37 煉獄のミランダ
プルートが蘇り、カシュカが助かった。
しかし大量に血を失うルシアンを前に、ミランダはショックで茫然としたまま座り込んで立てなかった。
「ルシアン様……」
抱きしめたプルートの鼓動と、自分の肩を支えるアルルの手の温かさになんとか救われる。
ルシアンはカシュカの傷が塞がったのを確かめた後、流れ続ける手首の血を押さえながらシダのもとに屈んだ。
シダは留めを刺される最期を悟ったのか、死人のような顔に悪足掻きの苦笑いを浮かべた。
ルシアンは不満そうな顔で、シダの切断された右腕を乱暴に掴んだ。
「うっ、痛っ……な、何をする」
「さあな。治してもらえると思うか?」
意地悪く、にやりと笑いながら切断面を確かめている。
「それとも拷問を始めるか……」
ルシアンの恐ろしい言葉に、シダもミランダも恐怖で顔が強張った。だがルシアンは治癒することも痛めつけることもなく、その腕を放った。
「やはりな。お前は俺の血を飲んだことがあるな」
「「え?」」
声を上げたのはミランダとアルルで、当のシダは無言のままギクッと肩を竦めた。
「人間の腕が切断されて、こんなに早く止血するわけがない。普通なら失血死に至るはずだ」
ルシアンは続けてシダの顎を掴むと、左右に捻ってシダの顔を眺めた。
「お前の顔は知らない。だが、お前はユークレイスの牢獄から搾取された俺の血を、大金を払って手に入れただろう。あの頃、不死の幻想に取り憑かれた国内外の富豪や権力者に密かに流通されていたはずだ」
ミランダは血の売買が行われていた悍ましい事実に吐き気を催した。幼い子どもの血に群がる醜悪な大人たちに怒りが湧いて、ふらりとプルートを抱いたまま立ち上がり、シダのもとに歩いた。
シダは開き直ったように力なく笑っている。
「私は闇のルートで買った血をほんの少し口にしただけだ。あの頃は全財産を叩いても、数滴しか手に入らなかった」
自分の切断された腕を見せつけるように宙に上げた。
「それでも治癒の力が十年以上続いているのだから、やはり竜王の血は素晴らしい効力だ」
ルシアンは呆れて立ち上がった。
「治癒力に味を占めて、今度は大量に入手して不老不死を企んだのか」
シダは毅然と声を大きくした。
「国を守り民に君臨するには、竜を蘇らせるだけでなく指導者として永遠の命が必要なのだ! 私こそが竜神話王国の新王となるに相応しい……」
シダは途中で高説を止めて、引き攣った顔でルシアンの後ろに目をやった。
プルートを抱えたミランダが、恐ろしい形相でシダを見下ろしていたのだ。
「やっぱり竜を使って王政を転覆する目的だったのね?」
さらに近づいて来るミランダに、シダは上半身を起こして無理矢理に後退りした。
ミランダの薔薇色の髪は劫火のように揺らめいて、ルビー色の瞳は色濃く怒りに染まっていた。
「この期に及んで尚、貴方の頭は悪意の炎に包まれている。民に君臨し永遠の指導者になるですって? 己の欲望のために幼い子どもの生き血を啜る、魑魅にも劣る下衆が。恥を知りなさい!」
ミランダの怒りの凄まじさに全員が圧倒されて、その昂りに呼応するように、プルートの金色の目が光っていた。小さな竜とは思えない威嚇の唸り声が轟いて、シダは顔を庇ってうずくまった。
「ひいっ、た、助けてくれ!」
ミランダが怒りの形相のままシダを掴もうと手を伸ばしたので、その手をルシアンがそっと握って止めた。
「俺はミランダが殺戮を目の当たりにしてショックを受けないよう、こやつを生かしておいたのだ。もし死を望むならば、俺が手を下す。花嫁の手を汚すまでもない」
ミランダは我に返って慌てた。
「こ、殺すだなんてそんな……つい、頭に血が上っただけですわ」
もとのミランダに戻ったので、ルシアンも固まっていたアルルもほっと肩の力を抜いた。
ルシアンはミランダの首に触れて傷がないことを確認すると、やっと笑顔を見せた。ミランダはようやく優しいルシアンに出会えて、強張っていた体の緊張が解れた。
ルシアンはプルートを抱えたミランダを包むように抱き寄せて、片手で手招きしてアルルを呼ぶと、アルルもまとめて抱きしめた。
三人はプルートを中心にしばらくの間、無言で互いの体温を感じていた。
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