罰とは……その二つだけかの……」
「うむ。カシュカのおかげで良い買い物ができたし、観光にも満足した。俺は人見知りだから、今後も通訳とガイドはカシュカに頼みたい」
「し、しかしそれでは罰とは言えないのでは……」
ガレナ王も周囲も狼狽えて騒めくが、ルシアンが満足そうな様子なので、誰もが強く突っ込めなかった。
黙っていたアルルは咳払いすると、子どもらしく明るい声で続けた。
「竜王様。ガレナ王国がお気に召したのですね。今後も先代竜王様のように、旅行にいらっしゃるということですよね?」
「ああ。ミランダは織物を気に入ったようだし、俺は調味料が気に入ったのでな。竜に乗って買い付けに来ようと思う」
息を潜めて竜族の呑気な会話を聞いていたガレナ王は、勢いよく立ち上がった。
「で、では、カシュカを竜王様のお供に付ければ、竜王様はまた我が国を訪れてくださると!?」
新生竜王と友好を結ぶのがガレナ王と議員たちの悲願だったために、議員たちにも思わず笑みが溢れて響めきが上がった。
ミランダも無言のまま笑顔でルシアンを見上げて、胸を撫で下ろした。
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